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貴方を好きになるなんて、あり得ないはずだった。

作者: あざね

ちょっと、いつもと違うテイストで。

面白かったら評価など!

創作の励みになります!!


※あとがきの下には、さらにテイストの違う作品のリンクありw








「アリシアさん。好きです! ボクと婚約してください!!」

「はい……?」




 学園時代、私にそう言って顔を赤らめた男の子がいた。

 身分違いも良いところ。こちらが公爵家令嬢であるのに対して、彼は平民出身の同級生。それでも彼の表情は真剣そのもので、笑い飛ばされることも覚悟しているものだった。

 だからいっそ、私も一笑に付してやろう、そう思ったのである。

 でも、どうしてもできなかった。



「……なるほど。貴方の気持ちは分かりました」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし!」



 だから私は、少しだけ遊ぶことにする。

 あり得ないと分かっていても、暇潰しくらいにはなるだろうから。



「貴方が私に相応しい身分になる、ということが条件です」

「え…………」



 無理難題だと、自分でも思った。

 でも、遊ぶならそれくらいじゃないと面白くない。

 普通だったら、こう言われた時点で引き返すのが当たり前だった。だけども彼は、おそらく薄笑いを浮かべていた私に対して真摯な態度で答える。



「分かりました……!」



 真っすぐな眼差しで。

 私の目を見て、ハッキリと言ったのだ。



 そこに至ってようやく、私は彼の顔をしっかりと見る。

 可愛らしい顔だった。穢れを知らない無垢で円らな黒の瞳。綺麗な肌と幼い顔立ちが印象的で、どこか頼りないけど優しさに満ちた少年だった。

 名前はたしか、クリス・アリオス。



 私が、貴方を好きになるなんてあり得ない。

 この時はまだ、そう思っていた。








「アリシア・リンドハード! お前との婚約を破棄する!!」

「……はぁ?」




 私を指さしてそう言ったのは、ガリア王国第五王子だった。

 名前をリューエン・ガリア・アリクレイオス。金色の髪に蒼の瞳。均整の取れた顔立ちに、少しばかり嫌味な表情が浮かんでいた。

 そんな彼は小さく鼻を鳴らして、侮蔑の色を隠そうともせずにこちらを見下す。



「僕の愛するリリアの体調が悪いのは、お前のせいだろう?」



 そして、そんなことを言うのだった。

 リリアというのはたしか、伯爵家の令嬢だっただろうか。

 最近、なにかにつけてリューエンに近付いているとは思っていたが、まさかそのようなことになっていたとは。しかし、私ですら知らない彼女の病状にどのような関係があるのだろうか。そう考えていると、相手はこう続けた。



「穢れた白き魔女。お前が、リリアに呪いをかけているのだろう!」

「は……? なんですか、それは」

「白を切るな! こっちは調べがついているんだ!!」



 私が眉をひそめると、リューエンはそう声を上げる。

 白き魔女、というのは御伽噺に出てくる【架空の存在】だったはずだけど……。



「お前は伝説に出てくる白き魔女なのだろう!? その不気味なほどに白い肌と髪、どう見てもリリスの語った魔女そのものではないか!!」

「………………」



 呆れて何も言えなかった。

 この男はいわゆるバカ、という奴だとは思っていたけれど。まさか世間では誰もが知っているはずの昔話を知らず、あまつさえそれを真実だと思い込むなんて、信じられなかった。それに加えてこの男は、馬鹿らしくて黙ったままの私を見て何か勘違いをしたらしい。



