データ1:9
午後、陽が西へ傾き始めたころのこと。
(28:アブノーマル)
家の一間で武具の手入れをしていたところ、台風でも吹いたかのように玄関の扉が開かれ、キャリーが、その身を内へいれることもなく声を上げた。
「エリンさん、レジさん、いらっしゃいますか!」
額には汗をかいている。尋常ではない様子だ。奥の部屋で扉が開く音がした。エリンだ。
「キャリー、何かあったのか」
キャリーは浅い呼吸を整えながら、声を絞り出すように発した。
「ロゼルディンに魔物の大群が……それを聞いたサリアさんが帰還の魔石を使って」
キャリーが言い終わるのを待つことなく、エリンは、部屋に並んでいた武具類から自身のものを取り、無言で身につけ始めた。
「エリン、まだ傷は癒えていないだろう。サリアの救援には俺たちで」
「問題ありません」
エリンは手際よく全身に鎧を纏う。手には魔石が握られている。
「ロゼルディンがどのような状況か分かりません。サリア様は必ず救います、が、あなた 方の安全の保障も致しかねます。ので……来て頂かなくても構いません」
重装備を軽々と着こなして、エリンは玄関口へ歩き出す。
私はキャリーと目を合わせ、互いに頷いた。
「もちろん、同行するよ」
「……感謝します」
私たちは寄り合い、魔力に身を任せた。
「行先はロゼルディンの城下町入口に設定してあります」
エリンが魔石を砕く。浮き上がるような感覚が体中を走る。
──
ロゼルディン城下町
数秒もかからず、遠い西北の地へ到着した。さて、街の様子は……。
(41:ノーマル)
各地で戦いの音や魔力を感じる。どうやらロゼルディン兵と魔物の戦力は拮抗しているようだ。
「キャリー、サリアを探せるか」
(65(+20):グレート)
「見つけました……王城へ向かっている道中です。近くに敵はなく、ロゼルディン兵と思われる人間、数人と一緒のようです!」
良かった、無事なようだ。
「急ぎましょう」
エリンが先陣を切って歩き出した。
──ロゼルディンはかつて軍需産業で大きな発展を遂げてきた国だ。20年前の大地震による被害も大きかったが、それを機に新たな魔力兵器体系を開発し、世界トップの軍事力を今なお保持している。そのロゼルディンの防壁を突破するのも簡単ではない。ひょっとすると、余程強力な存在がこの攻めてきた魔物たちの指揮を執っているのかもしれない……。
(28:アブノーマル)
私たちは入口から真っ直ぐに伸びた石畳の街道を、様々な観光客向けのショップに囲まれながら走り進んでいる。遠くには既に王城とみられる建物が見えているが、まだ距離はありそうだ。時折、どこかから爆発音や叫び声が耳に入る……。
しばらくして、大きな広場に出た。広場の真ん中には豪奢な噴水があり、誰もいない広場で、誰かを歓迎するように水を噴き上げている。左右を見渡せばいくつかの通りへの分かれ道になっていて、正面には広場の出口と、仰々しい大門が立っている。
「このまま、正面に抜けましょう」
キャリーがそう言った直後だ。強風に煽られたような衝撃と、強烈な破裂音がこの場を支配した。私たちは自身の体より数倍大きな黒い物体……トゲの付いた金棒のような物が噴水を叩き割って立っているのを目で確認しながら、まだ動けない。
「あれ、はずしたかあ」
声がしたのは右方からだ。それは、地鳴りを伴って現れた。
「にんげんよお、ここはケオス様に言われて通せねんだ。わかったら大人しく、しんでくれ」
「……これは、なんの冗談だ」
大人4人でも足りないほどの高さに、一つ目の頭部。青肌の巨大な怪物が私たちへ近づいてくる。
「サイクロップス、ですか」
エリンが剣を抜く。
「人語を話すというのは初めて聞きました」
魔力感知で奴の存在に気が付かなかったのは、奴自身にほとんど魔力が宿っていないからだろう。つまり、魔力を利用した攻撃に注意する必要は無くなる。それでも、その巨体での攻撃はそれだけで十分すぎる脅威だが……。なんにせよ、簡単には逃げられなさそうだ。それに最悪なのはこいつを連れたままサリアの元へたどり着いてしまうことだろう。切り抜けるには最低でも、この怪物を上手く撒く必要がある。
「やるぞ」
私は剣を抜いた。
(90:グレート)
私は魔力を体に纏った。エリンに教わった身体強化術だ。
「まず足を打つ!」
エリンに伝え、私は駆け出した。
標的の動きは遅かった。その巨躯故に1歩は大きいが、隙だらけでもある。つまり、素早く撹乱する動きが有効だ。
エリンと共に数回、巨大な足を斬りつけると、サイクロップスは想像以上の反応を見せた。
「いてえ、いてえなあ、ちくしょう。
殺すどキサマら」
そう言いながら何度も足踏みをするが、避けるのは容易だ。サイクロップスは直ぐにふらつき始める。
「対象、倒れます!」
エリンが斬った一撃がサイクロップスの腱を射止めたようで、とうとう巨体はうつ伏せに倒れ伏した。
「ぐおぉ……」
「二人とも、離れて!」
キャリーの声だ。私は素早く距離を取った。それを確認してか、キャリーは小さな球を複数サイクロップスの頭上へ投げ上げた。
「解凍!」
球は巨大化して瓦礫となり、倒れているサイクロップスへ雨のように降り注ぐ。その頭部からは一瞬叫び声が上がったが、直ぐに沈黙した。どうやら討伐できたようだ。
「おつかれ。二人とも怪我はないか」
(86:グレート)
「問題ありません」
「こちらもです。無傷での勝利ですね!」
二人とも無事なようだ。特にエリンは前の怪我を引きずっていないか心配だったが、無用だったようだな。
「それでは、急ぎましょう」
私たちは再び、サリアの後を追って移動を始めた。
(83:グレート)
王城まであと数百mといったところで、サリアとその護衛らしき兵士たちを肉眼で発見した。サリアはフードを目深に被っているようだ。
「アーサー様!」
エリンがいち早く駆け出した。私とキャリーも後を追うようについて行く。サリアの元へ近付くと兵士たちが慌てたように武器を突き出してきたが、エリンの顔をみて武器を下ろした。
「皆さん、なぜここに……」
「それは駆けつけるさ。君の護衛の依頼は継続中だ」
サリアはキャリーの方を一瞥し、目を瞑った。
「敵は強大です。危機が迫ったら遠慮なく依頼を破棄して下さい」
私とキャリーに向けての言葉だった。
「ああ、分かった」
私たちは兵の一団に混ざり、王城へ向かう。