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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハッピーセット頼んだらおもちゃが入ってなかった。ブチギレ電話を掛けたら「お届けできません」だと。今から店舗に殴り込み行くけど、スマイルも一緒に注文しようと思う

作者: 黒髪

第2回「G’sこえけん」音声化短編コンテスト応募作品です。

 大人気ファーストフード店の『ワールドバーガー』で、大好物のハッピーセットを購入した俺は、浮き浮き気分で自宅に戻った。それからジャンキーな味付けのバーガーとポテトをたらふく食い尽くしたのだが、とあることに気が付くのであった。


「ハッピーセットなのにおもちゃ入ってねぇーじゃん!!」


 俺の名前は山田。

 何処にでも居る平凡な男子大学生だ。

 と言えど、その姿は偽りに過ぎない。


 俺の正体は——。

 ハッピーセットに付随するおもちゃを集めるマニアだ。


「……これはクレーム案件だよな?」


 ハッピーセットのおもちゃが入ってなかった。

 それだけでブチ切れ電話を掛ける。

 他の人に話せば、首を傾げられることかもしれない。

 だが、マニアの俺には許せなかった。


「はい。こちらワールドバーガーです」


 電話を掛けると、出たのは若い女性だった。

 快活な声で、如何にも接客慣れしてそうだ。

 この人なら俺の怒りを分かってくれるだろう。


「いやぁ〜ね。今日ね、そちらの店舗でハッピーセットを頼んだのよぉ〜」

「なるほど。通りでハッピーなお顔で」

「ハッピーじゃねぇーよ。てか、お顔ってどうやって分かるんだよ。こちとら、電話で喋ってるんだよ。分かるわけねぇーだろうが」

「あぁ、すみません。うっかりしてました」

「うっかりなレベルじゃねぇーぞ、これは」


 俺が叫んだあと、数秒間の沈黙が起きた。

 その後、相手が驚いたように言う。


「それで言いたいことはこれだけですか?」

「終わりじゃねぇーよ!!」

「失礼ですが、本題のほうは??」


 俺は怒りを込めて、相手にぶつける。


「ハッピーセット購入したのにオモチャが入ってなかったんだよ!」

「失礼ですが、もう一度お願いします」

「ハッピーセット購入したのにオモチャが入ってなかったってつってんだよ!」

「失礼ですが、もう一度お願いします」

「ハッピーセット購入したのにオモチャが入ってなかったって言ってんだよ。何回も言わせるな、こんな恥ずかしいこと」


 電話の主は理解できたようだ。

 あっ!! と少し大袈裟な声を出してから。


「そうですよねぇ〜。申し訳ないです」


 大変恐縮ですという声で続けて。


「ハッピーセット購入したのにオモチャが入ってなかっただけで電話を掛けるなんて、それはもうお恥ずかしいことですもんねぇ〜」


「お前、完全に人様をバカにしてんな」

「バカにはしてませんよ」


 女性はキッパリと言い、それから続けて。


「ただ、少し変わってるなぁ〜と思ってるだけです」

「お前に言われたくねぇーよ!!」

「あ、それ以上叫ばれると、出禁になりますよ?」

「電話なのに? 電話で出禁とか初めて聞いたよ」


 ワールドバーガー愛好者だけどさ。

 電話で出禁にされた男なんて、伝説にもほどがあるだろ。


「あ、今反抗的な態度を取ったので、出禁みたいです」

「ワールドバーガー厳しいな。お客様に容赦ねぇーな」

「お客様ではなく、ライバル会社とアンチに厳しいだけです」

「俺、アンチ認定されてるの? さっきの一言で。もう意味が分からねぇーな。どうなってんだよ、マジでよ」

「安心してください。後日、そちらへお手紙が届くと思うんで、その書面をご確認ください」

「それ完全に出入り禁止の通告書だよね??」


 本当、前代未聞だな。

 この女と喋っていても話にならない。


「もういいよ、店長に代われ。店長に」

「店長は消えました」

「あ? なら他の偉い奴に代われよ」

「申し訳ございません。現在、他の偉い奴は切らしてまして。私もこのままでは……いつの日か消されると思います」

「ワールドバーガーどんな闇を抱えてんだよ!! 怖いわ」

「お肉のことは調べないでください……お肉のことだけは」

「絶対、これは人肉が入ってるなぁ!! おい!! 嫌な現実を知ってしまったよ、今めちゃくちゃ鳥肌立ってるよ、俺は」


 もう二度とワールドバーガー食えねぇ〜よ。

 ウエハース食わずにカードだけ集める不届き者と同じになるぞ、このままじゃあ。本当……裏話はやめてくれよ。


◇◆◇◆◇◆


 この女と喋っていても時間の無駄。

 それは分かるが、俺の言い分を言わなければ気が済まない。

 同情作戦でも使ってみるか。


「お前に俺の気持ち分かるか?」

「分からないですし、分かりたくもないですね」

「少しは話を合わせろ。俺じゃなかったらブチギレだぞ!」

「なるほど。激おこぷんぷん丸案件ですかぁ〜」

「久々に聞いたわ、その羅列(られつ)

「社内のマニュアルになってまして」

「マニュアルにギャル語を入れるな!!」


 マニュアルにギャル語って大丈夫か?

