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聖玉の王

リーズ王女の日記

作者: 立川みどり

人間と魔族が戦っている異世界のハウカダル島。ホルム王国の幼い王女アーストリーズ(愛称リーズ)が日記を書いているという形式の異世界ファンタジー小説です。

コミケで頒布した拙作「聖玉の王」の外伝にあたりますが、これだけで1つの話として読めます。

三二八年ゆきどけの月三日 


 きょうはわたしの七つのたんじょうび。おいわいに、おとうさまはすてきなドレス、おかあさまは絵本をくださった。

 絵本は、人さらいにさらわれたおひめさまが、いろいろひどいめにあってくろうするけど、王子さまと「こい」ってのをして、むすばれてしあわせになる話。

 おとなになったら「こい」ってのをするんだって。で、しあわせになるんだって。

 うばやがそうおしえてくれた。



三二八年ミウむぎの月十七日


 大おじさまが病気でなくなった。

 大おじさまは、おとうさまのおじさまで、おとうさまにとってはおんじんなんだって。

 おとうさまのおとうさま、つまりわたしのおじいさまは、おとうさまのまえに王さまをしていたんだけど、わたしが生まれるまえになくなった。で、そのとき、おじいさまの弟たちが、はんらんってのをおこしたんだって。

 でも、おじいさまの弟たちのなかで、大おじさまひとりだけが、おとうさまのみかたをしたんだそうだ。

 おとうさまは、大おじさまにとてもかんしゃしてらした。だから、大おじさまがなくなって、とてもかなしんでいらっしゃる。

 わたしもかなしい。大おじさまはやさしいかただったもの。



三二八年夏至の月二十一日


 大おじさまの子どものラーブが、おしろにきて、いっしょにすむんだって。使いの人がむかえにいってるって。

 ラーブは、二年ほどまえ、おしろにきて、しばらくいたことがある。そのときいっしょに遊んだっけ。

 でも、顔とか、あんまりよくおぼえていない。大おじさまやエイリークとよくにた赤毛だったってのはおぼえてるけど。それに、わたしと同じ年だってことも。

「ラーブは、あなたのこんやくしゃですよ。だから、いっしょに住むことになったの」

 おかあさまがそうおっしゃったので、「こんやくしゃって、なに?」ってたずねた。

 そしたら、「たすけあっていっしょにくらす人のことですよ」って。

「それって、家族みたいなもの?」

 そう聞いたら、おかあさまはうなずいた。

「ええ、そうよ。ラーブはわたしたちの家族になるのです」

 ふーん。ラーブが家族になるのかあ。



三二八年太陽の月十二日


 テイトがラーブのじゅうしゃとして、おしろにやってくることになった。

 じゅうしゃってのは、けらいなんだけど、子供のうちは遊び相手なんだって。

 テイトはうばやのむすこで、うんと小さなときにはおにいさんみたいなものだった。うばやについてよくおしろにやってきて遊んでくれたのを覚えてる。

 もう長いこと会ってなかったけど、テイトがまたおしろにやってくるのはうれしいな。



三二八年太陽の月十八日


 ラーブがとうちゃくした。なんだかものすごくしょんぼりしていて、話しかけても、「うん」とか「ああ」とかうるさそうにへんじするだけ。

 2年ぶりに会ったんだから、もうちょっとよろこんでくれてもいいのに。

 そりゃあ、大おじさまはラーブのおとうさまなのだから、なくなってかなしいのはわかるけど。

 それはわかるから、わたしだって、やさしくするつもりでいたのよ。

 なのに、うるさそうにされたら、どうしていいのかわからないじゃないの。

 それにしても、どうしてラーブだけなんだろう? 

 なんとなく、わたし、ラーブのおかあさまのフレイアさまももいっしょにくると思ってたんだけど。

 おかあさまにそういったら、「ラーブのおかあさまはフレイアさまではありませんよ」って。

 大おじさまのおくさまはフレイアさまだから、てっきりフレイアさまがラーブのおかあさまだと思ってたんだけど、ちがったの?

