森は無慈悲な夜の女王②
ぜえぜえと息を荒げ、俺は山を進み続けた。天国に着かなければつり合いが取れないと思える程に歩いた。
途中、識別装置を持った動物が何体か襲ってきた。その都度倒しては分解し、使えそうな部品をバックパックに入れた。天国への道ではなく、地獄への道と言った方が良さそうだった。
「……これで12体目だ」
前世紀のキリスト教の歴史書ってやつを昔読んだことを、俺はふと思い出した。それによれば、13というのは不吉な数だとされていた。
なんでも、イエス・キリストが間違えて「ノー」と言ってしまったので、怒った13人目のジェイソンが仲間を皆殺しにしたそうなのだ。
「これで最後だと良いんだが……」
俺はまた独り言を漏らした。ジェイソンが来たら嫌だった。しかし、山道の行程はまだ半分も残っていた。追加で更に12体に襲われたっておかしくない計算だった。もはや、13体目がジェイソンでないことだけを祈るばかりだった。
突然、永遠に星の見えない夜空に、ぽっかりと明るい穴が空いた。俺はそれを見て、ペース配分――つまりは“この場所”を通過するタイミング――を誤ったことを悟った。動物の襲撃に気を取られ過ぎていた。
「しまった!! 急ぎ過ぎたか!!」
空に空いたのは上と下とをつなぐ唯一のゲート、つまりはゴミ箱の口だった。週1回のペースで、推定10000000tの大量の金属ゴミが休みなく投棄される。休みなくだ。週刊誌ですら盆と正月は休むというのに――いや、それは違うか。盆と正月こそは一番ゴミのでる時期かも知れない。
兎も角、そうした金属が永い年月をかけて堆積すると、やがてはこのスクラップ連峰のようなゴミ山が形成され、機械生命の生態系を育むことになる。まさにあの穴は命の源って訳だ。
でも俺は、育むだの命の源だのと、悠長なことは言っていられなかった。
俺は今自分がいる場所と、穴の空いた上空との距離を目算した。
「……確実に崩落に巻き込まれるな」
大体の場合においてこのスクラップ連峰では、投棄されるゴミのあまりの量に、山肌が崩落を起こすことが多いのだ。
取るべき行動は二つに一つだった。引き返して投棄が終わるまで待つか、急いで穴の直径300mを走り抜けるか。後者の場合は直径を走り過ぎた後も、崩落が及ばないところまで余分に逃げなければならない。
俺は少しの間考えた。しかし、安全な前者の選択肢を取るには、俺は少し動物の襲撃にうんざりし過ぎていた。一刻も早くこの山の連なりを脱出したいという思いに駆られていたのだ。
「……よし。いくか」
俺は全力疾走で山道を進むことにした――。
10分後。
「がああああああああ!!!! 」
やばいやばいやばいやばいやばい!!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!
上空から投棄された金属の津波が、凄まじい轟音を立てて迫り来た。もう俺の後ろ、屁をすれば届きそうなところまで、鋼鉄の濁流が迫いついていた。
飲み込まれれば一巻の終わり。
雪崩や土砂崩れのように窒息こそしまいが、無数の尖った先端に切り刻まれ、肉を抉られ、美味しくない挽肉にされることは、火を見るより明らかで火に焼かれるより怖かった。
「あうっあうっあうっあうっあうっあう!!」
途中で下り坂が階段のように凸凹していた。走りながら上記のような声を出さざるを得なかった。
体力が尽きるか、崩落が止まるかだ――。
俺は足を滑らせ、前のめりに転んだ。勢いそのままに硬い斜面を転げ落ちた。
「ぐっ! クソっ……痛え!!」