貴方を好きになるなんて、あり得ないはずだった。
ちょっと、いつもと違うテイストで。
面白かったら評価など!
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※あとがきの下には、さらにテイストの違う作品のリンクありw
「アリシアさん。好きです! ボクと婚約してください!!」
「はい……?」
学園時代、私にそう言って顔を赤らめた男の子がいた。
身分違いも良いところ。こちらが公爵家令嬢であるのに対して、彼は平民出身の同級生。それでも彼の表情は真剣そのもので、笑い飛ばされることも覚悟しているものだった。
だからいっそ、私も一笑に付してやろう、そう思ったのである。
でも、どうしてもできなかった。
「……なるほど。貴方の気持ちは分かりました」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし!」
だから私は、少しだけ遊ぶことにする。
あり得ないと分かっていても、暇潰しくらいにはなるだろうから。
「貴方が私に相応しい身分になる、ということが条件です」
「え…………」
無理難題だと、自分でも思った。
でも、遊ぶならそれくらいじゃないと面白くない。
普通だったら、こう言われた時点で引き返すのが当たり前だった。だけども彼は、おそらく薄笑いを浮かべていた私に対して真摯な態度で答える。
「分かりました……!」
真っすぐな眼差しで。
私の目を見て、ハッキリと言ったのだ。
そこに至ってようやく、私は彼の顔をしっかりと見る。
可愛らしい顔だった。穢れを知らない無垢で円らな黒の瞳。綺麗な肌と幼い顔立ちが印象的で、どこか頼りないけど優しさに満ちた少年だった。
名前はたしか、クリス・アリオス。
私が、貴方を好きになるなんてあり得ない。
この時はまだ、そう思っていた。
◆
「アリシア・リンドハード! お前との婚約を破棄する!!」
「……はぁ?」
私を指さしてそう言ったのは、ガリア王国第五王子だった。
名前をリューエン・ガリア・アリクレイオス。金色の髪に蒼の瞳。均整の取れた顔立ちに、少しばかり嫌味な表情が浮かんでいた。
そんな彼は小さく鼻を鳴らして、侮蔑の色を隠そうともせずにこちらを見下す。
「僕の愛するリリアの体調が悪いのは、お前のせいだろう?」
そして、そんなことを言うのだった。
リリアというのはたしか、伯爵家の令嬢だっただろうか。
最近、なにかにつけてリューエンに近付いているとは思っていたが、まさかそのようなことになっていたとは。しかし、私ですら知らない彼女の病状にどのような関係があるのだろうか。そう考えていると、相手はこう続けた。
「穢れた白き魔女。お前が、リリアに呪いをかけているのだろう!」
「は……? なんですか、それは」
「白を切るな! こっちは調べがついているんだ!!」
私が眉をひそめると、リューエンはそう声を上げる。
白き魔女、というのは御伽噺に出てくる【架空の存在】だったはずだけど……。
「お前は伝説に出てくる白き魔女なのだろう!? その不気味なほどに白い肌と髪、どう見てもリリスの語った魔女そのものではないか!!」
「………………」
呆れて何も言えなかった。
この男はいわゆるバカ、という奴だとは思っていたけれど。まさか世間では誰もが知っているはずの昔話を知らず、あまつさえそれを真実だと思い込むなんて、信じられなかった。それに加えてこの男は、馬鹿らしくて黙ったままの私を見て何か勘違いをしたらしい。
「ふふん! どうやら、図星を突かれて何も言い返せないようだな!!」
腕を組み、鼻を鳴らしていた。
間抜けだとしか、言いようがない姿。
だが、本人がそれを自覚する様子はまるでなかった。
「お父様には、すでに話を通してある! お前はこれで破滅だな!!」
「……国王陛下には、どうように説明を?」
愉快そうに笑う相手に、私は念のためそう訊ねる。
すると、彼は胸を張ってこう言った。
「これから真実を説明する! 呪われた魔女の歴史をな!!」
――さもありなん。
私はあまりに哀れな相手に、首を左右に振るのだった。
◆
それでも、婚約破棄された、という事実は変わらない。
周囲からは良い笑いものにされ、中にはリューエン同様に白き魔女の呪い、とやらを信じる者もいくらか存在していた。
私としては馬鹿らしく、なんとも答えようがない。
それに元々、この容姿のせいで要らぬ誤解を招くことは多かった。
だから、今回の一件はその中の一つにすぎない。そう思って、屋敷の自室で時間を潰していた。誤解はそのうちに風の噂となって消える。
これまでも、そうだった。
だから、今回もそうなのだろうと考えていた。
「私に客人ですか?」
「はい、お嬢様。いかがなさいましょう?」
そんな折のこと。
部屋で大人しく読書をしていると、私のもとを訪ねる人があった。
老執事が微笑みを湛えつつ報告する。私は完全に書物の世界に浸っていたので、状況を理解するまでに時間がかかった。
しかし、このタイミングで私に用がある者、とは誰だろう。
