憧れの人が負ける瞬間
「はじめまして!新庄直人っていいます。俺、榊選手に憧れてボクシング始めたんです!」
この新庄直人ってやつの行動力はヤバくて、本当にその日のうちに親を説得して次の日にはジムに挨拶に来ていた。有村コーチ曰く、才能については間違いないみたいだ。努力家のようで練習模様は彼も褒めていた。
ただ、榊君や俺みたいな天賦の才能に恵まれた人間ではない為、中学生レベルで注目の選手程度なのだそうだ。
まぁ、それでも十分凄いのだが。
「へぇ…君の名前は聞いてるよ。天才中学生ってね。ここに来たのは正解だ。冴島さんは俺なんかよりも凄い人だからね。冴島さん。この前指摘頂いた箇所を修正してきましたので、確認の意味を込めて、スパーリングに付き合ってくれませんか?」
「いいよ。その代わり、今回は隙があったら俺も軽く打つからね。」
「わかりました。よろしくお願いします!」
俺が榊君とスパーリングをすると聞いて、またもやジム生達が集まってきた。お前ら他にやることあんだろ?
「冴島さんの本当の実力がみれるんですね!?」
「本当のって言っても、あくまでもスパーリングだからね。それに俺、試合じゃない限り、友達本気で殴ったりしないから。」
「本気で殴ったら、病院いきになるからですか?」
「それもあるけど、俺が本気で殴るときってのは、殺す気でやってるからその分強いわけ。友達に殺意わかないでしょ?」
「なんか…怖いこと言ってますね。」
「まぁ、そんなこといいじゃん。さっさと始めようよ。」
「じゃあ、始めるぞ?では、始め!」
ゴングの合図とともに、榊君が間隔を詰めてきた。
この前指摘したジャブの前に止まる癖、ジャブやフックを打つ前に軽くジャンプをする癖は、かなり解消されているし、
相当練習したんだろうな。フットワークがかなり改善されている。もはや別人に近いかもな。
開始から2分間、正直隙という隙は見当たらない。まぁ、当たりもしないんだけど。それでも打てないということは、それだけ榊君の実力が上がったということだから、黒龍会のトップとしては、嬉しい限りだ。
ただ、残り30秒を切った時、疲れが出たのか不意に隙が生まれた。ガードをする腕が少し下がった。俺はその隙を見逃さず、顎に狙いを定めフックをねじ込んだ。
悪いが俺のパンチの速度は、まだ榊君が避けられるようなモノではない。それは見事に彼の顎を狙い撃ちし、結果として彼は残り10秒を残して、リングに倒れた。
「まだまだ、練習不足だね。榊君。」