ズッツの孫
昭和30年代半ばにゆか子は生まれた。
歳を重ねた現在だからこそ、幼い自分の行動と家族の絆に気が付く。
祖父のズッツは、妹のなな穂を「じょっこ」と呼んで可愛がっていた。
ゆか子は、お婆さんっ子です。
お酒好きのズッツが酔っ払って小銭入れをなな穂に見せて「茶色のか」「うんうん銀色の」と言いながらお金を上げていた。
ズッツは常に「おじいさんは、髪の長い人が好きなんだ、だからじょっこは髪を伸ばしていこう」と言っていた。
そんなある日、なな穂が髪を切って来た。
どうも、その髪型が気に食わない様子で母を困らせている。
その会話を聞いていたズッツが「じょっこ、それは、じょっこが悪い」「だから、おじいさんは髪を伸ばしていろって言っていたんだ」
長いほうが可愛いと思っていたから。
でも、髪の毛はすぐに長くなる、それまで我慢してな となな穂をなだめた。
ある日、ズッツが額にけがをして帰って来た。
ゆか子のおばの、みつのが殺そうとして石を投げて逃げたという。
「こんなごどすんの、みつのしかいね」
ズッツはみつのの家に怒鳴り込んだ。
「おめが、やったんだべ!こんなごどすんのおねしかいね!」
「なにすに、おえがそんなごとすんだ。おえでね、すんならとっくにしている」
ゆか子の母、幸代は船乗りだった父が海に落ちて亡くなり、ゆか子にとって祖父、祖母に子供が授からず2歳の時に養子となった。
酒ばかり飲んでいるズッツをみつのは「可愛い妹に苦労をかけて、しっかりしろ!」とズッツに会うたびに睨みつけていた。
そのため、何の根拠もなくズッツはみつのがやったと決めつけ一人で怒っていた。
ズッツは酔って道端に寝て帰ってこない。
家族みんなで捜し行く。
暗くなっているので、懐中電灯で寝ていそうなところを捜す。
「いだいだ!ズッツいだ!」
懐中電灯をズッツの顔に照らすと閉じていた目を開け
「すみません、ここはどこですか?ここはどこですか?」
何とも間抜けのような話ですが、捜しに来る家族が居るということは幸せな事でもあります。
時には、年に1度か2度ポン菓子屋さんが来る。
ズッツは、小遣い稼ぎに気を切って来て100円もらっていた。
同級生の子に「おめのズンズや、ポン菓子屋で木を切って100円もらってカップ酒買って飲んでいだ」
ゆか子は、言いたい人には言わせておこうと思いました。
働いたお金をどう使おうとズッツの自由だと思った。
そして3年後。
ふと、なな穂が言った。
「あの時、ズッツ、頭にけがしたのビックリした」
「頭って額?」「え、なんで」
「おえな、柿の木がら柿とんのに石投げたんだ。そうしっけ少し窓開いてて、ズッツの部屋に石、ぴょ~んと入ってしまった」
「おえの投げた石がズッツにあだったんだな」
「あの時、なんだが騒いでいだのしっていだげど、もしかしてと思って」
当時、なな穂6才。
「ズッツズッツ!3年前の額のケガあれ、なな穂が柿とっぺどして石投げたんだって」
「あ、そーがそーが、じょっこが、じょっこならいいんだ」
なな穂には寛大だ。
みつのには、謝る気配もないズッツでした。
ゆか子は、おばあさんっこでしたがズッツは、あの時以来ゆか子をさけるようになりました。
それは…。
バッパは、たばこが大好きでたばこを挟んでいる指が茶色になる程吸っていました。
その為、喘息で病院に入院することになりました。
母が、ズッツとゆか子、2人でバッパの付き添いをするように言われました。
ズッツが、入院準備に出かけると母が言った。
「ズッツの在郷のおばあさんが、昔優しい人なんだけど、在郷の冬は寒いから孫が風邪をひかないように綿の重い掛け布団を重ねてかけた」
結果、亡くなったそうだ。
それを聞いたゆか子は、ズッツと一緒に寝る事に恐怖を感じた。
おばあさんっこのゆか子を、バッパは離さなかった。
ゆか子は、6才の年でした。
バッパが寝ているベッドの下の側で、ゆか子はズッツの温もりを感じながらなんとなく、母が言っていた言葉に惑わされおちおち寝ていられない。
そんな日々でした。
そんな時、ゆか子の脳裏を走った。
「バッパの部屋の隣に時々、外泊するお兄ちゃんがいる」
ゆか子は、早速お兄ちゃんの所へ遊びに行った。
お兄ちゃんはラジカセを持っていて、ゆか子に使い方を教えてくれた。