そう考えつつも、ひとまず会ってみることにした。
「――失礼します」
しばしの時間が空いて、私のもとに現れたのは一人の騎士。
身につけている青色の紋章から見るに、王国騎士団の副団長、だろうか。彼は椅子に腰かけたままの私の前に来ると、片膝をついて深々と頭を垂れた。
そして、静かにこう名乗る。
「お久しぶりです、アリシア様。私の名はクリス・アリオスです」
「クリス・アリオス……?」
それを耳にして、私はふと思い出すことがあった。
たしか学園生時代、平民の少年が告白してきたことがあったはず。当時も外見の問題で人が寄り付かない私だったけど、彼だけはそれ以降、一生懸命に声をかけてきたのだ。いうなれば、私にとって数少ない学友とも呼べる存在。
そんな彼が卒業後、どのようにしていたかは知らなかった。
まさか、騎士団に入っていたなんて……。
「久しぶりね、クリス。ずいぶんと立派になったみたいで」
「あはは、まだまだですよ。アリシア様」
「昔のように呼んでくれて構わないわ。むしろ、そっちの方が嬉しい」
「そうですか? 分かりました」
私の言葉に彼は小さく微笑みながら、ゆっくりと面を上げた。
どことなく幼さ残る顔立ちは、相変わらず頼りない印象を受けてしまう。しかし眼差しや顔つきには、以前よりも鋭さが宿っているようにも思われた。
学園を卒業して五年。
彼もまた、世に出て様々な経験をしたのだろう。
「ずいぶんと、格好良くなったじゃない」
「いや、そんなことないよ。これでもまだ、見た目を馬鹿にされるんだ」
「そうなの?」
「あぁ、そうさ。剣術は一流でも、威圧感は三流……ってね?」
「それはまた、ずいぶんな言われようね」
冗談めかした彼の口調に、私は思わず笑ってしまう。
それを見たクリスは、どこか安堵したように微笑みを浮かべた。
「キミは、変わっていないね」
「ん、どういう意味?」
そして、そんなことを言うので首を傾げてしまう。
するとクリスは、目を細めて嬉しそうに続けるのだった。
「キミは本当に気取らない。誰にでも分け隔てなく、同じような態度で接するんだ。平民出身の学生相手にも、平等に声をかけていたのを憶えているよ」
「そうかしら……?」
「あぁ、そうだよ」
とくに意識していなかった、というのが本音だけど。
それを特別なことのように指摘され、私はさらに困惑してしまった。
「キミはきっと、特別なこととは思っていないのだろうけど。ボクのような身分の者たちからしたら、それは特別なことに違いなかった」
「そういうものかしら。私は別に……」
「そんなキミのためだから、ボクは一生懸命に頑張れたんだ」
「…………あぁ、なるほど」
そこでようやく、私は彼が自分を訪ねてきた理由を察する。
私のために一生懸命に頑張れた、と語るクリス。そういえばあの時、身分を理由に告白の答えを先延ばしにした、そんな気がした。
もっともそれは、私自身が彼の気持ちに応えられないと思ったから。
あの頃の私はすでに、リューエンと婚約していたのだから。
「それで、今なら大丈夫、と思ったのかしら?」
私は少しだけ意地悪くそう訊ねた。
リューエンに婚約破棄を言い渡されて、相手のいなくなった今なら告白の答えを聞く良い機会だ。クリスはそのように考えたのではないか、と。それはある意味、当然の帰結とも思えた。だから私としても、今なら彼の告白を受けても良いとさえ思った。
しかし、そんなクリスの答えは思っていたものと違っていて……。
「……ううん。それじゃ、駄目なんだ」
「駄目、って……?」
彼は小さく首を左右に振って。
改めて、私の顔を真剣な目で見つめるのだった。
「だって、それだと――」
そして、鋭い言葉を口にする。
「キミの気持ちは、どこにあるんだい?」――と。
クリスの言葉に、私は思わず息を呑んだ。
何故ならそれは全くの無遠慮に、私の痛いところを貫いたから。
「そんな、私の気持ちなんて気にしなくても……」
「いや、駄目だよ。ボクはそんなこと、認めないからね」
次は私が首を左右に振った。
すると、さらにそれを否定するように幼い騎士は言うのだ。
「キミは、昔からそうだ。誰に対しても平等に振舞って、優しく心を配っているのに、肝心の自分のことは度外視なんだよ。全部の気持ちを押し殺して、それで済むならそれでいい、って考えているんだろう?」
「…………!」
声が出せない。
なにも、言い返すことができなかった。
「御伽噺だと笑っていたけれど、信心深い者たちは【白き魔女】の再来だと、キミのことを忌み嫌って避けている。中には社交界から追放しよう、という者たちさえいる。そのことを頭の良いキミが知らないはずがない」
すべてが、その通り。
だから何も言い返すことができない。
私は知っていた。リューエンのことを内心で馬鹿にしながらも、その裏ではもっと大きな影が動いているのだ、ということを。
それそこ、私のことを遠ざけようとする者が多くいることを。
でも、だからといって何ができるのだろう。
今さらになって、この『忌々しい容姿』による印象を変えようなんて……!
