鋳掛け屋、仕立て屋、兵士……③
前話の内容を一部変更いたしました。ご了承下さい。
藤二井
俺は堪らず言った。
「何をしてる!! 死ぬぞ!! 」
声は空き地によく響いた。
その瞬間、殴り殴られている2人の女を除いて、全員がこちらを向いた。無数の機械の眼が俺を捉えた。まるでオークションにでもかけられているような居心地の悪さが、俺を襲った。
彼らの内の1体がぼそっと言った。
『おい……アイツほら、例の』
周りの奴らも次々に言った。
『おお、そうだ。中央の裏切り者たちの情報を持ってるそうじゃないか! 一体何がお目当てなんだ!?』
空き地は再びざわめきに満たされた。
とどめを刺そうとしていた女もそれに気づいたのか、殴るのに忙しかった手を止め、こちらを向いた。倒れた彼女は動かなかった。
女はレフェリーに、機嫌悪そうに言った。
「……ちょっと」
レフェリーも『はあ……』と溜息を漏らし、不承不承といった様子でうなずいた。
『勝負あり! 勝者ミーミー!』
観衆は俺に注目しながらも、整然と、儲けた側と損をした側に別れた。
儲けた側は払戻の窓口に向かって、空き地を挟んだ反対側の路地に消えていった。しかし損をした側には、紙屑同然となった投票券を握りしめる以外にやることは無かった。彼らはめいめい、即席の闘技場を後にしたが、何体かは俺のところに来て言った。
『人間、勝負の腰を折るもんじゃないぜ』
『お前がコウリュウサイ様の客じゃなかったら、今頃あの女の代わりに、ミーミーと闘わされてることろだぞ』
俺は闘技場を覗き込んだ。負けた彼女はまだ一人で倒れていた。
「……誰も助けないのか? 彼女の名前は?」
『医者ならいる。病院にな。生きているなら自分で手当てを受けに行くだろうし、死んでるならそのまま死んでいるだけだろうよ』
ここでは人間はその程度の扱いだった。
俺は「そうか」とだけ言って彼らを追い払うと、金網を開け、動かない彼女に近づいた。近くで見れば少しだけ手足を動かしているのが分かったが、とても立ち上がれそうにはなかった。
「おい、大丈夫か?」
俺は彼女を抱き起こし、肩を貸して金網の外に出た。
彼女はなんとか話せるようだった。
「……お礼は言わないわ。殴られるのだって仕事の内なんだから。私は仕事をし、アナタは勝手に助けたのよ」
地面に捨てられた投票券を見た。彼女は瑠璃というらしかった。
「随分と立派な心掛けだな。ミーミーは強かったが、試合の組み違えじゃないのか?」
「いいえ。今回の試合はかなり慎重に組まれたはずよ。“私が負ける”ように、慎重にね」
彼女は少しずつ回復してきたのか、俺の肩を離れると、その場で呼吸を整えた。言葉の意味を掴みかねた俺は、彼女に訪ねた。
「どういう意味だ」
すると、彼女は誰も居ない空間に向かってファイティングポーズを取り、突然シャドーファイトを始めた。
俺は目を疑った。
ミーミーに向かって大振りの素人パンチを放っていた彼女とはまるで別人だった。ステップは軽く、ジャブは鋭く、右ストレートは空気を割る程に重厚だった。
しばらく俺は見入っていた。
彼女はミーミーを30人くらいKOしただろうかというところで、シャドーを辞めた。
「……こういう意味よ」
俺は彼女の言った意味を察し、溜息をついた。
「……八百長か。どうしてそんなことを?」
すると、彼女は驚いたような表情を浮かべた。
「決まってるでしょう! お金のためによ! 」