 ワールドバーガーの経営陣が気になるぞ、マジで。


「働き方改革と呼ばれてるでしょ? アップデートです!」

「絶対政府が求めているのと違うよ、それは」

「私が提案したら、亡き店長もいいねと言ってくれたのに」

「お前の提案かよ!! やっぱり、店長消えたのか……」


 ワールドバーガーが抱えてる闇がどんなものか分からない。

 ただ、全国にチェーン店を展開する素晴らしいファーストフード店だ。それはもう計り知れないほどの闇があるのかな。


「俺が消えても、すぐに第二、第三の店長が現れるだろう。そう言っていたのに……」

「店長は魔王か何かかよ、余計気になってくるわ」

「お肉のことだけは……お肉のことだけは調べるのは……」

「調べねぇーよ。てか、真実知ったら、俺も消されそうだわ」

「チッ……極上の肉を一匹逃しちまったぜ」

「従業員だけではなく、お客様もお肉扱いよ。やべぇ〜な」

「信者の応援とアンチのお肉で、ワールドバーガーは成り立っているのに……」


 確かに、俺の行動はアンチに見えるかもしれないがな。

 ただ、理不尽にキレてるとは思われたくないな。

 俺は誠実なワールドバーガー大好きマニアなのだ。


「こっちはハッピーセットのおもちゃを手に入れることに、命を賭けてるんだよ!」

「で、おもちゃを手に入れられなかったということは、命を賭けた勝負に負けたと」

「そんな闇のゲームシステムがあるわけねぇーだろ。ハッピーセットにはメニューのなかにおもちゃが入ってんだろ、元々な。それぐらい分かるだろうが!!」


 やっぱり、コイツとは話にならない。

 でも、その前に聞いておきたいことがある。


「一つだけ質問いいか?」

「スリーサイズ以外なら何でも大丈夫です」

「質問の幅広いな。人肉騒動について聞くぞ、ゴラァ」

「で、質問とは?」

「お前さ、何歳だ。絶対に大人じゃねぇーだろ?」


 話が噛み合わない。

 ていうか、お客様を完全にバカにしてやがる。

 責任感がほとんどないバイトなのだろう。


「えぇ〜。逆に、私、何歳に見えますか?」

「だから、俺からお前は見えねぇーんだよ」


 合コンのあるあるじゃねぇーかよ。

 何歳に見えるかと言われても、毎回困るんだよな。


「おかしいですね、電話なのに」

「電話だから見えねぇーんだよ。さっきと同じネタを使うな」

「こ〜いうのって、天丼って言うんですよね?」

「してやったりと思ってるだろ?」


 俺の言葉に、電話の主は「ええ」と驚きの声を出して。


「やっぱり私の顔が見えてるんですか?」

「見えてねぇーよ。思惑が分かったからだよ」

「凄い、エスパーさんですね」


 褒められるのは素直に嬉しい。

 まぁ、俺はエスパーさんではないがな。


「違うよ、俺はただのクレーマーさんだよ」

「クレイジーさんの方がお似合いですけどね」

「どういう意味だ、お前。絶対バカにしてるだろ」

「バカにはしてません。コケにはしてますけど」

「一緒の意味じゃねぇーかよ、この野郎が!!」


◇◆◇◆◇◆


 さっきからこの女には負けっぱなしだ。

 自分の言い分が全く通用しない。

 少しでも言い返さないとな。


「あ、この会話は録音されてますのでご注意くださいね」

「こっちのセリフだよ、俺はお前の勤務態度が心配だよ」

「おかげさまで減給しちゃいました(笑)」

「笑いごとじゃねぇーよ! しっかりやれ」

「自分で言うのもなんですけど、この会社は繋ぎなんです」


 さっき録音されてるとか言ってたが大丈夫なのか?