 なんだかよくわからないんだけど、大おじさまにはおくさまが四人もいて、正式なおくさまはフレイアさまだったけど、二年前にりこんとかいうのをなさって、ラーブのおかあさまが正式なおくさまになったんだって。

「じゃあ、フレイアさまはエイリークのおかあさまなの?」

 そう聞いたら、それもちがうといわれた。

 大おじさまには、エイリークとバウズとラーブと、男の子ばかり子供が三人いらしたけど、三人ともおかあさまがちがうんだって。

 で、三人ともフレイアさまの子供じゃないんだって。

 ややこしくってよくわからない。わたしのおとうさまには、おかあさまのほかにおくさまはいないし。

 で、まあ、それはともかく、ラーブのおかあさまは大おじさまのおしろにのこっていて、ラーブだけがわたしたちのおしろにきて家族になるんだって。

「ラーブは王さまになるべんきょうをしなくちゃいけないの。それなのに、自分のおとうさまにもういろいろ教えてもらえなくなったから、わたしたちのところにくることになったのです」

 おかあさまはそうおっしゃった。ラーブがしょんぼりしているのは、おとうさまをなくしたのもあるけど、おかあさまとわかれてくらさなければならないのがつらいのだとも。

「だから、ラーブにやさしくするのよ」

 おかあさまはそうおっしゃったんだけど……。

 話しかけたらうるさそうにするんだもの。どうすればいいのかわからない。

 テイトも、どうしていいかわからないみたいだった。ラーブにずいぶんこんきよく話しかけてたんだけど。



三二八年豆の月一日


 きょうは、ラーブとテイトといっしょに、サーニアさまのところにいった。

 サーニアさまは、ほんとうのしごとはうらないしだけど、ラーブの先生もやっていて、ラーブがおしろにやってきたのにあわせ、シグトゥーナのちかくにひっこしてきたのだという。

 で、わたしたちはこんどから、月に二回、サーニアさまのうちにいって、じゅぎょうを受けることになったのだ。

 いままでのわたしの先生は、みんなおしろにきておしえてくれたから、おしろの外にじゅぎょうを受けにいくなんてはじめてだ。それも、シグトゥーナの都のなかじゃなくて、都の外に出ていくなんて。

 ずいぶんかわった先生だな。

 でもうれしい。ちょっとわくわくした。

 サーニアさまのうちは、かいどうを少しはずれた森のなかにあった。

 そこまでは、おとうさまのじゅうしゃのハロルドが馬車でおくってくれた。

 サーニアさまはかなりお年をめしたおばあさんだけど、こしとか曲がっていなくて、歩き方もしゃんとしている。

 いっしょに住んでいるのは、キトって名の使用人だけらしい。

 サーニアさまに会うと、ラーブは、おしろにきてからはじめて、ちょっとうれしそうな顔をした。

 ちょっとおもしろくない。知り合いに会ってうれしいのはわかるけど、まるでわたしたちがいじめてたみたいじゃないの。

 で、会ってあいさつをすると、サーニアさまは、すいしょう玉みたいなのをラーブにもたせた。すると、ハロルドが大きくうなずいた。

 なんだか、とってもへん。なにかのぎしきみたい。

 で、そのあと、ハロルドは、ゆうがたむかえにくるといいのこして、かえっていった。

 ラーブとふたりだけで、知らない人のところにのこされるなんてはじめてだから、ちょっと不安になったけど、じゅぎょうはおもしろかった。

 家のなかでべんきょうするのじゃなくて、サーニアさまは、わたしたちを森につれていってくれたのだ。

 小鳥やうさぎなんかがサーニアさまにはよくなついていて、わたしたちにもさわらせてくれた。

 小鳥が手にとまったり、うさぎのあたまをなでたりするなんて、はじめてだ。とてもたのしかった。



三二八年雨の月十二日


 エイリークがあいさつにやってきた。

 あ、いけない。こんどから「エイリークきょう」っていわなくちゃ。大おじさまのあとをついで五つの村をおさめることになったし、一年のはんぶんは都に住んで、おしろにつとめることになったし。「エイリークきょうとよびなさい」って、おかあさまにいわれたんだった。

