データ1:7
光りに包まれ、輪郭の捉えられない景色が明瞭になって来たところで、無事に地上へ生還したと悟ることができる。帰還先はサリアの居住地に設定していた。一週間と三日前にサリアの話を聞いた、一般的な石造りの住居だ。着いたのがその建物の前だと気がつくやいなや、エリンが率先して扉を開いた。先に帰ったはずの二人は無事だろうか。
(87:グレート)
「よかった、ご無事だったんですね」
出迎えてくれたのは、キャリーだった。顔に擦り傷を負っているものの、弱っている様子はない。
「キャリー、そっちも無事か」
「はい、サリアさんも──」
と、言いかけたところで、廊下の角からサリアも顔を出してきた。
「サリア様」
エリンが慌ててサリアの前まで行き、不安そうな素振りを見せた。
「心配し過ぎだよエリン」
よく見ると、肌着の下に包帯が巻かれている。だが、サリア本人の安穏とした態度から、そこまで傷は深くないのだろう、と思えた。
「とにかく、中で話そう。穴で起こったことと、これからどうするかについても」
私とエリンも怪我の処置を終え、ようやく4人で腰を据えることができた。エリンはサリアの心配ばかりをしていたが、その実自身のほうが傷が深かったようで、逆に治療を施されて、今は長椅子のクッションの上で横になっている。テーブルにはキャリーの入れてくれた、香りの立つお茶が並んでいる。なんでも滋養に富んだ茶葉を使ったそうだ。窓辺から夕日が射す中、私達は一息入れてから、今日のことを振り返った。
「あの男、カタストと名乗りましたか……私が前に話した者の息子であると見て、おそらく間違いありません」
「ああ。そして彼らはサリアに用があるらしい。二人が帰還したあとカタストはあっさりと手を引いた」
数刻前のことだ。未だ鮮明に脳裏に焼き付いている。目標を逃したカタストの顔は、その前と打って変わって、驚くほど熱を感じなかった。それどころか何かしらの憂いを抱えているような顔だったとすら思える。
「サリアさんへの執着……考えられるのは、光の魔力か……王家の血筋、でしょうか」
「可能性はあります。どこまで本当かはわかりませんが、ロゼルディン王家の血は特別だと聞いたことがあるので。私が光の魔力を扱えるのもそれに由来していると」
ロゼルディン王家……現当主はサリアの父でもあるブルム・ロゼルドだったか。そうだ、ロゼルディンといえば...…。
「穴の中でロゼルディンの兵に会ったな。たしか王の命令で武具を集めているとか。私の聞いた話では、現王はかなりの穏健派だと言っていたが、何かあるのか」
「私も気になっていました。ブルム様は積極的な軍政を望まれる方ではありません。この行動は王の意向に背くものではないかと」
「もしくは」
サリアが口を開いた。だが僅かに顔を曇らせている。
「そうしなければならない理由ができたのか」
「……ともかく、これからの方針を決めなければならないな。今一度穴に潜ってカタストに近づくか、もしくは……」
しばし、会話の流れが止まった。
正直、カタストには完敗だった。その後ろに構える奴の父とやらは更に恐ろしいのだろうか。だとすれば今の私達でその男の謎を解き明かすことができるのだろうか。今日の戦闘を何度も思い返すが、これといった明確な手立てを割り出すことはできない。
穴の探索は地上とは勝手が違いすぎる。一日で体験するには余るほど色々なことが起こりすぎたのだろう。その疲労もあって皆が次の言葉を失っていた。
数秒の沈黙を破ったのはキャリーだ。
「みなさん、お腹すきませんか!私なにか作りますよ」
そういえば、戦いやら傷の手当やらですっかり忘れていたが、しばらく何も口にしていない。そう気がつくと、すぐに腹の虫が鳴り出した。
「ああ、そうだな。手伝うよ」
キャリーに続いて席を立とうとするとサリアに慌てて止められた。
「ああ、レジさんは座っていてください。エリンも。私が手伝います」
なにか言う前に釘を刺されたエリンは若干不服そうな顔を見せる。私は言葉に甘え、椅子に座り直して、目を閉じた。
結局、その日の作戦会議は「とりあえず、食べて、寝て、元気になってからまた考えましょう」というキャリーの談により、そこまでとなった。私達はケガのこともあるため、このままこの家の空き部屋に泊まることにし、夜を過ごした。
こうして長い一日が終わりを迎えた。