 それから思いつめるような声が聞こえてきた。


「何かイイ仕事ってありませんかねー?」

「イイ仕事か。ちょっと待ってくださいねー。って、待て待て。俺は転職エージェントかよ」

「どうもいただきました、ノリツッコミ」


 パチパチと、拍手が聞こえてきた。

 大御所タレントがバラエティ番組に参戦したときかよ。


「別にやりたくてやったわけじゃねぇーよ」

「まぁまぁ、少しは落ち着いてくださいよ」

「俺の言葉な、それは。てか、お客様に転職先を聞くな」

「そうですよね……ハッピーセットにおもちゃが入ってなかっただけで、ブチギレ電話を掛けてくる人に聞いても……」


 頭の中でプッツンと音が鳴り響いた。

 多分これは堪忍袋の尾が切れたからだろう。


「あぁ〜分かったよ、俺が相談に乗ってやるよ」

「やっぱり優しい人なんですね。一目見た時から思ってました」

「だから、どこで見たんだよ、俺を!!」

「さぁ〜どこで見たんでしょう〜か?」

「クイズ形式みたいにするんじゃねぇ〜よ」

「あ、あの……」


 電話の主は、大変申し訳なさそうな声で続けて。


「もしかして怒ってます?」

「あたりめぇーだろ。こっちはイライラして電話掛けてんのに、お前みたいな奴と喋ってもっとイライラだわ!!」

「だよねぇ〜。私もそう思うぅ〜。うんうん」

「学校終わり女子(ギャル)井戸端会議(ファミレス)かよ。てか、お前はお前とどうやって喋るんだよ!!」


 絶対にこの電話の主は、俺を煽ってるな。

 てか、俺をバカにして、楽しんでやがる。

 だが、一度相談に乗った身である。

 ここで降りるわけにはいかない。何としても。


「そもそもどうして転職しようと思ったんだよ?」

「いやぁ〜。私は別に気にしないんですけどねぇ〜。私が電話対応したお客様が、私にお怒りになってるみたいで」

「いや、気にしろよ。お前はもっと気にしろ。お前が電話対応したお客様がキレるのも納得だわ」

「自分で言うのもなんですけど、そういう星の(もと)に生まれたのかもしれませんね。ポジティブポジティブ!!」

「ポジティブになるのは構わないけど、周りの意見をしっかり聞こうな。これマジで大事だから。冗談じゃなく、マジで!」


 それに、と呟きながら、電話の先に居る女性は続けて。


「ハンバーガーを毎日食べるって辛くないですか?」

「別に食わなくていいだろ。辛いなら」

「ワールドバーガーはバイトにまかないが出るんですよぉ〜。こんなの知ってて当然じゃないですかぁ〜」


 あの有名なコピペが脳裏に浮かんでくるぞ。

 童貞を卒業するのは小学生までだよねぇ〜と。

 畜生、この女は自分中心に世界が回っていると勘違いしてるな。マジで、さっきから喋っててウザさしかないぞ。


「てか、お前毎日バイトしてるのかよ」

「少しでも食費を浮かそうと思って」

「自分から食いに出かけてるじゃねぇーかよ!」

「でも、最近胃が変な感じがするんですよねぇ〜。もしかしたら、私が今まで食べてきたバーガーの呪いでしょうか?」

「ただの胃もたれだよ。毎日食ってたらそうなるだろうよ」

「それに夢の中でも、毎日バーガーが出てくるんです」

「職業病ってやつだな、それは」


 俺もパン工場で働いてた頃は、毎日パンの夢を見ていた。

 ベルトコンベアーで運ばれてくるパンを左から右へと動かすだけの単純労働を、夢の中でさえやっていたからなぁ。


「私を食べようとするバーガーがね」

「お前、どんな夢を見てるんだよ。てか、バーガーってモンスターかよ」

「私にとってはモンスターみたいなものですね」


 電話の主は過去を思い返すように重々しい口調で。


「これ以上食べちゃダメだと分かってるのに」


 悔しそうに言葉を濁らせてから。


「それでも、やっぱり食べちゃうみたいな」

「ただの食いしん坊エピソードじゃねぇーかよ!」

「で、体重計を見て、あぁ〜失敗したと思うんです」

「ただのダイエットあるあるじゃねぇーかよ!」


◇◆◇◆◇◆


「もうお前と話し合うのは疲れたわ」

「はい、私も疲れました。こっちは仕事で忙しいのに」

「俺と喋ってるのは何だ、これは仕事じゃねぇーかのよ!」

「仕事というよりもただの子守ですね、はい」

「子守される歳じゃねぇ〜よ、俺は。イジワルされたって、ホットラインに電話掛けるぞ、ゴラァ」

「ならば、ゆっくりと受話器を下ろし、電話をお切りになられたほうがお互いにハッピーになれると思うのですが……」

「お前がなってもな、俺がならねぇーよ」


 はぁ〜イライラが止まらない。

 コイツと喋っていると、こっちのイライラが加速度的に増えてくる。見たことない人を嫌いになるって初めてだわ。


「で、どうしたんですか? さっきから怒ってるみたいで」

「怒ってるみたいじゃなくて、本気で怒ってるんだよ!!」

「通りで先程からキャンキャン吠えてるんですね」

「俺は犬か!! 俺は犬なのか? そんな高い声してる?」

「それで負け犬さんはどうしたんですか? わざわざ電話を掛けてきて」

「さっきから何回も言ってるだろ。おもちゃ——」


 あぁ〜と電話の主は、俺の声に重ねるように。


「おもちゃがなくなって怒ってるんですよねぇ〜?」

「俺、赤ちゃんかよ!! その言い方だと、おもちゃを取り上げられて泣いちゃったみてぇーだろうがよ!!」


 この女と喋っていると、調子が狂ってしまう。

 毎回毎回、この女に主導権を握られて負けてしまうのだ。


「で、赤ちゃん」

「誰が赤ちゃんだ、この野郎」

「ばぶばぶさん」

「誰がばぶばぶだよ。舐め腐りやがって」

「なら、アンハッピーさん?」

「もうそれでいいよ、事実だからさ」


 名前を名乗ってなかったが、まぁ〜いいだろ。

 アンハッピーさんと呼ばれていたほうが遥かにマシだ。


「それで言いたいことはそれだけですか?」

「それだけじゃねぇーよ。これからだよ。テメェのせいで、全然話が進んでないんだよ。調子狂うぜ、全く」

「アンハッピーさんってお喋りなんですねぇ〜」

「俺じゃなくて、お前な。お前が喋ってるんだよ」

「えへへ〜。お喋り上手だなんてやめてくださいよぉ〜」

「一言も言ってねぇーよ。無駄な会話が多すぎるんだよ」

「で、さっきから長電話してますけど、何が目的ですか?」


 ハッピーセットを購入した。

 でも、おもちゃが入ってなかった。

 だから、俺はクレームの電話を掛けたわけだが……。


「決まってんだろ。おもちゃ持って俺の家に来いよ!!」

「それがないと泣いちゃいますからねぇ〜」

「泣く泣かないの問題じゃなくて、頼んだ商品の中に不足品があったんだよ。それなら持ってくるのがあたりめぇーだろ?」

「そうですよねぇ〜。おもちゃがないと困りますもんねぇ〜。夜泣きまでしちゃって大変ですもんねぇ〜」


 全然話が通じてない。

 コイツ……絶対に俺をバカにしてやがる。

 赤ちゃんみたいな扱いである。舐め腐ってるな、マジで。


「それでご住所のほうを伺っても?」

「神奈川県(一部省略)だよ」

「確認します。神奈川県(一部省略)ですね」

「そうだよ。合ってる合ってる」

「あぁ〜良かった。住所しっかりと頭の中に入ってて」

「口頭で暗記かよ。メモを取れ、メモを。すぐ忘れるぞ」

「あぁ〜大丈夫です。間違えても、電話掛かってくるだけなんで。もう何回も間違えましたけど、何とかなりましたから!」


 全然大丈夫じゃねぇーだろ。

 注文の品が届かなくて、怒りの電話が来ただけだろ。

 自分の中では何とかなったとは言ってるけど無理あるだろ。


「で、早く来いよ。俺の家まで」

「えっ?? 遊びに行ってもいいんですか?」

「ちげぇーよ。おもちゃを持ってくるんだよ、俺の家まで」


 あれ?