 ラーブはあいかわらずめそめそしているから、ひさしぶりにおにいさんに会ったら、あまえたりなきだしたりするんじゃないかと思ってたけど、そんなことはなかった。

 ふたりとも、まるであまりしたしくない人に会ったときみたいによそよそしいあいさつをしただけ。

 なんだかへんな感じだった。

 で、おかあさまにそう言ったら、「エイリークきょうはラーブのことをとても心配していますよ」って。

「あの人はひかえめなので、あまり思っていることをおもてに出さないのです」

 おかあさまはそうおっしゃったけど、よくわからない。

 おとうさまにこの話をすると、「それでいいのだ」とおっしゃった。

「兄があまやかしては、なんのためにおさないうちから王宮にひきとったのか、わからなくなってしまう。エイリークはそれをよくわかっているのだ」って。

 そういうものなのかな?



三二八年先見の月一日


 きょう、サーニアさまのところにいく日だった。で、サーニアさまに「先見の月」の意味をはじめて教えてもらった。ラーブは去年にも聞いたらしいんだけど。

 「先見の月」、またの名を「赤い空の月」っていうのは、十何年かに一回ぐらいのわりで、夜空が赤く染まるときがあるからだって。

 どのぐらい赤くて明るいかはそのときによってちがい、ものすごく赤い光が強いときには、ハウカダル島のどこからでも見えるって。

 かなり弱い光のときには、うんと北のニザロース王国あたりではよく見えても、このシグトゥーナあたりではちょっとわかりにくいときもあるらしい。

 でも、たいていはシグトゥーナでも見えるって。

 最後にそれがおこったのは、わたしが生まれる前。十二年たっているから、そろそろいつ起こってもふしぎはないそうだ。

 で、夜空が赤くそまると、しばらくしてハウカダル島の北のはしっこのほうに、「まかい」の門が開くんだって。

 まかいの門は、うんと短いときで三年か四年ほど、長いときでは九年か十年ぐらい開いてる。

 まぞくがやってくるのはその「まかい」からだから、門が開けば戦争がはじまる。赤い空は、それが前もってわかる先ぶれだから、それが起こる月を「先見の月」っていうんだって。

 その空が赤くなるのは、たいていは先見の月のあいだなんだそうだ。

 そういえば、毎年、このじき、おとうさまもおかあさまも心配そうにらした。いままで知らなかったけど、夜空が赤くならないか、心配してらしたんだ。



三二八年収穫の月一日


 きょう、じじょのシーラがもうすぐけっこんするって聞いた。じじょたちがおしゃべりしているのが耳に入って、で、くわしく聞いてわかったんだけど……。

 シーラにはこんやくしゃがいて、かんしゃさいの日に、そのこんやくしゃとけっこんするんだって。

「こんやくしゃというのは、けっこんをやくそくした相手のことです」

 シーラはそうせつめいしてくれたけど、それって、どういうこと?

 だって、「けっこん」って、「こい」とかいうものをした相手とするんじゃないの? たしか、そう聞いたわよ?

