片方の記憶
『手品もどき』緋奈子自身そう思うものの名前が何か、正体が分からなかったときの思い出。
あの時はそうするしか手が浮かばなかったし、今考えても他の手が浮かばない。それぐらいせっぱ詰まっていた。なにせ二人とも誘拐されてしまったのだから。
ほこりが積もったプレハブ小屋の一室。そこに閉じこめられていた。
「……せめて縄さえ切れたらなぁ」
そう彼女が呟く。誘拐されて両手を後ろ手に縛られ、彼女はどうにかしようと足掻いていた。緋奈子は半ば考えるのをやめかけたのに。
「縄さえ切れたらいいの?」
「切れたら楽勝よ。不意打ちさえされなきゃね」
捕まったのが不意を打たれた上に緋奈子という人質がいたから。それさえなければ彼女の力ならなんとかなると自信たっぷりに囁いた。
「じゃあ、……誰にも言わないでね」
「え?」
そう言って幼い緋奈子は意識を集中させる。ただ一点、縄を焼き切る炎を。
小さくでも確実に焼き切るだけの熱を指先に集める。高熱同士を擦り合わせれば熱で生まれる小さな炎。
「ひな?」
心配する声を無視して。太いロープがドサッと落ちた。
「っふぅ」
「ひな、すごいじゃん」
「こんなの何の役にも立たないって思ってたんだけどね」
腹減っている時にこれを使うと体が重くなる。いや、疲れすぎてしまう。フラフラと近づき、もう一人の縄を外す。
「っし。ありがと……ひな!?」
息を切らせながら、緋奈子は横に倒れ込んだ。