 おもちゃを持って家に来いって、小学生の会話かよ。


「あぁ〜行きたい気持ちは山々なんですけどねぇ〜」

「何かあるのかよ?」

「私が店舗を離れると、唯一の電話番が居なくなるんですよ」

「おまえの仕事内容、電話番かよ。初めて聞いたわ」

「人手が足りないときは、レジも担当するんですけどね」

「普通にしないとダメだわ。電話番が異常なんだよ」

「立派な仕事ですよ。電話番も」


 職業の差に、貴賎は関係ない。

 どんな職種に就こうとも、一生懸命働いている。

 それだけで、誰かにバカにされてはならないのだ。


「悪かったよ。なら、他の子を呼べ、俺のところまで」

「わ、私を……捨てるってことですか? 都合が悪くなったら、もうお前には用はないとポイッと投げ捨てるんですか?」

「気色悪いこと言うなよ。てか、勝手に昼ドラ始めるな」

「捨てられたわけじゃなかったんですね、安心しました」

「安心しなくていいから、さっさとおもちゃを持ってこいよ。お前が無理なら他の子でもいいからさ。ほら、さっさと」

「あぁ〜申し訳ございません。当店ではそんなデリバリーサービスは承ってません。なので、忘れ物は店舗に来てください」


 頭の中に疑問符と怒りが容赦無く駆け巡る。

 沸点が煮え切ってしまい、俺の怒りはピークになる。


「はぁ〜?? さっきまでの住所確認はどんな意味だよ?」

「決まってるじゃないですか〜。出禁通告書を送る為に必要な住所確認ですよ。もう、当たり前なことを」

「なら、最初からそう伝えろよ!! 長電話しやがってよ」


 電話越しの相手にここまで怒ることになるとは。

 でも、もう喋っているだけでは埒が明かないな。

 俺が自ら店舗に行き、話を付けないとダメだ。

 あと、この生意気な女がどんな奴か気になるな。


「お前名前は何って言うんだよ?」

「口説いてるんですか?」

「このタイミングで口説くわけねぇーだろうが!!」

「ラブストーリーは突然にって言いますからねぇ〜」

「絶対にお前とは始まらないから安心しとけ!!」


 少しだけ沈黙が続いたあと、女性は名前を名乗った。


桜凛櫻子(おうりんさくらこ)です。普段は何処にでもいる女子高生(JKギャル)やってまぁ〜す。サクサクって気軽に呼んでくださぁ〜い」

「合コンかよ!! テンション高すぎるわ!!」

「二人だけなので、これはお見合いかもしれませんがね」

「お断りだよ、願い下げするわ。テメェみてぇな女は」


 兎にも角にも、相手の名前が判明した。

 桜凛櫻子。この名前だけは絶対忘れない。

 よしっ。完璧に覚えたぞ、殴り込みに行くか。


 はぁ〜と深い溜め息を吐いてから。


「もういいよ、俺が行くわ。そっちに」

「えぇ〜? お肉が自ら来てくれるんですかぁ〜?」

「お肉って呼ぶな。てか、人様をお肉扱いするんじゃね〜」

「こ〜いうのって、カモがネギ背負ってやってくると言うんですよねぇ〜」


 コイツと話してたら、全然会話が進まない。

 店舗に着いたら、違う人に対応してもらおう。

 それでコイツの上司に当たる人物に愚痴っておこう。


「今から店舗におもちゃ取りに行くって言ってるんだよ」

「あぁ〜おかまいなく。私は全然気にしないんで」

「気にしろよ。てか、そこは申し訳ございませんだろうが」


◇◆◇◆◇◆


 自転車を漕ぎに漕いで、自宅近くの店舗に到着。

 ワールドバーガーとデカデカとした看板がある。


「何かイライラしてくるな、アイツのこと思い出して」


 駐輪場に自転車を停め、俺は店内に入った。


『ワンワンワン♪ ワールド〜♪ ワールドバーガー♪』


 ワールドバーガー特有の陽気な音楽が流れていた。


『ワイルドでワンダーなナンバーワンのお店ぇ〜♪』


 と言っても、ほぼほぼ「ドンドンドン」でお馴染みな地元のヤンキー御用たち——驚安の殿堂ショップの曲にしか聞こえないが。


 店内は昼下がりを過ぎた頃。

 多いとも少ないとも言えないぐらいの人気である。

 俺は真っ先にレジカウンターへと向かった。

 すると、赤茶色髪の女性が対応してきた。


「お客様、ご注文は何にしますか?」

「ご注文じゃねぇーよ。さっき電話掛けた者だよ、電話」

「なるほど。『進めカルガモ探検隊』ご一行様ですね」

「俺じゃねぇーよ。俺、一人。それは分かるだろ?」

「あぁ〜。なるほど、見るからにお太り様ですもんね〜」

「お太り様じゃなくて、お一人様ね、お一人様」

「何を言ってるんですか? そこに確かにもう一人——」


 赤茶色髪の女性は目を真ん丸くさせる。

 目をゴシゴシしてから、もう一度俺の後ろを見る。

 数秒後、少し曖昧な笑みを浮かべながら。


「……あぁ〜お一人様だったんですかぁ〜」

「ねぇ? 怖いからやめてくれる……? その反応!!」

「安心してください、店長は悪い人じゃないんで」

「俺、まさかのまさかで店長に取り憑かれてるの!!」

「あ、もしかして……」


 赤茶髪色の女性は両手で口元を押さえた。

 もしかして、この女が——桜凛櫻子とでも言うのか?


「整理券の方はお持ちしたでしょうか?」

「持ってねぇーよ。こっちは大事な話があるんだよ、話が」

「ならば、一旦整理券を取って後ろの列に行ってもらうか、そのままあちらの自動扉へと向かい、そのままお家へGOしちゃってください」

「俺を帰らせる気満々かよ、こっちは客だぞ、客」


 見た目だけは悪くない赤茶髪の可愛い女の子だが。

 喋っていてストレスが溜まってくる。

 この感じは……やっぱりあの女なのだろうか?


「名を名乗れ、名を」

「拙者は名乗るほどのものではござりませぬ」

「さっさと名乗れ。時代劇風の喋り方しなくていいから」

「この名札が見えないんですか〜?」


 先生〜黒板の字が汚過ぎて全然読めません〜。

 もう一度書き直してもらっていいですかぁ〜?

 とか言い出すウザさMAXのギャルみたいな喋り方だな。


「見えねぇーつってんだろうが」

「お客様、もしかして近眼ですか? 眼科はあちらですよ」

「お前が元々名札を付けてねぇーんだよ!! この野郎が!」


 あ、と言い、赤茶髪の女は「てへっ」と舌を出した。

 アイドルがすれば、それは可愛いシーンなのかもしれない。

 ただ、今見てる限りでは、殴りたくなるだけであった。


「あぁ〜すみません、うっかりしてました」

「だからさ、うっかりのレベルじゃねぇーって」


 はぁ〜と、俺は溜め息を吐きながらも。


「で、お前の名前は?」

「知らないひとに名前を聞かれても黙ってろってお母さんが」

「あぁ〜もういいよ。桜凛櫻子を出せ。話はそれからだよ」

「えっ? 私のこと知ってるんですか? うれしいぃ〜」

「やっぱり、お前かよ。薄々気付いてたけどな」


 もう一度詳しく説明しよう。

 赤茶色の髪をポニーテールに束ねた若い女。

 如何にも生意気なギャルっぽい。

 それが——桜凛櫻子で間違いないようだ。


「あのぉ〜ところであなたは?」

「俺だよ、俺。さっきまでお前と喋っていた男だよ」

「あぁ〜あのハッピーセットを購入したけど、おもちゃが入ってなくてわざわざ電話を掛けた挙句、こちらまで足を運ぶと意気込んでいた、あのお客様ですねぇ〜。ご存知ですぅ〜!!」