「無理、でしょう……?」
声が震えているのが分かった。
必死に絞り出した声で、クリスにいつものように笑って返そうとする。
それでも、まったくできていなかった。今まで堪えてきたもの。それらに対する恐怖を再認識して、化けの皮を剥がされて、本当は怯えている心を丸裸にされた。
「今さら私の味方をする貴族なんて、どこにもいない。いずれ謂れのない罪を着せられ、どこかへ追放されるの。だから、もう……!」
――私には、かかわらない方が良い。
そう、クリスを突き離そうとした。
もうこれ以上、私の近くにいることで誰かを巻き込みたくないから。
その一心で、最後の言葉を口にしようとした。だけど、
「ううん。ボクはキミの傍にいるよ」
「え……?」
その時だった。
彼が優しく私の頭を撫で、涙を拭きながらそう言ったのは。
「言っただろう? ボクは『キミのために』頑張ったんだ、って」
「私のため、に……?」
「うん、そうだよ。アリシア」
彼は昔のような笑みで、頷いた。
「キミのために頑張ったのは、ボクだけじゃない。あの時に学園へ通っていた平民出身の学生は、みんなアリシアに感謝しているんだ。キミに守ってもらったから、みんなが自由に好きな学問を突き詰めることができた」
そして、言う。
「そんな人々が、今の王都にはたくさんいる。全員が大好きなキミのために社会奉仕をして、アリシアという女性の存在を広めている。貴族の中では嫌われていても、キミは決して一人なんかじゃない」
「一人じゃ、ない……?」
私が訊ねると、クリスは笑顔を浮かべた。
その上で、こう続けるのだ。
「きっと、そのことは国王陛下の耳にも入っているはずさ」――と。
◆
「お父様!? どうして、僕を処罰するんだ!?」
「リューエンよ、お前はもう少し世間というものに目を向けるべきだな」
「なんだって……?」
――国王私室にて。
リューエンは今にも泣きそうな声色で、父である国王に訴えていた。
意気揚々とアリシアの悪評を並べ、彼女との婚約を破棄したこと。そして、彼女をこの国から追放するべきだ、と。
しかし国王は首を縦に振らず、呆れた様子でため息をついていた。
「もっとも、貴様だけではないがな。今の貴族たちの目は己の地位にのみ向いて、民の生活に対しては無関心。それを支えてくれたのがアリシアという女性だと、知りもしない」
「な、なにを言って……!」
「ええい、我が息子ながら腹立たしい! 地方で頭を冷やしてこい!!」
そして、リューエンには事実上の追放が言い渡される。
だがしかし、愚かな元婚約者の頭の中には何故が渦巻くだけだった。
◆
――あの日から数年が経過して。
「まさか、貴方が騎士団長になるなんてね」
「あはは! ボクが一番ビックリしてるよ」
私とクリスは二人で、窓の外を眺めていた。
もっと正確にいえば二人でなく、三人だけれども。
「本当に、ありがとう。クリス」
「どういたしまして」
私はゆっくりお腹を撫でて、夫である彼に感謝を口にした。
あの日から、私を取り巻くすべてが変わったのだ。
白き魔女だと悪評を立てる者は、次第に少なくなっていった。それどころか、国に住まう人々はみな口々に言うのだ。
私のことを『白き聖女』だ、と。
信じられない。
本当に、すべてクリスや他のみんなのお陰だった。
私は本当に恵まれていて、とても大切な人たちのお陰でここにいる。
「ねぇ、あなた……?」
「どうしたんだい、アリシア」
「……いいえ。なんでもないわ」
私はそれについて、クリスに伝えようとしてやめた。
これは、あえて言う必要はないだろう。
「大好きよ、クリス」
代わりに、そう言って微笑む。
わざわざ、言う必要もないだろう。
そう『貴方を好きになるなんて、あり得ないはずだった』――だなんて。
面白かった、など!
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