初めてのボクシング大会
突如、ボクシング大会への出場が決まった俺は、その日はそのまま帰宅することにした。
その日の夕飯時…
「母さん、父さん、この用紙のこの項目に名前と印鑑押してくんない?」
「ん?静岡県ボクシング連盟への登録?なんだ、大輝。ボクシングやることにしたのか?」
「やるだけじゃないよ。来月には大会に出るんだから。」
「ほう。そりゃ凄いな。」
「出るのは構わないけど、相手の子たちは大丈夫かしら。不良の子たちを病院送りにするのは構わないけど真摯にスポーツしてる子に同じことをするのはどうかしら。」
「流石に予選じゃあ、軽く流すよ。怪我しないようにすぐに気絶か失神させるつもりだから心配無いだろうし、審判が俺が明らかに強いってわかったら強制的に俺の勝ちにしてくれるみたいだから。」
「それなら良いわね。」
「だから、試合は全国大会本番まで来なくていいからね。」
「どのみち、直前だから行けんよ。まあ、明日までに書いておくよ」
それから2週間後、俺は今清水総合運動場に来ている
この2週間は、毎日ジムに行ってボクシングのルールと言うか禁止事項を学んだ。
俺の戦闘スタイルは何でもありのストリートスタイルだからな。
一応、練習を通して試合ではフットワークは本気で、パンチについては5割ですすめることとした。
「それでは1回戦を始めますので、選手の方はリング前に来てください!」
係員の言葉が聞こえ、俺は現実を見直した。
俺のことを置き去りにしてジムの有村コーチはすでにリング前にいた。
俺はなんの緊張感もなく、いつもどおりの感覚でリングに上った。
相手の選手は体も出来上がっていない。いや、言い方が悪かったかもしれない。
絞れてはいるし、格闘技やっている子には見えるけど、俺とは違う。
俺の肉体はプロ選手に引けを取らないレベルに鍛え込まれている。
腹筋はシックスパック。腕も脚も筋肉によって引き締まって見える。
加えて、相手は170CM弱だが、俺は185CMだ。
いじめているみたいに見えないだろうか。
それだけが心配だ。
「それでは、一回戦を始めます!」
審判員のゴングを合図に試合が開始された。
俺はまず、相手の実力を図るために相手の動きを観察することとした。
フットワークは素人に毛が生えた程度、
パンチの速度もおそすぎる。どうしよう本気で殴ったら母さんが言ってたように殺しちゃう。
でも、注目されるのは悪くない。殺さない程度にジムのスパ程度で行ってみよう。
「シュ!」
俺は相手がジャブを打ってきた瞬間、カウンターとしてフックを放った。
だが、俺は1つ失念していた。あのジムにいた連中の中でも俺のスパ相手をしていた
やつはプロとして榊ほどではなくとも注目している新生であることだ。
つまり、プロ相手に通用するパンチを放ってしまったわけだ。
結果としては、相手選手をリング中央から隅まで殴り飛ばしてしまった。
相当な衝撃だったのだろう。失神して泡を吹いている。
「…やっちゃった。」
「君、大丈夫か?おい、泡吹いてるぞ!担架…担架ぁぁ!」
俺がいるリング上に大会運営員が集まってきた。
俺の対戦相手は担架で運ばれていった。各試合は一時中断が発表され、
俺は大会運営員に呼ばれ、大会本部のある事務室に連れてこられた。
「君は、セミプロかなんかなのか?」
運営委員長から開口一番そう言われた。
それも随分と怒った表情だ。周りの運営員の表情も似たようなもんだ。
「ボクシングは先月始めたばかりです。今日この会場に所属ジムの方も来ているので確認していただければと思います。」
「先月始めたばかりの子が、静岡県の期待の新生である新庄直人くんを一撃で失神させたというのか?信じられん。」
「あの子そんなに注目されていたんですか?ジャブもフックも止まっているようでしたよ?フットワークも素人に毛が生えた程度でしたし。あの程度で期待の新人なんですか?今後の試合、あの子よりも弱い子が来たら失神どころじゃ済まないと思いますよ。」
「それは…。特例中の特例だが、これ以上大会を中断させるわけには行かない。君は特例扱いとして、現時点をもって全国大会への出場を認めることとする。近日中にご自宅の方へ全国大会の案内を遅らせてもらうから。」
「え?もう試合できないんですか?」
「申し訳ないが、新庄くんは今年の優勝候補だったんだ。あの子が手も足も出ない相手では他の子は病院行きになってしまうやもしれない。君には悪いがこれは大会委員長である私の決定だ。したがってもらえないだろうか。」
「まあ、良いですけど。特例については、試合参加者と全国出場者には正確に伝達してくださいね。余計なことで揉めごと起きては欲しくありませんので。」
「承知した。話は以上だ。試合には出てはならないが、見るのは構わないから、中学ボクシングのレベルがどれくらいなのか把握していくと良い。」
「じゃあ失礼します。」
俺は事務室をあとにすると会場に戻った。
戻った途端、有村コーチが俺のところにすっ飛んできた。
「冴島くん!大丈夫だったか?」
「ええ。特例として全国大会のチケットをもらいました。」
「つまり、けが人を出すわけには行かないからこの大会から体よく追い出したわけだな。」
「さっきの子が注目選手だったみたいなので。」
「飯田中の子だな。確かに静岡の中学生の中では抜きん出た実力だな。ただし、あくまでも静岡県内の中学生レベルでは。プロの榊を手玉に取った君にとっては雑魚だったわけか。」
「雑魚というか、どうすれば殺さないようにするか考えるほどでした。力加減間違えたら首の骨を追ってしまう恐れもあったので。うまく失神できてよかったですよ。」
「あっはっは!全国大会は今月末だ。全国大会の決勝で今回のような圧倒的勝利を見せつければ、来月から始まるAIBA世界ジュニア選手権大会の代表選手候補に選出されるだろう。君が世界で実力を証明してくれれば、榊の目標になり、榊のやる気も向上する。君のようになりたいってな!私にできることなら何でもしよう。」
「じゃあ、榊くんはいいので、プロの方かプロ直前の方、プロを引退されたOBと本気でやってみたいです。少し階級が上の人のほうが良いかもしれないです。そのほうが自分のパンチにも耐えれると思いますし。」
「わかった。冴島くんは、ミドル級だからな。ライトヘビー級の方に声をかけておこう。」
「じゃあ、帰りますか。見ててもつまらないですし。中学生レベルじゃあ、参考にもならないですしね。」
中学生レベルの試合を見ていてもつまらないだけだ。
こんなの見てるくらいならジムでミット打ちしてたほうが全然いい。
そう思った俺が帰ろうとしたとき…
「待ってくれ!」