 で、ラーブはわたしのこんやくしゃだとも聞いたわ。

 どういうこと? わたしは「こい」とかいうものをしていないわよ。

 じじょたちをといつめたら、みんな、「しまった」といいたそうな顔をして、めくばせしたり、ひじでつついて合図したりしてる。

 それで、うばやのところにいって聞いた。

 そうしたら、うばやは、「おとなになればわかりますよ」って。

 なにかおかしい。うばやのことは大好きだけど、なにかわたしにかくしているような気がする。



三二八年収穫の月二日


 きのうのじじょたちの話がどうしても気になったので、おかあさまに聞いてみた。

 そうしたら、「ごめんなさいね」って。

 おかあさまにはもう子供が生まれない。わたしに弟が生まれなければ、おとうさまのあとをつぐ王子がいない。

 平和なときなら、わたしが女王になってもやっていけるけど、まぞくとのたたかいがずっとつづいていて、王さまはたたかいにいかなくてはいけないから、それはむずかしい。

 それで、まぞくとのたたかいを終わらせるような、りっぱなあとつぎになってくれそうな男の子をわたしのおむこさんにして、おとうさまのあとをついでほしいんだって。

 それにはラーブがいちばんいいっていうの。

「じゃあ、わたし、『こい』とかいうのをできないの?」

 そう聞いたら、おかあさまは、「もっと大きくなったら、ラーブとこいをするかもしれない」って。

 それに、もしもわたしに弟が生まれておとうさまのあとつぎになったとしても、わたしは王女だから、じゆうに「こい」ってのはできないって。国と国のきずなを強めるためにどこかの国の王子さまとけっこんするか、そういうてきとうな相手がいなければ、うちの国の大きぞくのだれかとけっこんしなければならないって。

 だから、「こい」ってのは、「こんやくしゃ」とするか、けっこんしてからおむこさんとするしかないっていうの。

 そういうものなの?

 なんだかちょっと、なっとくできないんだけど。



三二八年収穫の月五日


 このあいだ、おかあさまにいわれたことがどうしてもなっとくできなかったので、それをラーブに話した。

「おかあさまはそうおっしゃったんだけどね。でも、わたし、やっぱり変だと思う。ちょっとひどいと思うの。ラーブ、あなただって、そうでしょ?」

 できるだけくわしく話したあとでそういったら、ラーブの答えはひどかった。

「そんなのどうでもいいよ。わたしは母上のところにかえりたい」

 ものすごく腹が立った。「どうでもいい」ってなによ!

 で、思いっきりほっぺたをひっぱたいてやった。

 ラーブはびっくりしたみたいだった。わたしがどうしておこっているのかわからなかったみたい。それがよけいに腹が立った。



三二八年収穫の月十二日


 きょうはサーニアさまのところにいく日だった。

 野原で、「こういうやくそうをさがすように」といわれて、さがしはじめたとき、ちょっと思いついてサーニアさまのところに引き返し、おかあさまにいわれたことを話してみた。

 サーニアさまならものしりだから、そうだんにのってくれると思ったのだ。ラーブはやくそうをさがしにいって、そばにいないし。

「それについてはあやまらなければ。もうしわけありません、リーズさま」

 サーニアさまがそうおっしゃって頭を下げたので、おどろいた。

「おうひさまにそうするようにいったのは、わたしなのですじゃ」

 これにはもっとおどろいた。サーニアさまがいいだしたことだったの?

「あれっ? でも、サーニアさまはラーブについてこちらにいらっしゃったんでは? そのまえからおかあさまとお知り合いだったんですか?」

 サーニアさまはうなずいた。

「わたしには未来がみえるときがありましてな。それで、おうひさまに、まぞくとの戦いを終わらせることのできるあとつぎがほしいと相談されたとき、そういうあとつぎをさがす手伝いをしましたのじゃ」

 やっぱりまぞくとの戦いのためなのね。

 でも、正直いって、まぞくとの戦いといわれてもピンとこない。だって、戦いがずっとつづいているとはいっても、まぞくがやってくる「まかい」の門は閉じたり開いたりしているみたいで、わたしがものごころついてからはずっと閉じっぱなしだもの。

 わたしが赤ちゃんのころには開いていて、はげしい戦いがあったってのは聞いたけど。で、またいつ開くかわからないとも聞いたけど。

 でも、なんだかなあ。やっぱりピンとこない。

「いつはじまるかわからない戦いのために、わたしは『こい』とかいうものをあきらめなくちゃならないんですか?」

 そういったら、サーニアさまは、「もうしわけありません」とつぶやいたまま、うつむいてしまった。なんだか、サーニアさまにひどいことをいった気分になってきた。

 でも、わたしが聞いてほしかったのは、この「こんやく」とかのことだけじゃなくて、もうひとつあったんだ。

 で、ラーブがいったことをサーニアさまに話した。

「ラーブってば、ずいぶんいいかげんだと思いませんか?」

 サーニアさまはほほえんだ。

「リーズさまとラーブさまは同じ年とはいえ、男の子より女の子のほうがおとなになるのが早いですからねえ」

 それって、ラーブはわたしより子供だってこと? だからなんにもわかってなくて、あんな言い方したってこと?