「ふふん! どうやら、図星を突かれて何も言い返せないようだな!!」



 腕を組み、鼻を鳴らしていた。

 間抜けだとしか、言いようがない姿。

 だが、本人がそれを自覚する様子はまるでなかった。



「お父様には、すでに話を通してある! お前はこれで破滅だな!!」

「……国王陛下には、どうように説明を?」



 愉快そうに笑う相手に、私は念のためそう訊ねる。

 すると、彼は胸を張ってこう言った。




「これから真実を説明する! 呪われた魔女の歴史をな!!」





 ――さもありなん。

 私はあまりに哀れな相手に、首を左右に振るのだった。









 それでも、婚約破棄された、という事実は変わらない。

 周囲からは良い笑いものにされ、中にはリューエン同様に白き魔女の呪い、とやらを信じる者もいくらか存在していた。

 私としては馬鹿らしく、なんとも答えようがない。

 それに元々、この容姿のせいで要らぬ誤解を招くことは多かった。

 だから、今回の一件はその中の一つにすぎない。そう思って、屋敷の自室で時間を潰していた。誤解はそのうちに風の噂となって消える。


 これまでも、そうだった。

 だから、今回もそうなのだろうと考えていた。




「私に客人ですか?」

「はい、お嬢様。いかがなさいましょう?」



 そんな折のこと。

 部屋で大人しく読書をしていると、私のもとを訪ねる人があった。

 老執事が微笑みを湛えつつ報告する。私は完全に書物の世界に浸っていたので、状況を理解するまでに時間がかかった。

 しかし、このタイミングで私に用がある者、とは誰だろう。

 そう考えつつも、ひとまず会ってみることにした。




「――失礼します」



 しばしの時間が空いて、私のもとに現れたのは一人の騎士。

 身につけている青色の紋章から見るに、王国騎士団の副団長、だろうか。彼は椅子に腰かけたままの私の前に来ると、片膝をついて深々と頭を垂れた。

 そして、静かにこう名乗る。



「お久しぶりです、アリシア様。私の名はクリス・アリオスです」

「クリス・アリオス……?」



 それを耳にして、私はふと思い出すことがあった。

 たしか学園生時代、平民の少年が告白してきたことがあったはず。当時も外見の問題で人が寄り付かない私だったけど、彼だけはそれ以降、一生懸命に声をかけてきたのだ。いうなれば、私にとって数少ない学友とも呼べる存在。

 そんな彼が卒業後、どのようにしていたかは知らなかった。

 まさか、騎士団に入っていたなんて……。



「久しぶりね、クリス。ずいぶんと立派になったみたいで」

「あはは、まだまだですよ。アリシア様」

「昔のように呼んでくれて構わないわ。むしろ、そっちの方が嬉しい」

「そうですか? 分かりました」



 私の言葉に彼は小さく微笑みながら、ゆっくりと面を上げた。

 どことなく幼さ残る顔立ちは、相変わらず頼りない印象を受けてしまう。しかし眼差しや顔つきには、以前よりも鋭さが宿っているようにも思われた。

 学園を卒業して五年。

 彼もまた、世に出て様々な経験をしたのだろう。



「ずいぶんと、格好良くなったじゃない」

「いや、そんなことないよ。これでもまだ、見た目を馬鹿にされるんだ」

「そうなの?」

「あぁ、そうさ。剣術は一流でも、威圧感は三流……ってね?」

「それはまた、ずいぶんな言われようね」



 冗談めかした彼の口調に、私は思わず笑ってしまう。

 それを見たクリスは、どこか安堵したように微笑みを浮かべた。



「キミは、変わっていないね」

「ん、どういう意味?」



 そして、そんなことを言うので首を傾げてしまう。

 するとクリスは、目を細めて嬉しそうに続けるのだった。



「キミは本当に気取らない。誰にでも分け隔てなく、同じような態度で接するんだ。平民出身の学生相手にも、平等に声をかけていたのを憶えているよ」

「そうかしら……?」

「あぁ、そうだよ」



 とくに意識していなかった、というのが本音だけど。

 それを特別なことのように指摘され、私はさらに困惑してしまった。



「キミはきっと、特別なこととは思っていないのだろうけど。ボクのような身分の者たちからしたら、それは特別なことに違いなかった」

「そういうものかしら。私は別に……」

「そんなキミのためだから、ボクは一生懸命に頑張れたんだ」

「…………あぁ、なるほど」



 そこでようやく、私は彼が自分を訪ねてきた理由を察する。

 私のために一生懸命に頑張れた、と語るクリス。そういえばあの時、身分を理由に告白の答えを先延ばしにした、そんな気がした。

 もっともそれは、私自身が彼の気持ちに応えられないと思ったから。

 あの頃の私はすでに、リューエンと婚約していたのだから。



「それで、今なら大丈夫、と思ったのかしら?」



 私は少しだけ意地悪くそう訊ねた。

 リューエンに婚約破棄を言い渡されて、相手のいなくなった今なら告白の答えを聞く良い機会だ。クリスはそのように考えたのではないか、と。それはある意味、当然の帰結とも思えた。だから私としても、今なら彼の告白を受けても良いとさえ思った。

 しかし、そんなクリスの答えは思っていたものと違っていて……。




「……ううん。それじゃ、駄目なんだ」

「駄目、って……?」




 彼は小さく首を左右に振って。

 改めて、私の顔を真剣な目で見つめるのだった。




「だって、それだと――」




 そして、鋭い言葉を口にする。





「キミの気持ちは、どこにあるんだい?」――と。





 クリスの言葉に、私は思わず息を呑んだ。

 何故ならそれは全くの無遠慮に、私の痛いところを貫いたから。



「そんな、私の気持ちなんて気にしなくても……」

「いや、駄目だよ。ボクはそんなこと、認めないからね」



 次は私が首を左右に振った。

 すると、さらにそれを否定するように幼い騎士は言うのだ。



「キミは、昔からそうだ。誰に対しても平等に振舞って、優しく心を配っているのに、肝心の自分のことは度外視なんだよ。全部の気持ちを押し殺して、それで済むならそれでいい、って考えているんだろう?」

「…………!」



 声が出せない。

 なにも、言い返すことができなかった。



「御伽噺だと笑っていたけれど、信心深い者たちは【白き魔女】の再来だと、キミのことを忌み嫌って避けている。中には社交界から追放しよう、という者たちさえいる。そのことを頭の良いキミが知らないはずがない」



 すべてが、その通り。

 だから何も言い返すことができない。

 私は知っていた。リューエンのことを内心で馬鹿にしながらも、その裏ではもっと大きな影が動いているのだ、ということを。

 それそこ、私のことを遠ざけようとする者が多くいることを。


 でも、だからといって何ができるのだろう。

 今さらになって、この『忌々しい容姿』による印象を変えようなんて……!



