森は無慈悲な夜の女王③
転倒は無限に続くかに感じられた。勢いが強すぎて、もう自分の力では止まらなかった。腕で頭を覆い、膝を丸め、致命傷を防止する以外に出来ることは無かった。
そして、その転倒は金属木の幹にぶつかって突然止まった。
「ぐおッ」
俺は仰向けに倒れ込んだ。前後不覚だった。耳もガンガンと鳴り、今まで暗闇での視界を確保していた暗視コンタクトも機能を失っていた。
地下世界本来の宵闇が俺の頭上に広がっていた。俺はそれをしばらく見ていなかった。とても静かな夜だと思った。
その静寂は、走馬灯の過ぎ行く直前の、束の間の安寧のように感じられた。
もう終わりだ。飲み込まれて俺は死ぬんだ――。
そう思った瞬間、崩落に乗って転がってきた一斗缶のような金属塊が、ガン、ガン、と斜面を転がり落ちてきて、隣の金属木に当たって止まった。
崩落は既に止んでいたのだ。
「……収まったのか?」
俺は自分の身体を見た。あちこちから流血していた。相当な痛みもあった。しかし命は落としていなかった。更に、命より大事なバックパックの中身――これを埼国地下市の闇市で売り払い、当面の生活資金とするのだ――も落としていなかった。
どうやらあの行商は相当良いバックパックを売ってくれたらしかった。
俺は、なんとか物事をプラスに捉えた。
「……まあこれで、大体の動物は生き埋めになったか、どっかに逃げるかしただろう。もう襲われることはなさそうだな……ははは」
俺はしばらく痛みで動けず、その場にじっと寝転がっていた。しかしやがては呼吸も整い、立ち上がった。
何としても、次の街まで進まねばならないのだ。流石にここで眠る訳にはいかない。いつ崩落が再発するとも限らないし、金属動物に生きたまま啄まれている間、美女と乳繰り合う夢を見ていられるとは限らないのだ。
隣の方から、ゴンゴン、ガンガンと音がした。森じゅうにその音が響き渡ったようだった。音の出る方を、闇に眼を凝らしながら探ると、さっき転がってきた一斗缶大の金属が暴れていたのだった。内側から何かに叩かれ、ボコボコと膨らむように変形しているのが見えた。
「何だ……?」
突然、一斗缶がはじけ飛んだ。中から三角形の――旧式の自動掃除機のような――物体が出てきた。それは、金属動物のように見えた。恐れていた13体目だ。
俺は自分の腰を見た。巻きつけていたベルトのレザーケースからは、ナイフが無くなっていた。転がり落ちてきた斜面を一生かけて探せば、見つけられるはずだったが。
「さて……どうするか」
俺は考えた。そしてすぐに、武器がなく体力もない状況では、考える以外に何もできないということに気付いた。
その場に硬直して、ただ眺めることしか出来なかった。
三角形の金属はもぞもぞと不気味に蠢いていた。暗闇だと一瞬浮遊しているのかに思えたが、よく見ると脚が生えていて、よろよろと立ち上がっているのだった。
その動物は世にも珍しい、三本の脚をもつ三足歩行の生命体だったのだ!
俺はごくりと唾を飲んだ。
あんな生き物は見たことが無い。一体どうやって歩くんだ? いや待てよ、水中型か? クラゲの様に泳ぐのか? そもそもどうやってエネルギーを――
『ふーっ。何とか助かったよ』
「いや喋れるんかい」
その生き物は三角形の頂点から生えた腕の一本を器用に曲げ、ふぅと額を拭う動作をした。額など無いし、汗もかかないくせにだ。