 そうだったのかな?



三二九年はじまりの月二日


 おとうさまはものすごくラーブにきたいをかけている。

 それはときどき腹が立つんだけど、ラーブがかわいそうになることもある。だって、おとうさまったら、ラーブにすごくきびしいんだもの。

 きょうだって、ラーブがものすごくなやんでいるみたいだから、「どうしたの?」って聞いたら、おとうさまに、「王となる者は、信頼できる者と信じてはならない者を見分けられなければならない」といわれたんだって。

「家臣たちのだれを信じていいのか、だれを信じてはいけないのか、見分けろっておっしゃるんだけど、そんなのむりだよ。見分けようと思って、新年のあいさつにきた人たちをじーっとみつめたりしてみたんだけど、みんな、ふつうにあいさつしているだけのようにしかみえないんだもの。信じられる人かどうかなんて、わからないよ」

「そりゃそうよ。むちゃいうわよね、おとうさまも」

「うん、でも義父上には家臣たちの本心ってのがわかるみたいなんだ。そういうのを読みとれるようにならなくちゃいけないらしいんだ。でも、わたしにはできないんだ」

 ラーブはそういって、しょげている。

 せっかくラーブがこのお城にもかなりなれて、近ごろでは「帰りたい」っていわなくなったのに。うじうじしなくなって、よくわらうようになったのに。

 おとうさまったら。ラーブがまた「帰りたい」っていうようになったら、どうするのよ?



三二九年はじまりの月九日


 ラーブは、あれからずっと、人の心を読めないってことでなやんでいる。

 テイトが心配して、「どうしたんです?」とたずねると、ラーブはわたしにいったのと同じ説明をした。

「それで、ラーブさまは? だれもお信じになれませんか? たとえばこのわたしやリーズさまのことも?」

 テイトがラーブの目をのぞきこむようにしてそうたずねると、ラーブはますます考えこんでしまった。

「ちょっと、テイト。よけい考えこんじゃったじゃないの」

 テイトにそういったとき、ラーブが顔を上げた。なんだかうれしそうだった。

「そうじゃないんだ。そういうふうに考えたことがなかったんで、『なんだ、それでよかったのか』って思って、思わず考えこんじゃっただけだよ」

「え、なに? どういうふうに考えたことがなかったって?」

「信頼できるって思っている人を信頼できればいいってことだよ。それほどよく知らない人を目の前にして、信じられる人かどうか見分けるなんてむずかしいけど、信頼している人は信じられるよ。とりあえず、そこからはじめればいいんじゃないかって気がついたんだ」

「よかった」と、テイトがほっとしたようにいった。

「ラーブさまは、この城にこられたばかりのころ、だれにも気をゆるせないようすで、不安そうにしてらしたでしょう。いまでもそのこどくを引きずってらっしゃるんじゃないかと思って、心配になったんです」

 ラーブは首をぶんぶんと横に振った。

「ここにきたばかりのころは、たしかにだれも信じられなくて、ひとりぼっちって感じてた。でも、もうそんなことはないよ。テイトもリーズも信頼できるって感じてる。はじめのころ、だれも信頼できなくて心細かったから、よけいにそれがはっきりわかるんだ」

 そんなふうにいわれると、なんだかちょっと気持ちがいいな。



三二九年若葉の月十八日


 ラーブのおかあさまが亡くなったという知らせがとどいた。急な病気で、熱を出してたおれてから十日ほどで亡くなったんだそうだ。

「そんな重い病気にかかっていたなんて、ぜんぜん知らなかった」

 ラーブはそういって、悲しむと同時におこっていた。おかあさまが病気でたおれたとき、すぐに知らせてくれなかったことに腹を立てているみたいだ。

 そりゃあ、むりもないけど、でも、ラーブのおかあさまに仕えていた人たちだって、はじめのうちはそんなに重い病気とは思わなかったかもしれないじゃない?

