ヒットマンズ・ラブストーリー――俺を殺そうとしている相手に惚れてしまった――
後ろ暗い過去を持つ俺は、常にヒットマンから狙われている。
今日も狙撃を受けた。
ロスから帰ってきて部屋でのんびりしていたら、突然、窓にピシッという音がした。
見るとガラスに弾痕が残っている。
すぐさま手元にあった銃をとり、ガラスに残る弾痕に寸分違わぬ精度で打ち込むと、弾は音もなくガラスを通り抜け、遠くで「うっ」という声がした。
もちろんガラスは割れていない。
アパートを出て、声の出た方に行ってみると、草むらに狙撃者が倒れていた。
まだ息がある。
腹部に重傷を負い、もはや無抵抗だったその人間は目出帽を被っていた。
帽子を剥ぎ取り、素顔を確認してみると、驚いたことになかなかの美人であった。
美人には優しくせずにはいられない俺である。
部屋に担ぎ込み、治療を施した。
女は一命を取り留めた。
それからそのヒットマンと俺の共同生活がはじまった。
傷の治った女は俺の家で居候として暮らしはじめた。
住み着く代わりに、こまごまとした家事をするようになった女は終始、俺に対して遠慮をしている。
女はある組織に金で雇われたとのことだった。
もちろん俺は後で報復に出向き、そいつらを皆殺しにしてきた。
もはやその組織の素性は判らない。
女は身寄りもなく、俺からすると雀の涙ほどの金で殺しを引き受け、それで生活してきたらしかった。
命を救われ、感謝している。
何か恩返しをさせていただきたい。
女はそう言ってこの部屋に住み着いた。
口ではそうは言うものの、女の思惑は明らかだった。
殺気を感じて振り向くと時々銃を構えている。
「いや、勘を忘れないようにと思いまして」と言って女は頭をかく。
女の作った料理に口をつけるとき、嫌な予感がして食べるのをやめる。
後で野良猫にその食事を与えてみると、泡を吹きながら苦しみもがいて死ぬのである。
どうやら女は俺の後ろ暗い過去によって手に入れた大量の資金を狙っているらしい。
それをわかっていて、俺はあえて女を殺しもしなかったし、追い出しすらしなかった。
家事をこまめにやってくれるのは便利であったし、何より女は美人であった。
次第に俺は女を愛しはじめた。
遠慮がちに甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれる様と、時折見せる殺人者の素顔のギャップに惹かれた。
もちろん女は美人でもある。
折を見てその意思を女に伝えた。
指輪も渡した。
女はひどく動揺しているようだった。
やがて女の態度が変化してきた。
言葉遣いも徐々に親しげなものに変わり、外出したふりをして天井裏に潜み、吹き矢で俺の首筋に狙いをつけていることも少なくなった。
あるとき俺は、この女に殺されるのならそれもいいやという気になった。
どうせ悪事を重ねてきた人生である。
そんな男の最後としては悪くない。
後手にナイフを隠して背後から忍び寄ってくる女に、俺は声をかけた。
「殺したいのなら、殺してくれて構わない」
「え」という声だけがした。
「君に殺されるのならそれでもいい」
女の動きが止まるのが感じられた。
しばしの沈黙の後、意を決したように女は近付いてきた。
肩から回された手に握られていたナイフが首筋に当たる。
俺は目をつぶり、鋭い痛みが俺の命を奪い去るのを待った。
突然ナイフが落下した。
女の手はそのまま俺の首に回された。
強い力で抱き寄せられた。
「どうして……」
俺の背中に額をつけて、そうつぶやいた女は泣いていた。
翌日、目が覚めると女の姿がなかった。机の上に手紙が残っていた。
「お世話になりました。これ以上迷惑をかけたくないので」
そうとだけ書かれていた。
女の出した結論がそれなら、それで構わない。
はじめはそう思った。
だが、やがて女に会いたくなった。
会いたければ方法はある。
しかし、それは俺の勝手な行動ではないだろうかと考えた。
女は自らの選択としてこの家を出て行った。
その意思を覆す権利が俺にあるだろうか。
頭ではそう考えても、俺の感情はもはやとどめられなかった。
俺は女の後を追った。
女はまだこの町にいた。
駅に向かっているようだった。
駅のホームにたどり着いたとき、ちょうど電車が入ってきた。
女の姿が見えた。
足を踏み出そうとする女に、すんでのところで追いつき、俺は彼女の背中に「動くな。動くと撃つぞ」と言った。
声を聞いた女の肩は強張り、やがて女を残したまま電車は動き出した。
女はゆっくりと振り向いた。
ふっと悲しそうに微笑んで、女は言った。
「……撃たないの?」
「撃てないよ」
俺は彼女の手を取ってホームを歩きはじめた。
女は顔をうつむけたまま、黙って俺の後についてきた。
「来なくてもよかったのに……」
「だったら悪かった。でも、来たかったんだ」
俺が女の顔をのぞきこむようにすると、女は涙を流していた。
見られていることに気づくと、恥ずかしそうに目を拭った。
照れ隠しなのか、女が突然明るい声で言った。
「そういえば、どうしてここがわかったの? 何にも言っていなかったのに」
今度は俺がばつの悪い顔をする番だった。
女の左手を手に取った。
「あのときやった指輪、してるだろ」
女は顔を赤らめてうなずいた。
「これ、発信機入りなんだ」
「……バカ」