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博多市狂想曲  作者: 如月 睦月
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鳳 緋奈子は大食らい(1)


 鳳 緋奈子は何をするにも注目を集めていた。

 鳳という苗字の珍しさ。麟太朗という化け物を兄に持つと言う事。その眉目秀麗で容姿端麗なルックス。入学式で新入生代表になった実績。

 色々いくつもあるが、それら全てが些細な物だった。



 空になった丼が5つ重なる。大盛り用の特注品でここに乗っていたのは1つ2キロはあった天丼・カツ丼・親子丼・丼に乗った蕎麦屋のカレー。そして最後の丼はこの店の店名を冠じた『祐徳』うどん。

 が、4つは綺麗に重ねられ、残る一つも麺はない。残りは丼に残った汁のみ。

 が、目の前にあるタイマーも静かに時間を刻む。頂点を指すまで残り2分。

 背筋をまっすぐ伸ばすのは胃まで最短距離で届けるため。箸を置き、丼を両手で持つと口を付けて一気に傾ける。

 コクコクコクコク。音と共に喉を通り抜けていく。

 ダンと音を立てて丼を置く。そしてコップを手に持ち水を飲み干すと静かに目を閉じた。

「ごちそうさまでした!!!」

 秒針が真下を指し、音は鳴らずにタイマーが止まる。

「29分30秒!!」

 その場にいた全員が店主を見る。店主はもう脱帽したように締めていた鉢巻きを取った。

「負けだ。あのメニューに水まで完食されたんじゃ文句もいいようもねえ」

「さすが暴食の魔術師。さすがにここは無理だと思ったんだけどあっさりクリアしてしまうなんてねぇ」

「緋奈なら余裕だって言ったでしょ?」

 そういって笑いあう二人を緋奈子が嫌そうに睨みつける。

「あのさぁ。食うのは100歩譲っていいけど……その品のない呼び名いい加減変えて欲しいんだけど『暴食の魔術師』って面白味ないし」

「だってねえ」

 そう言って見合わせる。

「授業初日に購買のパンを全部買い占めて一人だけ事前予約制をかけられて」

「次の日に食堂のメニューを全部制覇して食堂のおじさん膝から崩れ落ちて頭抱えたし」

「それなら食った物が別次元に行ったに違いない。暴食の魔術師ってあだ名がぴったりじゃない」

 そう言われては唇を噛んで、ぐうの音も出ない。

 初日は空腹のあまり食欲の求めるままにパンを注文したのが悪かった。

 腹を満たす量が、たまたま購買にあった全てのパンになったのは予想できなかったし、食堂の事件だって美味しいから次々注文したら結果的にメニューを全部制覇していただけって話なのに。

「すごいなぁ。嬢ちゃん。ほら、賞金の3万円だ」

「あ、どうも」

「で、どうする。名前貼っとくかい?」

「ええ。イニシャルでお願いします」

「ありゃ、断ると思ったのに」

「こう言うのって断ったら噂が一人歩きして変な尾ひれがつくからね。それならイニシャルだけはオープンにしとくわよ。聞いてきてもごまかせるし」

 その言葉に二人が顔を下向けて舌打ちをする。予想通りすぎた。

「で、なんていれるんだい?」

「H・O。鳳 緋奈子なんでH・Oで」

 そう言って緋奈子は賞金の入った封筒を指で挟むと、にっこりと笑った。




 賞金の封筒をブレザーの内ポケに入れ、満足そうに緋奈子が腹に触れる。

「いや~見事に食いきったわねぇ」

 そう言って苦笑いを浮かべたのは今回の大食いチャレンジを提案した蓮見 颯香だった。大食いチャレンジの様子をスマホの録画を回しながら撮影していたのは彼女。

 最初は心配そうに。徐々にいけると確信に、半分『え?本当にこれ食べきるの?』と驚きの目で見ていた。

「まあ、お金が必要なのはあったけど、美味しかったし」

 あっさりと緋奈子が言ってのける。あれだけの量を平然と食って苦しそうな様子は見えない。むしろ余韻を楽しむように唇をペロリと舌が舐める。

「ま、緋奈ならいけると思ったけどね」

「桜。なんか、含みがある言い方なんだけど」

 そう言いながら緋奈子が颯香の後ろの富士見 桜を睨む。が桜は慣れたように無視を決めていた。

「で、どうする?」

「ん~。余裕があったらここの5階にある紅茶屋に行くって手も考えたんだけど、あれだけ食ってちゃねぇ」

 颯香が気軽に提案する。喫茶店ではなく紅茶屋と微妙な言い回しが気になった。

「紅茶屋?喫茶店とかケーキ屋とかじゃなくて?」

「ああ、うん。紅茶屋。ケーキとか軽食ももちろんあるんだけど、一番は紅茶が色々あるのよ。そこ。けど、緋奈子がこんな調子じゃ食べられないでしょ?」

「え?食えるけど?」

 さも当然という風に言い切る緋奈子に流石に颯香が目を丸くした。

「は?あんだけ食ってまだ食えるの?」

「うん。昔から言うでしょ。甘い物は別腹だって」

 そう言ってあきれる颯香だが桜は小さく呟いた。

「ま、だと思った」

「じゃあ、行こっか」

 エスカレーターで一階まで上がると反対側は下り。一度回らないといけない。少し面倒。

「あれ?」

「どうしたの?桜」

「いや、見慣れないセキュリティガードがあったから」

「何それ?」

 そう言って颯香が呆れていたが桜はスイッチが切り替わったようにまじめに分析していた。


 

 セキュリティガードはここ博多市で実験的に導入され、全国に広がっていったロボットである。

 ようやく日常に溶け込んだもので、その細微の違いと言われても普通は分からない。

「メーカーの規格品に見えないし、頭部のカメラもボディも色々バラバラだしなんかつぎはぎだらけって感じで気持ち悪いのよね」

「気持ち悪いねぇ……」

 そう興味は無いが、妙に気になる。スマホを取り出し写真を撮るとメールを飛ばす。そのスマホを桜は見逃さなかった。

「とりあえず兄貴にメールしたから気が付いたら調べてくれるでしょ。どうせまだ寝てるだろうし」

「寝てるって普段何してるのよ」

 颯香が訝しがりながら睨むが、緋奈子は「しらな~い」と返してエスカレーターを上った。


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