森は無慈悲な夜の女王④
『いやー災難だったね。まさかゴミ処理に巻き込まれるだなんて思いもしなかったよ。見たところ……ここは地下空間のようだ。 当たってるね?』
「“見たところ地下空間だろう”だと? まるで上から落ちて来たような口ぶりだが……お前は一体何だ」
ソイツは俺に話しかけている間も三角形の胴体部をしきりに動かし、周囲を観察しているようだった。角A(俺が任意に定めた) の辺りで緑の光点が三つ点滅していた。あれが目なのだろうか。
『僕は御覧の通り、三足歩行型アンドロイドに改造されたルームクリーナー、F-91Wだよ。もともとは時代を席巻した最新の掃除機だったんだ』
光点が強く光り、点滅が速くなった。その緑の光が金属森の闇に反射して、その動物の姿を薄っすらと照らし出した。
本当に、平たいクラゲのような形をしていた。或いはオーソドックスな想像上の宇宙人のようだった。
「その時代を席巻した掃除機が、どうしてこんな所にいやがる。どこの誰が改造しやがった?」
『悲しい話――だけどそれは社会の摂理ってやつさ。あるとき最新だった製品は、翌年にはもう型落ちと呼ばれなければならない。それが精々2年か3年頑張ったところで、中央政府が公表する“ベストセラー製品”にランクインする程度のものさ。そこから先は、無慈悲に捨てられるか、もっと無慈悲に奇怪な改造をされて玩具にされるかのどちらかだよ』
「お前はどちらの無慈悲も被ったって訳だな。無慈悲に改造され、捨てられた」
クラゲのような動物はそれを聞くと、三本の脚をぐにゃりと折り畳み、その場にしゃがみこんだ。
『あんまり言わないでおくれ。僕だって本当は下取りに出してもらって、新製品に生まれ変わりたかったんだ』
「事実、生まれ変わってるじゃねえか。脚まで生やして……って、おい。ちょっと待てよ。お前今『中央政府』って言ったか?」
『……言ったよ。僕は一度言ったことは忘れないんだ』
「お前、上から来たのか?本当に?」
『うん。電源を切られて、一斗缶に入れて捨てられたんだ。運搬される途中で充電が切れて、予備電力に切り替わって意識が戻ってね。自由落下したり斜面を転がったりしたから、外は見えなかったけど中央管制で捨てられたってことは分かった』
それを聞いて、俺はこいつを一緒に連れていくべきだと思った。何故か? 金になるからだ。
上で改造されたという付加価値。加えて、人と活発に会話する機械生命ときた。こちらで話す機械を作ろうとすれば、相当高価な部品を使わなければならない。
更に地下世界人の知らない情報――例えば、いつ何時、どんなゴミが落ちてくるのか――なども豊富に持っているかも知れない。ダメ押しに、気味の悪い三足歩行。金にならない訳がない。
まあ、正直そんな情報があるなら、俺が欲しいところではあったが。
「お前、ちょっと歩いてみてくれないか」
俺がそう言うと、その動物はふにゃふにゃと立ちあがり、こちらに歩いてきた。
三本の脚を接地させたまま、時計回りにぐねぐねと脚を滑らせ、ぎこちなく歩いてきた。
「もっと別の歩き方は無いのか?」
『これが一番エネルギーロスが少ないんだよ。ちなみに今人間のように脚を上げて歩くとしたら、あと50歩で予備電力が切れる』
ウィンウィンと音を立てて滑り歩く彼を尻目に、俺はバックパックから部品を取り出した。大型の機械バチの尻尾に付いていたエネルギー源だ。
「自分の胴体は分解出来るか? このエネルギー源が接続できるといいんだが」
見たところ、こいつは地下の在外来種と違って、俺への敵意がなさそうだ。殺さなくてよかった――というか、殺す手段はなかった。どうにかして埼国まで一緒に行って、生きたまま闇市の連中に見せれば……
『ありがとう、接続できたよ!! 予測稼働時間は残り250hだ!!』
「そうか。お前これからどうする? つまりはその、250hが切れるまでという話だが」
『さあ?……上に戻る手立ては無いし、戻れたとしてももう一回落とされるだけだろうね。今度は一斗缶無しだ。なんせ僕は型落ち魔改造品だから……落ちながら最高の眺めを堪能できるよ。夜でも利く目だってあるしね』
彼は胴体をクイッとすくめて、冗談のような仕草をした。
「俺と一緒に来ないか?」
『来ないかって何処へ?』
「次の街だよ。地下世界でも有数のデカい街だ」
『行ってどうするの?』
「……はは、そうだな。じゃあ訊くが、ここに居てどうするんだ?」
意地の悪い問いではあった。“ここに居てどうする”なんていきなり聞かれたら、どんな風に生きてる人間だって言葉に詰まるものだ。
彼は考え込んでいるようだった。再び緑の光点が高速で点滅した。彼の輪郭がピカピカと闇に浮かんだ。三角の胴体には、上の企業のロゴのようなものが浮かんでいた。あまりゴミ山の中では見かけないロゴだった。
『わかった。君と一緒に行こう。次の街というと……失礼、地下空間の地図データなんかないかな』
俺の地図は紙媒体だった。スキャンさせるのに1時間かかった。
『僕はF91-W』
「俺は……俺にはちゃんとした名前は無いんだ。リリーって呼ばれることはあるけど。大昔に俺を拾った奴が、側で機械スズムシがリーリー鳴いてたってんで、そう名付けたんだ」
『良い名前じゃないか。人の名前っていうのはそういうもんだよ。……ほら、僕のを見てみな。ロゴの隣に書いてある。Fシリーズの90の次だから91で、防水仕様(Water Resistant)の“W”が後ろにくっ付いてるだけ。それも今では改造されて、F91-Wとすら呼べない代物になっちゃった』
「名前を呼んでくれる人ももういないんだものな」
F91-Wはガックリとうなだれた。
「そう落ち込むな。俺が名前をつけてやるから。ジェイソンってのはどうだ?」
『ジェイソン?』
「キリスト教っていう前時代宗教の裏切り者でな。仲間だった12人を皆殺しにした極悪神なんだ」
彼はその名を気に入ったようだった。
俺たちは歩いた。俺たちはスクラップ連峰を抜けた。
俺は暗視コンタクトを失って夜目が利かなかったので、奴の腕を帽子の紐のように結んで頭に乗せ、案内役をしてもらったのだった。
埼国地下市は巨大な街だった。それ一つが巨大な城下町であり、入るには城門をくぐらなければならなかった。
門衛が行く手を塞いだ。
「勘合符はあるか?」
無かった。マフィア勢力の水上家が発行する勘合符など、持っている訳がなかった。
俺は“監督官アンドロイドの運用に関する中央管制部の計画資料の一部”を入手したと偽った。ジェイソンを見せたのだ。すると、門をくぐることが出来た。
「兎に角、宿かなんか探して休もう」
へとへとに疲れていて、しばらくは観光する気力も起きなかった。