データ1:5
一層目
(7:ファンブル)
「酷い濃霧だな……」
いざ覚悟を決めて飛び込み、着いた先は霧立ち込める木々の合間であった。ただ歩くだけでも困難になる程生い茂った草木に、この世の端から端まで広がっているかのように見通しのきかない霧。この階層の探索は容易ではないと瞬時に判断できた。
「先導は私にお任せを」
キャリーが一歩前に出た。彼女はほんの一秒か二秒かだけ目を瞑り、念じるように魔力を額に近付けた指に集める。
(20(+20):アブノーマル)
「こっちへ行ってみましょう。周囲には小型から中型の魔物が群れている様なのでご注意を」
まるで迷いなく、森と霧の闇を見据えたその両の眼は陽の光すら想起させるようだ。これも彼女が仕事の為に使用する数多くの魔力の内の一つなのだろう。
※『幸運のナビゲート』探索時のダイス結果に20を加えます(連続使用✕)
──
(7:ファンブル)
「ありましたよ!」
先を行くキャリーが喜びの報告を発する。背の高い木から好き勝手に伸びた枝を上手くかき分けた所で小広い更地が生まれた。中心には穴があり、その一部分だけは不思議と霧が晴れている。キャリーの声を聞き、周囲を警戒しながら後ろに着いていた私達がその警戒をほんの僅かに緩めた時、それは不意に襲いかかった。
鳴り響く甲高い音。まるで金属同士がかち合ったような鋭く尖った音。咄嗟に振り返ると大鎌を携えた巨大な昆虫と大剣を構えたエリンとが押し競い合っていた。
「敵、一体ではありません!」
キャリーの言葉にハッとなる。今一度警戒心を持ち直すと、鎌の魔物が他に二体、加えてより小さな魔物が数体居ることが確認できた。
「既に囲まれていたようですね」
極めて不利な戦闘だ……
(80:グッド)
「大型三体は私とエリンで対処します、お二人は小型の魔物を!」
魔物を見るや否やサリアが剣を抜き叫んだ。そして、地上で見た彼女の戦闘能力は自分以下だった、と私が思い出す前にそれを覆される事になる。
「シャイニング・フュージョン!」
光が彼女の白い衣装の全身を覆うように包み込んだと思った瞬間、距離をとって様子を伺っていた一体の、二本ある内の一本の鎌を地に切り落としていた。痛みも恐れも不識である魔物はすかさず残った片方の鎌を振り下ろし反撃を加えようとする、がその手応えを得ることは無く空を切り裂いた。気が付けばサリアと魔物の間には既に1m以上の距離ができている。まるで時が飛んだかのように彼女は、瞬間移動のように位置を変えていた。
疲労を吐き出すようにため息をつくと彼女を覆う光は少しずつ薄れてゆく。
「サリア様、あまりご無理なさらぬように」
「構わず、集中して!」
敵の刃を弾き返したエリンがサリアの傍に寄る。大きな方の魔物は任せても大丈夫なようだ。私も幾分か遅れをとりながら腰に携えた剣を構え、自分の仕事に取り掛かった。
──
「終わり…ですね」
十五か、二十はいただろうか。大型で無くとも、この霧の森の中で特殊な生態を持つ魔物は酷く危険な生物だった。倒せはしたものの、まだ一層目にも関わらず全員が大小様々な手傷をおってしまっている。安全を考えるなら一度引き返して体勢を立て直すべきだろう。
「ふう、それでは次の階層へ進みましょう」
金髪の王女は懸命だが、恐らく先の戦闘で最も疲弊しているのは彼女だ。一度使うだけでも肩で息をするほどの、あの光の魔力を何度も続けて使用しているのだ。
「サリア、さっきの魔力の疲れが残っているだろう。まだ期間はあるし無理をする必要は無いんじゃないか」
「いいえ」
三人それぞれからの心配の目に一人づつ返した上で、揺るぎない心を持ってサリアは答える。
「行きましょう。次の階層へ」
危惧しているのは穴との往復により追躡者に発見される可能性か、あるいは研究の遅れか。ともあれ、こうも真っ直ぐに見つめられると、どうにも説得しづらいものがある。依頼主は彼女だ。できる限りの警戒と、幸運の庶幾を持って先へ進むとしよう。
──
二層目
(70:グッド)
仄暗い洞窟に降り立った。仄暗い、と表現したのは完全な暗闇ではなく薄ぼんやりと周囲が見渡せる程度の明るさがあったからだ。要因は壁面に散点的に掛けられた火元にある。少し目を凝らせばその空間がそう広くなく、また分かれ道が無いことがわかった。
「危険はなさそうだが、慎重にな」
(48:ノーマル)
火の明かりを辿りながら洞窟を歩いていると数分もしない内に終点に着いた。何やら紙に書き込んでいるサリアを待って次の階層へ進む……
──
三層目
(22:アブノーマル)
ひどい臭いが鼻をついた。掃き溜めのゴミを顔の前に近づけたような、死んだ生物をそのまま何日も放置したような、腐臭だ。
「うっ」