自分の声を吹き込んで聞いたが何故か違う人の声。
「お兄ちゃん、おえこんな声してるの?」
「うんそうだよ」
自分が話した声が、自分の耳に聞こえる時、実際に出ている声と違う。
不思議な感覚がした。
ゆか子は歌を歌い夢中になって吹き込んでは再生し自分の声を確かめていた。と同時に心の中で「このお兄ちゃんどこが悪くて入院しているのだろう、また外泊するのかなぁ」
何となく聞きずらかったけど思い切って聞いてみた。
「お兄ちゃん、今度いつ外泊するの?」
「うーん、来週の水曜日外泊するよ」
「んー本当!だったら、その時このベッドに寝ていい?」
「うん、いいよ」
ゆか子は、重い掛け布団から解放されたような気がして嬉しかった。
そして数日後。
母に「何でここで寝ているの」と言われ頭をぶたれ、ゆか子自身も訳が分からなかった。
ズッツは一緒に寝ていた、ゆか子が居ないことに気付きトイレや心当たりの所を捜したが見当たらず「家にゆか子が帰っていないか」と青白い顔をした。
ズッツが慌てて母を起こし病院中を捜しまわった。
遊びに行っていた隣の、お兄ちゃんの部屋を一度は見たが掛け布団にふくらみがないと思い、そのまま部屋を無視し他を捜した。
それでも、お兄ちゃんの部屋が気になり掛け布団を剥いでみると、ゆか子は寝ていた。
ゆか子は、自分で何時の間にズッツの布団から抜け出し隣の部屋へ移動したのか記憶になかった。
無為意識に今日は水曜日、柔らかい布団が待っている!お兄ちゃんの部屋に行かなくちゃ!
そんな気持ちがゆか子を夢遊病のような行動にしてしまったのかもしれない。
そして、このような行動にさせてしまった。
原因は母の言葉が引き金だったことに、母は気が付いたのだろうか。
朝になると「夕べ、居なくなった子ってあんだ?」と代わる代わる患者さんに聞かれた。
考えてみるとズッツがゆか子に冷たくなったのはそれからです。
何をやらかすかわからない、ゆか子に深入りは禁物と思ったのだろう。
「ズッツ心配かけてごめんなさいね」
ゆか子の件、なな穂の件、人間はその時に訳が分からなかったことが時間が過ぎることで自分の行動が見えてくる。
それが成長をするということなのでしょうか?
バッパは喘息の症状が良くなり退院した。
明治生まれのズッツとバッパは、とても仲のいい夫婦でした。
戦争当時、ズッツは医者として赤紙が来たらしい。
「あーズッツは小心者だから逃げて逃げて生きて帰ってきました」と憎まれ口をバッパは言う。
実は
バッパはズッツが無事に帰ってくるようにと、お百度参りをしていた。
母がこっそりと教えてくれた。
「ズッツ、はーいみかん」
ポンと投げたらスポっと社会の窓に着地。
「あはは」と皆で笑ったらズッツが「何ていわれるかやってみた」と言う。
酔っ払ったズッツを横目で見ると「バッパ、そんな目してみていたら目悪くなるからやめらい」とズッツは言う。
そして時は流れ。
ゆか子は、16才その年の冬。
ズッツが杖を突いて歩いているのを見て、ゆか子は急いでズッツに近付き声を掛け何気ない話をして歩いた。
ゆか子の心に、ズッツに対してわだかまりがあったが病院での出来事はとっくにズッツは許していた。
まもなく、ズッツは雪道で転んでしまいそのまま寝転んでしまった。
奇しくも、ズッツが転んだ場所は先日ズッツに声を掛けた場所だった。
ズッツは立ち上がれないのでバッパに酒を持ってきてくれと何度も呼んでいた。
バッパは身体に悪いからといって酒を水で薄めて渡した。
ズッツが「雀の涙しかない」といって嘆いている。
バッパは、しまいにはズッツが可哀そうになり好きなお酒を好きなだけ飲ませたい気持ちになり、ズッツが満足するくらいの酒を枕元に置いた。
ズッツが気持ちよさそうに「男なら、男なら…。きさまと俺は…」と歌を歌っている。
あーズッツの生涯一番で忘れられない出来事はやはり戦争だったんだな。
あの時のズッツはどんな気持ちで軍歌を歌っていたのだろうか。
ゆか子には、ズッツは悔いのない人生だったと表現しているように見えた。
それから間もなく、ズッツは天国へ旅立った。
ズッツに抱っこされて撮った写真があった。
ゆか子は、その時のズッツの感触を大人になっても忘れることはなかった。
ありがとうズッツ、たまにはお酒お供えしますね。