 おいおい、お前のせいで店内の空気が二度ほど下がったぞ。

 特に俺に対する哀れみの瞳でな。

 お客様の前で何を言ってるんだよ、コイツは。事実だけど。


「そこまで説明しなくていいよ、恥ずかしいから」

「恥ずかしくはありませんよ」


 桜凛櫻子は両腕でガッツポーズを作って。


「ハッピーセットを購入したら、おもちゃをもらう権利は誰にでもありますからねぇ〜」


 クッソ、マジで恥ずかしい。

 何だよ、この恥辱プレイは。


「でもよかったですね。今日は夜泣きせずに済んで」

「だから、俺は赤ちゃんかよ!!」


 頭を抱えたくなる気持ちを抑えながらも、俺は訊ねる。


「それでおもちゃは?」

「少々お待ちください」


 桜凛櫻子は厨房へと入っていく。

 そこでごにょごにょと揉める声が聞こえてきた。

 その後、彼女は慌てて戻ってきて。


「おもちゃは組み立てるのにお時間が掛かるそうです」

「バーガーと一緒におもちゃも作ってるのかよ。斬新すぎるだろ。どんな厨房か余計気になってきたわ。どうなってんだ」

「お肉のことだけは……お肉のことだけはご勘弁を」


 どんな肉が入っているのか、マジで気になってくる。

 でも、厨房に入るのはマナー違反だ。絶対に不可能である。


「あ、そうだ。ご注文はどうですか?」

「ご注文? 食いたくねぇーよ。ここのバーガーなんて」

「ここだけの話ですけど、美味しい店ちょ……お肉が入ったんですよ。国産肉100%使用でとっても美味しいですから」

「今、絶対店長って言ったよね? 店長って!!」


 国産肉100%は間違いないかもしれない。

 でもさ、表記詐欺にもほどがあるだろ、実は人肉なんて。


「ではご注文のほうを繰り返させていただきます」

「おい、待て。俺は注文した記憶がねぇーぞ」

「期間限定商品の店長バーガーセットがお一つですね」

「もう隠す気ゼロじゃん。店長絶対ミンチにされてんじゃん」

「付け合わせに店長のポテトもありますけどどうしますか?」

「店長のポテトって何だよ。気になるけど、要らねぇーよ」


 何だよ、コイツ。

 勝手に注文した体にしてくるし。

 訴えられても知らねぇーぞ、マジで。


「お目が高いですねぇ〜。狙いは新作商品ですね!!」

「頼む気ゼロだが、新作って何だよ」


 ワールドバーガーの新作商品は気になるな。

 おもちゃを集めるのが趣味だけどさ。

 だけど、それも美味しいバーガーも大好きだし。


「鮮度抜群のカルガモバーガーですよ! 本日発売の!」

「……進めカルガモ探検隊(お客様)を食う気満々じゃねぇ〜かよ」

「カルガモの解体ショーもあるんで、楽しんでくださいね」

「マグロかよ!!」

「ベッドの上では……そうかもしれません」

「お前じゃねぇーよ!!」


 カルガモ探検隊。

 俺は知らなかったぜ。

 お前たちが在庫名だったとはな。


「他にご注文は要らないんですか?」

「他にじゃなくて、俺は何も頼んでねぇーよ」

「営業妨害ですか?」

「違うよ、正当な理由があってここまで来たんだよ!」


 メニュー表が目に入った。

 その中に面白い表記があるではないか。


——スマイル0円——


「んあぁ〜なら一つだけ注文しようかなぁ〜?」


 悪徳貴族のような口調でそう呟いた。

 我ながら気持ち悪い喋り方だなと思う。


「何ですか? 急にバブバブボイスで」


 実際に桜凛櫻子は卑劣な瞳をこちらに向けてきた。

 お客様じゃなければ、こんな人とは絶対に喋らない。

 そんな意思が茶色の瞳からヒシヒシと感じられる。


「一生分のスマイルをよろしくお願いしまぁ〜す」


◇◆◇◆◇◆


 結論から述べる。

 俺はワールドバーガーを出禁になった。

 従業員に対するセクハラ行為が原因だと。

 ハッピーセットのおもちゃが入ってなかったことにいちゃもんを付け、長電話で店舗への嫌がらせ。更には怒りを増幅させ、一生分のスマイルを注文したという判決である。


 で、これから語る話は一週間後である。


 ピンポーンと自宅のチャイムが鳴り響いた。

 だが、俺は決して動かなかった。

 どうせ受信料を払えか、宗教団体に入れかの二択だろう。

 俺はそう結論付け、キーボードを打つ手を決して止めることなく、カタカタと軽快な音を鳴らし続けた。


 我ながら最高な気持ちになれる。この瞬間だけは。


「ワールドバーガーよ、お前は思い知るのだ。大切な顧客を失ったことに」


 客を大切にしない店は必ず痛い目に合う。

 そんな話を聞いたことがあるが、正にその通りだ。

 俺に対する理不尽極まりない処遇を下したからである。


「ふははははは。お前らが悪いんだ」


 人は簡単に変わる。

 良い方にも悪い方にも。


「先に裏切ったのはお前ら。この俺を出禁にしやがった罰だ」


 捨て垢を使い、ワールドバーガーへの低評価を押しまくる。

 レビュー欄には「最低なお店です。人肉使ってます」や「接客が最低すぎる若い女従業員がいる」などと書き込んでいた。


 だが、邪魔が入る。


 ピンポーン♪

 ピンポーン♪

 ピンポーン♪


 鳴り止まない。鳴り止むことがないのだ。

 うざったらしいが、チャイムの主は俺がこの家に潜伏していることを知っているようだ。

 さっさと出てこい。もうお前は包囲されている。

 そんな警察気分で、相手側は押しているに違いない。


 その挑発に乗るのは癪だが、俺は重たい腰を起こして、やかましいほどに鳴り響く玄関の元へと向かうのであった。

 それからドアを思い切り開いて、俺は本気で怒鳴った。


「さっきからうるせぇーんだよ!! 近所迷惑も考え——」


 言葉が止まる。

 目の前に立っていたのは、赤茶髪の女性だったのだから。

 回りくどい表現はやめようか。

 チャイムを鳴らし続けていた不届き者は——。


「どうも、桜凛櫻子です」


 ペコリと頭を下げてきた。

 律儀な奴だなと思ったのも束の間だ。

 顔を上げた彼女は、薄らと笑みを溢れさせる。


「あ、お前はあのときの……」

「ハッピーセット購入したけどおもちゃが入ってなかったでお馴染みの山田さんですよね?」

「お馴染みじゃねぇーよ。一回だけだよ」

「出禁になっちゃいましたからねぇ〜」

「誰のせいだと思ってるんだよ!!」

「自分のせいじゃないんですか?」

「いや……そ、それはそうだけども」


 言い澱んでしまう。

 だが、一週間前に通らなかった言い分をもう一度言う。

 誰一人として、俺の言葉には信憑性がないと言ったが。


「お前だってな、十分罪はあるんだよ」

「責任転嫁は良くないですよ、山田さん」

「責任転嫁じゃねぇーよ。共犯だよ、共犯」


 この女のせいで、俺は理不尽な目に遭ったのだ。

 電話番が他の従業員だったら、出禁などという不名誉極まりない称号は貰わなかったはずなのに。


「裁判沙汰にしなかっただけでも感謝してくださいよ」

「裁判起こす気だったのかよ!!」

弱者系男(山田さん)から慰謝料をがっぽり稼ごうかなとね」

「悪知恵だけは働くよな、未成年って」


 ていうか、さっきからコイツ……。


「俺の本名をちょくちょく入れてくるなよ!!」

「なら、名前を呼んではいけない例のあの人みたいにしときますか?」

「厨二じみた異名はいらねぇ〜よ。二番煎じな異名だし」


 ふむふむと頷きながら、桜凛櫻子は言う。


「オンリーワンじゃないと興味ないと?」

「自分だけの異名ってのに憧れるんだよ」

「だから、オンリーワンでロンリーワンなんですね!」

「悪かったな、家族も彼女もいなくて」

「おまけに、おもちゃも貰えなくて」

「そうだよ! あの日、なんだかんだで有耶無耶になってんだよ。あのおもちゃの件!」


 結局、出禁騒動があった日、俺はおもちゃを貰えなかった。

 店内への出入り禁止を書かせられたあと、俺は屍と化してしまったのだから。筋金入りのマニアだったのだから仕方ない。

 その愛が強かったからこそ、俺はワールドバーガーへと何度も何度も誹謗中傷を繰り返してしまっていたのだ。


 あれ? 俺って、意外とツンデレの素質あるかな?


