鋳掛け屋、仕立て屋、兵士……②
本日の昼頃に投稿しましたが、話の内容に修正を加えましたのでご連絡致します。
藤二井
埼国は人の街である以上に、アンドロイドの街だった。
一方の肩ともう一方の肩がぶつかれば、舌打ちをするのはアンドロイドの方であり、目線を下げてそそくさと立ち去るのは人間だった。
その理由は単純だった。水上家の城主である鋼龍斎が、アンドロイドだからだ。
遊郭の<新緑>。
公営の“D”――ビタミンD薬品――製造元の<柔和薬品>。
同じく公営の酒蔵<関成酒造>。
これら人間のQOLに著しく影響する市場は、すべて鋼龍斎の名の元に、武闘派機械マフィアの水上家が独占していた。
アメと鞭だ。虐げられた人間に不満が募る度に、コウリュウサイはそれらの価格を下げることで鎮静化を図っている。
これらは全て、他の街まで聞こえてくる周知の評判だ。
俺はDを購入するために柔和薬品の店の一つに入ったが、店主もアンドロイドだった。
彼は小さなカウンターに座っており、ラグビーボールのような細長い顔をしていた。6つの眼が数珠のように配置され、それが時計回りにぽつぽつと光っていた。
カウンターに置かれた鳥かごの中では、機械スズメがしきりに頭を動かして、何かを訴えていた。
『……用件は』
俺は言った。
「看板の見間違いか? 摂りたいのがビタミンCなら、レモンを齧るだけでこと足りるんだよ」
彼は眼の光を強めた。
『あまり生意気な口をきくなよ、人間。既に知れているぞ。今日中にもお前は城に連行され、お前の胴体は自分の頭に向かってさよならの手を振らなければならないだろう。その貧弱な肉体に、そんな芸当が出来ればの話だがな』
「人間はそこまで自分の頭が好きじゃない……。兎に角、早くDを売ってくれ。人間がDを買う権利は、そのお前らの“城”の主が認めたものだろうが」
『……気に喰わん奴だ』
俺が代金をカウンターに放り投げると、同じようにして彼は丸薬の入った小箱を投げてよこした。俺は中身を確認してみた。
「これだけか?」
『今年は酒が値下げされたばかりだ。気に入らなきゃ酒の方を買うんだな』
俺は酒を飲まなかった。
機械スズメがうるさく鳴き始めた。彼はカゴを開けて、こちらには目もくれずに世話を始めた。“さっさと帰れ”ということらしかった。
俺たちは大通りを歩いた。すれ違う奴らは、人間も機械も皆好奇の目で俺たちを見た。
ジェイソンは俺の背中に、襷のようにかかっていた。彼が後ろを向いているので、不穏な動きが背後にあれば、すぐにわかるようになっていた。ただ、わかったところでどうにかなるものでは無かった。
俺は丸薬を3粒口に放り込んで、彼に説明した。
「ここらのアンドロイドは、元々は人間に不本意な改造をされた奴らだった。そういう奴は人間をただ単に恨むか、恨んで殺すかのどちらかだ。鋼龍斎一党は恨んで殺し、この街を奪った」
『地下世界には、今もまだ人間優勢の街があるのかい?』
「むしろそっちの方が多い……中央政府の監視が及ぶ地域は全部人間が優勢だ。そういう街にいると、俺は必ず襲撃を受ける――奴らの使うADX-5にな」
『どうして?』
「わからない。人間に対して何か悪いことをした記憶は無い。俺も人間だしな」
『今のところ、この街では襲われていないね』
「ここに、中央政府の飼いならされた機械は入ってこないからな。水上家はそういうアンドロイドを裏切り者だと嫌っているから。当然政府の監視は無い」
『聞くけど、君はどうして僕のことを、あんな風に言ったんだい? つまりは、僕が中央の何かの情報を持っていると嘘をついてさ』
「言ってくれるな。もうくたくただったんだ。すぐにでも宿屋に入りたかった」
『捕まった後はどうするの? 潔く殺されるの?』
「どうだろうな……死ぬのはきっと好きになれるだろうが、殺されるのは性に合わないな」
ジェイソンはしばらく沈黙していたが、何かを見つけたように言った。
『ほら見てよ。拳闘だ』
俺はジェイソンの言葉を聞いて、狭い路地の奥を見た。空き地が広がっているようだった。そこまで歩いていってみると、2人の人間が金網に仕切られた土の闘技場で、血まみれになって殴り合っている最中だった。
周囲で騒ぎ立てているのは全てアンドロイドだった。柔和薬品の彼のようなタイプもいれば、顔面ディスプレイに興奮した表情を映し出している奴も居た。そいつらが全員、細く錆びた金属の腕を振りかざして叫びに叫んでいた。
『やれ!! 目つぶしをしろ!! 』
『腹を殴れ腹を!! 人間はそこに赤ん坊を作るんだ!! 』
戦っているのは女だった。ボロボロの布切れを纏った身体は、よく見れば女特有のしなやかさを持っていた。
彼女たちは、腹だけは絶対に殴られまいと、慎重に防御しながら間合いを詰めていた。
『やれー!! さっさと行けー!!』
『井戸端会議を見に来た訳じゃねえぞー!!』
罵声に煽られてか、細身の方の女が突進した。大振りな右のパンチを相手の腹目がけて繰り出した。やや大柄で体格のいい方は、それを左手のグローブで受け止めると、動きの止まった相手の顔面にストレートをお見舞いした。
堪らず彼女は後方に吹っ飛び、金網にぶつかるとぐったりと倒れ伏した。大歓声だ。
大柄の女はすかさずバックマウントを取りにいき、必死で体を丸める彼女の横っ腹に追い打ちを放った。
「……レフェリーは何をしてやがる」
既に勝敗は決していた。しかしアンドロイドのレフェリーは、ぴょんぴょんと間抜けに飛び跳ねながら眺めているだけで、カウントをとる気配すらなかった。