思わず顰め面になって鼻を押さえるが、それでも治まらぬ不快感と吐き気は臭いだけが原因ではないようだ。一言で言うならば廃墟の街。崩れ落ちながら何とかその体勢を保っている建造物がそこここに並び、まばらに残った石畳の道の脇には何が染み込んだのか薄紫色になった泥が続くばかりで草木の類、いや命を持つものは一切生活できない環境なのだと知る。
「急ぎましょう」
軽鎧に身を包んだエリンが言った。
(32(+20):ノーマル)
「たす…けて…」
崩れた石が示す道なりに歩いていると、掠れ震えた、うめきにも近い声が耳に入った。すかさずサリアが声のした右の建物裏の方へ駆け出す。
「待てサリア!何が潜んでいるか分からない!」
「穴の中で冒険者同士が同じ場所に落ちる事象もあります!無視できません!」
言い切ると泥が跳ねることも気にせず、路地裏のようになっている建物と建物の隙間に入り込んで行ってしまった。私達もやむを得ず後を追う。
(74:グッド)
「キャリーさん、応急救護道具を」
細い道のちょうど中頃で男が壁を背に座り込んでいた。重そうな鎧を着ており、その様相は冒険者と言うより何処かの国の騎士に見えた。
「あれ…あんたは…アーサー様…?」
男は途切れ途切れの浅い呼吸で言葉を絞り出す。サリアは男の鎧の胸の部分に描かれた紋を一瞥し、また男の顔を見つめた。
「…じっとしてください、すぐに済みます」
鎧を脱がせると黒い肌着の全体に赤い血が滲んでおり、特に左半身は腫れ上がっていて骨折もあるようだ。しかし、キャリーと二人で手際良く処置を済ませると、みるみる内に男の容態は安定していき、ものの十数分で口も流暢に動くようになった。
「治癒の魔石を使いました。痛みは引いたと思いますが、地上に戻って適切な治療を受けるまでは油断ならない状況と考えてください」
「おお、ルトリアルの新型か。これは高い借りを作ってしまったな。さて…」
男は再びサリアに向き直り、動かない体でできる限りの誠意を見せようと頭を深く垂れた。
「アーサー様、ご一同様、この度はお手数をおかけしたこと心からお詫び申し上げます。私はロゼルディン国軍9番隊ポポロ・ナイキと申します。この御恩、また必ず」
「動かないでくださいポポロ。この穴の中では互いに同じ立場であるようなもの。私と会ったことを黙していてくれればそれで構いません」
サリアがポポロの右肩を支え労りの言葉を投げかける。一週間前にも見た、上に立つ者の柔和で厳格な顔色だ。
「はっ、あなた様の置かれる状況は存じております。このこと、誰にも話しませぬ」
「助かります。ところでポポロ、なぜ国軍の兵士であるあなたが穴の中にいるのか、それと傷を負った経緯について話すことは出来ますか?」
ポポロはチラとこちらに目を配った。ひょっとして国の機密に関わることなのか。
「大丈夫、皆信頼のおける方々です」
「アーサー様がそう仰るのであれば…。我々9番隊は穴の調査を行っていました。アレティス隊長が言うには、穴の中で取れる特殊な武具を集めろ、と王から勅令受けたとの話です。間もなく9番隊総出でロゼルディン国内の穴へ出立しました」
続けて、
「私は2人組で探索してたんですが、片割れとははぐれちまいまして…まあ戦略外の行動になった時は即帰還と決まってるんでそっちはきっと無事なんですが。ちなみにこの傷は宝箱を前にしてうっかり建物の崩落に巻き込まれた時のものです、ほらそっちの建物で。若干崩れてるのが見えるでしょう。あ、あとすみませんがその辺に鞄が転がってませんか?私の鞄の中に帰還の魔石が入ってるんです」
確かに鞄が泥の上に後を残すように落ちている。拾ってポポロに持たせると、また深く感謝を告げた後地上へ帰って行った。彼の言った通りに崩落した建物を細心の注意を払いながら登ってみると、奇妙に装飾された箱を見つけた。
(60:ノーマル)
(4:エリン用)
慎重に中身を取り出すと、大きめのマントの様なものだった。キャリーは目を輝かせながらそれを見つめるが、どうやら装備するのに適当なのはエリンのようだ。
※『放浪する戦士の歴』を手に入れた
それにしても、ロゼルディンの王が武具を集めたがっている……か。大地震の前の世代では武力にものを言わせた政治を行っていた国だが、今の君主──すなわちサリアの父は比較的穏健派であり、積極的な軍政は行っていないと聞く。サリアは特に表情を変えることなく聞いていたが、この事は彼女の新たな思案の種となるかもしれない。
しかしながらロゼルディンの国勢について今考えても詮無きことだろう。今しばらく穴の探索は続くのだから。
戦士の歴はマントのイメージ。時間かかった割にはあんまりロマンチックな描写できてなくて頭を抱えます。