「ストーカーの素質なら十分あるかなと」

「勝手に人の心を読むな!!」


 というのはどうでもよくてだな。


「あれからこっちは全然眠れねぇーよ!」

「そうでしたか、あの日以来……」


 桜凛櫻子は神妙そうな顔を浮かべる。

 名探偵のように顎に手を当て、「う〜ん」と唸りながら。


「やっぱり夜泣きが続いていますかぁ」

「イライラが止まらないんだよ、お前のせいでな」

「なるほど。私を想ってくれたわけですか」

「想ってねぇーから!!」

「夜寝る前に想うのは、エッチなお姉さんだけだよ!!」


 自分でも何を言っているのか、そう思っていたら。

 桜凛櫻子は真面目な顔でメモ帳にペンを走らせながら。


「なるほど、熟女好きと」

「誰が熟女好きだ!!」

「エッチなお姉さん好きと聞きまして」

「熟女はもうエッチなおばさんだよ」

「……年齢で人を判断するのはよくないと思います」


 確かに、今のは俺の失言だな。

 年齢で人を判断するのは悪いことだ。


◇◆◇◆◇◆


「で、お前は何しにここに来たんだよ、人様の家まで」


 桜凛櫻子が家に来た目的を知りたい。

 本来ならば、この質問からするべきだったが。

 話が長引き、全然話し合うことができなかったのだ。


「大変嬉しいお手紙をお届けに来たんです」

「手紙だと?」


 訝しげな俺に対し、桜凛櫻子は笑って。


「はい。出禁通告書ですね〜」

「全然嬉しくねぇーよ。誰が喜んでもらうんだよ!!」


 出禁通告書は書留だった。

 名前を書かなければならないらしい。


「要らないなら食べてみたらいいのでは?」

「俺はヤギか? 子供の頃に聞いた歌にもあったけどさ」


 と、その他にも、聞きたいことがある。


「で、お前はどうしてそんな格好を?」


 桜凛櫻子は、某有名な宅急便の制服を着ているのだ。


「クビになったんです。ワールドバーガー」

「だろうな、お前みたいな態度悪い奴はそうなるよ」

「態度は良好だったみたいなんですけど」


 桜凛櫻子は悪びれる様子も全くなく。


「まかない以外のバーガーも食べちゃったみたいで」

「もうバイトテロじゃねぇ〜かよ!! テメェは!!」

「お客が食い残したバーガーなら食べても問題ないかなと」

「もったいない精神じゃなくて、意地汚い精神だよ」

「えへへへ、うっかりしてました」

「だから、うっかりしてたレベルじゃねぇーよ!!」


◇◆◇◆◇◆


「神奈川県のお住みのYさんって大学生ですか?」

「そうだよ。俺は大学生だよ」


 でもさ、と呟いてから。


「某漫画の手葉書職人みたいになってない?」

「ん? 何言ってるのか意味分からないです」


 桜凛櫻子は首を傾げて、口元に指を当てる。

 それから、ふふっと頬を緩ませると。


「お暇なんですね」

「うるせぇーな。大学生は基本的に暇なんだよ!!」

「親の脛を齧って、おもちゃ集めしてたんですね」

「仕送りは貰ってるが、俺はバイトもしてるがな」

「ここだけの話、ママ活はやめたほうがいいと思いますよ」

「ママ活じゃねぇーよ。家庭教師だよ、家庭教師!!」


 桜凛櫻子は「しぃ〜」と人差し指を立てた。


「家庭教師? 何を教えてるんですか、淫乱家庭教師さん」

「誰が淫乱だよ、生徒想いのイイ家庭教師で有名だわ」

「目的は生徒ではなく、お母さまのほうだったとは」

「ねぇ、もうそろそろ熟女ネタやめてくれる??」


◇◆◇◆◇◆


「お前、人様をバカにしてるけどな」


 俺はそう呟いてから。


「これでも帝国大学に通ってるからな、俺は」

「そ、そこ……私の志望大学です!」

「成績優秀者には奨学金出るし、海外留学も格安で行ける。その分、難易度は高いけど、まぁ〜頑張れよ」


 もうコイツとは喋りたくない。

 そう思い、俺が扉を閉めようとすると——。


「ちょっと待ってください。大切な話があります」


 こほんと咳払いして、桜凛櫻子は言う。


「私に勉強を教えてくれませんか?」

「断る。誰がお前に教えるかよ」

「分かりました。少しだけ身の上話をしましょう」


 別に聞きたい話ではない。

 だが、聞かないとこの場で叫ぶと言い出したのだ。


「私の家は貧乏で、大学に進学できるお金がありません」


 桜凛櫻子の家庭構成は、母親と三人姉妹なのだと。

 父親は他界。

 母親が一人でお金を稼ぎ、三人姉妹(櫻子は長女)を育ててくれているらしい。


「それでも大学に通いたいと思い、私はバイトを始めました。中学生の頃には新聞配達を、高校生からは様々な業種でバイトを行いました。それも全ては大学に通うためでした」


 そして、と呟きながら、桜凛櫻子は目を輝かせて。


「私はワールドバーガー奨学金制度に出会ったんです!!」


 彼女の話によれば、ワールドバーガー独自の学生支援奨学金制度らしい。様々な条件下で定められた期間内ワールドバーガーで働くと、援助を受け取ることができるというのだ。


「とりあえず、優秀な私は奨学金を受け取ることができます」

「バイトテロ起こして奨学金を受け取れるんだな」

「外資系の企業ですからね。ルールさえ守れば大丈夫です!」


 世界各国で大人気なワールドバーガー様である。

 本来ならば賠償金を払わなければならない状況だろう。

 それにも関わらず、逆に奨学金を贈ってくれるなんて。


「しかし、私は致命的なことに気付きました」

「致命的なこと?」

「はい。今までバイト漬けの日々で、知力が足りません」

「はぁ?」

「もう一度言います。私には圧倒的に知力が足りません」

「お前さ、受験生に一番必要なものが欠けてるじゃねぇーか」

「うっかりしてました」


 うっかりしてましたじゃねぇーよ。

 心の中でそう呟く俺に対して、桜凛櫻子は頭を下げて。


「お願いします。私に勉強を教えてください」

「嫌だ。塾か予備校に行け。俺に頼るなよ」

「残念ですが、私にはお金がありません」

「勉強は一人でもできるだろ?」

「バカな私がたった一人で難関大学に受かると思いますか?」

「自信満々で言うことじゃねぇ〜からな!」


 桜凛櫻子は奨学金の援助を受け取ることができる。

 だが、ワールドバーガー独自の奨学金で、彼女が受け取ることができたのは半額免除だったのだと。今まで働いてきたバイト代を足して、ギリギリ四年間払えるぐらいなのだとさ。