「無理、でしょう……?」



 声が震えているのが分かった。

 必死に絞り出した声で、クリスにいつものように笑って返そうとする。

 それでも、まったくできていなかった。今まで堪えてきたもの。それらに対する恐怖を再認識して、化けの皮を剥がされて、本当は怯えている心を丸裸にされた。



「今さら私の味方をする貴族なんて、どこにもいない。いずれ謂れのない罪を着せられ、どこかへ追放されるの。だから、もう……!」



 ――私には、かかわらない方が良い。



 そう、クリスを突き離そうとした。

 もうこれ以上、私の近くにいることで誰かを巻き込みたくないから。

 その一心で、最後の言葉を口にしようとした。だけど、



「ううん。ボクはキミの傍にいるよ」

「え……?」



 その時だった。

 彼が優しく私の頭を撫で、涙を拭きながらそう言ったのは。



「言っただろう? ボクは『キミのために』頑張ったんだ、って」

「私のため、に……?」

「うん、そうだよ。アリシア」



 彼は昔のような笑みで、頷いた。



「キミのために頑張ったのは、ボクだけじゃない。あの時に学園へ通っていた平民出身の学生は、みんなアリシアに感謝しているんだ。キミに守ってもらったから、みんなが自由に好きな学問を突き詰めることができた」



 そして、言う。



「そんな人々が、今の王都にはたくさんいる。全員が大好きなキミのために社会奉仕をして、アリシアという女性の存在を広めている。貴族の中では嫌われていても、キミは決して一人なんかじゃない」

「一人じゃ、ない……?」



 私が訊ねると、クリスは笑顔を浮かべた。

 その上で、こう続けるのだ。




「きっと、そのことは国王陛下の耳にも入っているはずさ」――と。









「お父様!? どうして、僕を処罰するんだ!?」

「リューエンよ、お前はもう少し世間というものに目を向けるべきだな」

「なんだって……?」



 ――国王私室にて。

 リューエンは今にも泣きそうな声色で、父である国王に訴えていた。

 意気揚々とアリシアの悪評を並べ、彼女との婚約を破棄したこと。そして、彼女をこの国から追放するべきだ、と。

 しかし国王は首を縦に振らず、呆れた様子でため息をついていた。



「もっとも、貴様だけではないがな。今の貴族たちの目は己の地位にのみ向いて、民の生活に対しては無関心。それを支えてくれたのがアリシアという女性だと、知りもしない」

「な、なにを言って……!」

「ええい、我が息子ながら腹立たしい! 地方で頭を冷やしてこい!!」




 そして、リューエンには事実上の追放が言い渡される。

 だがしかし、愚かな元婚約者の頭の中には何故が渦巻くだけだった。









 ――あの日から数年が経過して。



「まさか、貴方が騎士団長になるなんてね」

「あはは! ボクが一番ビックリしてるよ」




 私とクリスは二人で、窓の外を眺めていた。

 もっと正確にいえば二人でなく、三人だけれども。



「本当に、ありがとう。クリス」

「どういたしまして」



 私はゆっくりお腹を撫でて、夫である彼に感謝を口にした。


 あの日から、私を取り巻くすべてが変わったのだ。

 白き魔女だと悪評を立てる者は、次第に少なくなっていった。それどころか、国に住まう人々はみな口々に言うのだ。


 私のことを『白き聖女』だ、と。



 信じられない。

 本当に、すべてクリスや他のみんなのお陰だった。

 私は本当に恵まれていて、とても大切な人たちのお陰でここにいる。



「ねぇ、あなた……?」

「どうしたんだい、アリシア」

「……いいえ。なんでもないわ」




 私はそれについて、クリスに伝えようとしてやめた。

 これは、あえて言う必要はないだろう。




「大好きよ、クリス」





 代わりに、そう言って微笑む。




 わざわざ、言う必要もないだろう。



 そう『貴方を好きになるなんて、あり得ないはずだった』――だなんて。




 


面白かった、など!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編という少ない文字数の中で見事に主人公と平民の彼の出会いからハッピーエンドまでを書いたのは凄いと思います。 [気になる点] 王子のざまぁは触れていましたが、王子の浮気相手へは何もありませ…
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