「もう最終手段は、裏口入学しかありませんね」

「正攻法で戦えよ!! 周りの受験生と同様に」

「人生は配られたカードで戦うしかないんですよ」


 つまり、この桜凛櫻子は塾にも予備校にも通えないのだ。

 かと言って、一人で勉学に励むのは無理だと分かっている。

 だからこそ、この帝国大学現役生で、家庭教師経験もある俺に助けを求めているというわけだ。


「いいですか、山田さん」


 桜凛櫻子は真面目な顔でいう。


「今、ここで見捨てたら、歳若い女の子が臓器を売るしかないんですよ。大学進学するために。可哀想だと思いませんか?」

「……臓器を売るのはやめとけ。早死にするぞ、マジで」

「なら、女子高生バイトが見たワールドバーガーの闇という暴露本でも出すしかありませんね」

「恩を仇で返す真似はするな!! 奨学金貰うんだろうが!」


 桜凛櫻子は律儀な人間らしい。

 う〜んと首を傾げながら、彼女はいう。


「そうですか……もうアレを売るしかないんですかね〜」

「何を売る気だ。悪いことだけはやめとけよ」

「いや、もう決めました。自分を売ることにします」

「お、お前な……自暴自棄にもほどがあるだろうが!!」

「はい。私は多くの方々に(もてあそ)ばれることでしょう」


 大学進学するために、自分を売ろうとするなんて。

 そんなの俺は見ていられない。

 大学の女友達にも、カラダを売ってお金を稼ぐ子もいるし。


「自分のカラダを売る真似はやめとけ。虚しいだけだぞ」

「でも私が売れるものは、もうこれしかないと思うんです」

「だ、だからってな……お、お前にはまだ未来があるだろ!」

「今だけなんです。女子高生という肩書きがある今しか」


 女子高生。

 その言葉が付くだけで、値打ちは簡単に跳ね上がる。

 実際に女子高生起業家が居たものの、彼女が歳を重ねてしまえば、それはただの起業家になってしまうのだ。悲しいね。


「専門業者に売れば、高いはずです。私という存在は」

「……お、お前……そんな……」

「それでももう私は決めたんです!!」


 関わった機会は、今日と前回で二回しかない。

 それでも歳若い女の子が危険なことをしようとしている。

 それを見逃せるほど、俺は社会に溶け込める自信はない。


「桜凛櫻子という存在をフリー素材として売ろうって」

「ふぇ?」

「今の私の写真を業者に売れば、フリーのJK素材として今後一生ネット上として残ります。デジタルタトゥーとして」

「うん。もう勝手にしろよ」


 心配して損したわ。でも、良かった。


◇◆◇◆◇◆


「生憎だが、俺は忙しいんだ。お前以外にも生徒が居てだな」

「私との関係は遊びだったってことですね」

「気色悪いことを言うんじゃねぇ〜よ」

「もしも私を見捨てたら、一生ネットで誹謗中傷します」

「次会うときは、法廷だな」

「今のは嘘です。格安で家庭教師になってくれませんか?」

「こっちはボランティアでやってないんだよ」


 ふふふ、と笑いながら、桜凛櫻子は何かを取り出した。

 出てきたものを見て、思わず俺は声を失ってしまう。

 得意気な表情を浮かべて、彼女は見せびらかしてきた。


「これ欲しくありませんか?」

「うう。そ、それは……」

「山田さんが欲しがってたおもちゃですよ」


 ワールドバーガー特製のおもちゃ。

 再販されることはない貴重な品だ。

 期間限定商品なので一度見逃したら終わりである。


「つまり?」

「これが欲しければ、勉強を見ろです」

「嫌だよ。お前バカだろ?」


 ワールドバーガーのおもちゃ好きである。

 それは決して間違いではない。

 それでも、これだけは言うことができる。


「釣り合ってねぇーだろ、価値がよ」

「そう言うだろうと思ってました」


 だからね、と呟いてから。

 桜凛櫻子は新たな品を取り出した。

 金色の刺繍が入った黒色の袋であった。

 俺はそれを見た瞬間に、もしやと思ってしまう。


「お、お前……そ、それは?」

「分かるんですね、これが」

「し、シークレットトイなのか……?」


 ワールドバーガーのハッピーセットには、シークレットトイが存在する。そんな噂話を何度か聞いたことがあった。

 でも、今までに何百回もハッピーバーガーを注文してきた俺だとしても、その商品を手に入れることはできなかった。

 ネットでも、都市伝説として語り継がれる程度で、実際に手に入れたという話は……五年に一回あるかないかだったのに。


「そうです。これは欲しいでしょ?」


 桜凛櫻子はシークレットトイを持っていたのだ。

 これは欲しい。欲しすぎる。絶対に欲しい。

 マニアの中でも、誰も持っていない伝説のおもちゃ。


「……やるよ、お前に勉強を教えればいいんだろ?」

「はい。ありがとうございます!!」


 欲しいものには、どこまでも貪欲なのだ。

 それがマニアなのだから。

 欲しいものは必ず手に入れてやるのである。


「だが、こちらから条件がある」


 でも、そう易々と仕事を引き受ける俺でもない。


「何ですか?」

「報酬は先払いにしてもらおうか。逃げられたら困るからな」


 俺の提案に乗ってくれたのか、桜凛櫻子は頷いてから。


「それでは契約書(こちら)に名前を書いてください」

「こんなものでも用意されているとはな」

「私、しっかりしてるので」

「お前の場合は、ちゃっかりだわ」


◇◆◇◆◇◆


「これで契約完了です」


 桜凛櫻子は契約書を確認して微笑んでいる。

 まるで、婚姻届に捺印した婚期を逃した女性のように。


「んじゃあ、例のブツを渡してもらおうか?」


 シークレットトイを受け取る代わりに。

 俺は桜凛櫻子の勉強を見てあげることにした。

 と言っても、週に二、三回見てあげるだけなのだが。

 それも、今年の受験までなので、残り半年ぐらいだが。


「こちらをどうぞ」


 シークレットトイを受け取る。

 中身は軽そうである。

 ただ、手にとって分かるが、豪華な包装である。

 このまま飾っておくのもいいかもしれない。

 だが、中身が気になる俺は包装を開いてみた。

 そして——シークレットトイが何かを知るのであった。


「おしゃぶりかよっ!!」


 俺は思わず叫ばずにはいられなかった。

 豪華な包装紙から出てきたのは、百円ショップにでも売られていそうなおしゃぶり。と言っても、ゴージャス感を出すために、所々に金色の刺繍が入っているのだが。


「よかったですね。夜泣きせずに済んで」

「逆に泣くわ。これで俺の半年が丸潰れなんてな!!」


 桜凛櫻子の勉強を教える。

 そのために、自分の貴重な時間が削られる。

 そう思うと、気が滅入り、俺は肩を落としてしまう。


「今日からよろしくお願いしますね、山田先生♡」

「いやだぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」

「それでは、一緒に頑張りましょうね。おしゃぶり先生」

「誰がおしゃぶりだ!! やっぱりお前に教えたくねぇーわ」


 本音を漏らすと、桜凛櫻子は俺の肩を掴んできた。

 握力が余程強いらしく、ガッシリと握ってくるのだ。

 俺に逃げられたら、人生が狂う。

 そう自分でも理解しているらしい。


「絶対に逃がしませんからね。大学に受かるまでは」


◇◆◇◆◇◆


 桜凛櫻子の家庭教師をすることになった初日。

 俺に教えを乞うという立場上、櫻子自身が俺の家まで足を運ばせてくれた。というのも、自宅では家族に迷惑だとさ。

 自慢ではないが、俺は母親以外の女性をこのアパートに入れたことが一度もない。つまり、桜凛桜子が初めてである。

 大学生に入る当初は、ここから俺の人生は変わるんだ。

 ここに可愛い彼女を連れてくることもあるかもしれない。

 そう夢見たこともあったけど——現実は全く違う。


「山田さん〜。このお菓子、超美味です!!」


 小腹が空いたら食べようと思っていたお菓子を、俺の教え子はバリボリ音を立てながら食っているのだ。女子高生は食欲旺盛なのか、次から次へとお菓子の袋を開いている。


「お前人様の家で寛いでるんじゃねぇ〜よ!!」

「あ、おかまいなく。私は全然気にしないで」

「俺が気にするんだよ!! この馬鹿野郎ッ!!」

「神経質なんですね。カルシウム不足ですか? 先生♡」


 生意気な女子高生に煽られながらも、俺は言う。


「お前は本気で受かる気あるのか?」

「ありますよ、勿論。ほら、この通りです!!」

「お菓子食いながら言うセリフじゃねぇ〜からな!」

「誘惑が多いから悪いんです。この部屋には」

「お前が食うから悪いんだよ!! この野郎ッ!!」

「お菓子が言うんです。私に食べてって」

「だからって、人様のお菓子を食っていいとはならないぞ」


◇◆◇◆◇◆


「早速だが、お前の得意科目は何だ?」


 国立大学を受験する。それも難関と評判の帝国大学だ。

 残り僅かな期間内で結果を出すには戦略を練る必要がある。

 ふふっと、笑みを漏らしながら、桜凛櫻子はいう。


「全科目不得意です」

「自信満々に答えるなよ」

「全科目赤点です」

「大学に行く前に、留年の危機じゃねぇーかよ」

「高校生活が伸びると思ったら気楽ですね」

「気楽に考えたらダメだろ、テメェはよ」


 こんなダメな生徒を半年間で大学に入れるなんて。

 そんなの不可能に近いかもしれないが……。


「これでも毎日三時間は机の前に座ってますよ」

「ほう、意外と勉強やるじゃねぇーかよ」

「バイト疲れで、毎日寝てますけどね」

「少しでも感心した俺に謝れ!!」


 兎にも角にも、勉学にはモチベが重要だ。

 その為にも、この女が大学を目指す理由を聞かねば。


「大学に行って何をやりたいんだ?」

「私、社長になりたいんです!!」

「大きなことを言い出したな、突然」

「社長になって会社の金で豪遊したいんです!!」

「本性を表したな、今突然に」


 というのは冗談で、と呟いてから。


「自分の力でバーガー屋を開きたいんです!!」

「バーガー屋? つまり、ハンバーガーってこと?」


 櫻子はうんうんと大きく頷いている。

 それから、目をキラキラと輝かせながら。


「自分でも驚くほどに、ハンバーガーが大好物なんです!」

「バイト中にコソコソ食ってた言ってたからな」

「コソコソじゃありませんよ。ガッツリ食べてました」

「もっと悪いよ。もっと隠れて食べような」

「だから、私は大学に入って経営の勉強をしたいんです。並行でハンバーガーの研究もして、いつの日かお店を出します!!」


 お菓子をボリボリ食べている奴だが、今だけは一寸の狂いもないほどに真面目な瞳をしている。

 本気で自分の夢を叶えようとしているのだろう。

 周りが大学進学するから、俺も行こう。

 そんな甘い考えで進学した俺とは大違いだ。


「それにもうしっかりとした事業計画もあります!!」


 事業計画書を考えているだと……?

 櫻子って……意外とデキる奴なのか?


「大学在学中にバーガーワールドの極秘レシピを盗み出し、バーガーワールドよりも100円安い値段で売ってやろうとね」

「ただの犯罪じゃねぇーかよ」

「完全が抜けてますよ?」

「あのなぁ〜正攻法で戦え、正攻法で」

「これが正攻法です。一流からパクるのが第一歩です」


 成功者をパクるのが一番早い。

 櫻子の言う通りなので、俺は何も言い返せない。

 黙り込んだ俺を見て、櫻子はお菓子のカスが付いた指先をぺろっと舐める。それから、彼女は微笑みながら。


「というわけで、勉強を教えてください。先生♡」


 一度乗りかかった船である。無理だと諦めるのは簡単だ。

 だが、やるからには全力を尽くして志望校に入れてやろう。


◇◆◇◆◇◆


 時の流れは、皆平等で1日は24時間しかない。

 成功するのか、それとも失敗するのか。

 運命の別れ道はその限られた時間をどう使うか。

 その一点に絞られる。


 で、遂に訪れた帝国大学の合格発表日。

 俺と櫻子はキャンパス内の合格者張り紙前に居た。

 で、俺の肩に寄りかかって、櫻子は涙を流していた。


「お前何を泣いてるんだよ……?」

「い、いや……そ、その嘘みたいで……」


 桜凛櫻子は帝国大学に合格した。

 一時は成績が伸び悩んでいた。

 だが、途中で驚異的な才能を開花させたのだ。


「今日からやっとハンバーガーが食べられると思って」

「いや、そっちかよ!! 受かったことに喜べ!!」


 櫻子が成績を伸ばしたのには、理由がある。

 彼女は自らに制限をかけたのだ。

 合格するまでは、ハンバーガーは食べないと。

 あと、毎日勉強が終わるまでは、お菓子を食べないと。


 たったそれだけで。

 今までの停滞具合が嘘みたいに伸びやがったのである。


「よしっ!! 今日はお祝いにいっぱいバーガー食べます!」


 ったく、コイツの人生はバーガーに染まってるな。

 それにしても……奇妙キテレツな関係だな、俺たちは。


 最初の出会いは、一本の電話から始まった。

 クレーマーとオペレーターの関係だったのに。

 そこから、家庭教師と生徒の関係になって。


「でも、これで俺とお前の関係はおしまいだな」


 桜凛櫻子は見事大学に受かりやがった。

 つまり、俺の役目は終わり、今後彼女と関わることはない。

 だってさ、俺は冴えない大学生で、逆に彼女は陽気なギャルで。この組み合わせは今後決してありえない。

 櫻子は、これから輝かしい大学生活を送るのだ。

 だから、俺はもう用済みだと、考えていたのだが——。


「そんな寂しいこと言わないでください」

「えっ……?」

「もう私は、山田さんなしでは生きられません」


 家庭教師とその教え子が恋をする。

 そんな噂話を聞いていたが、そのまさかなのか??


「お、お前……もしかして俺のことが好——」


 俺の言葉を遮り、櫻子は言う。


「もう山田さんは、私の大事な従業員ですから!!」

「はぁぁぁ?」


 戸惑う俺を見て、櫻子は笑みを浮かべて。


「これから忙しくなりますよ。私たちのバーガー屋計画!」


 やれやれ、俺はもう櫻子の仲間になっているようだ。


 ハッピーセットを頼んだらおもちゃが入ってなかった。

 だから、クレーム電話を掛け、挙げ句の果てには店舗にまで出向き、俺は追加で一生分のスマイルを注文したわけだが。


「何ぼぉーとしてるんですか? 勝負はこれからですよ!」

「ちょ、お、お前……俺を引っ張るなよ!」


 俺の腕を引っ張り、大股で歩く桜凛櫻子は微笑んでいる。

 どんな夢物語を描いているのかは知らない。

 だが、彼女ならその夢物語さえも現実にするのだろう。


「責任取ってくださいね。一生分のスマイルの」


【完】

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― 新着の感想 ―
[一言] すーーーーーーーーーごく、 面白かったのです。 2人の会話が楽しい。
2023/08/14 23:01 退会済み
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