 おかあさまにそういったら、「それはたしかにそうなのだけど」と、ため息をついた。

「でも、おこりでもしなければやりきれない悲しみもあるわ。王となるべき人としては、そんないかりはおさえなければならないのだけど、ラーブはまだ子供だもの。あなたと同じくね。だから、そっとしておいてあげなさい」

 おかあさまはそうおっしゃったけど、おとうさまはきびしい。

 ラーブが「せめてさいごにおかあさまにお別れをいうためにうちに帰りたい」というのを、とうとうおゆるしにならなかったもの。

「もどるまでにまいそうは終わっているから、どうせ会うことはできない。この王宮にきたときから、生みの母とのえんは切れていたと思え」って。

 おとうさまはちょっとひどいと思う。

 でも、おかあさまに「ラーブがかわいそう」っていったら、「ラーブのためですよ」とおっしゃった。

「ラーブのおかあさまが亡くなったのはうつる病気です。ラーブの気持ちはわかるけど、病気がはやっているところにラーブをいかせるわけにはいかないでしょ」

 そうだったの。でも、それなら、おとうさまはラーブにそうおっしゃればいいのに。



三二九年先見の月一日


 きょう、サーニアさまが、「いやなよかんがする」とおっしゃった。

「今年は赤い夜空があらわれるかもしれない。まかいの門が開くかもしれない」って。

 じゃあ、戦争になるかもしれないの?



三二九年先見の月十五日


 このあいだサーニアさまがおっしゃってた 「いやなよかん」ってのがあたったみたい。

 きょう、夕日がとっくにしずんだあとなのに、空がきみょうに赤かったのだ。ゆうやけの色とはちょっとちがう。なんだかぶきみな赤さだった。

 おかあさまや侍女たちはそれを見て、ひめいを上げたり、まっさおになったりしている。



三三〇年雪どけの月二十日


 きょう、おとうさまが騎士団をひきいて出陣していった。

 冬のあいだも、七つの騎士団のうちの二つが、十二の王国でいちばん北のニザロース王国にえんぐんとして出向いていて、ニザロース王国の北の国境で小ぜりあいが起こったりしていたらしい。

 おとうさまは、王宮と都のけいびにあたっていた二つの騎士団をひきいて出発した。残りの三つの騎士団とはとちゅうで合流するらしい。

 まかいの門が閉じるか、まぞくをすべてげきたいするまで、これから毎年、おとうさまたちはこうして戦争にいくんだそうだ。

 で、かんしゃさいのころか、ひょっとすると雪が降り積もって戦争どころではなくなるまで帰ってこない。もちろん、まぞくをげきたいしてしまえば別だけど、それはむずかしいらしいもの。

 雪で身動きがとれないときに、まぞくがニザロース王国にせめこんできたら困るから、そうできないように、夏のあいだにできるだけたたいておかなければならないんだって。

 つまり、これから何年ものあいだ、おとうさまは一年の半分以上も戦争に出かけておるすになるんだ。

 なんだかちょっとさびしい。



三三〇年感謝の月二日


 おとうさまたちが帰ってきた。

 戦いは人間のがわが優勢だったそうだ。それで、感謝祭にまにあうように帰ってこれたんだって。

 そう聞いて大喜びしてたんだけど、ふと気がつくと、うばやとテイトが目立たないところで泣いている。ラーブがわたしより先に気がついたみたいで、声をかけにくそうにしてじっとみている。

「どうしたの?」

 ラーブにたずねると、「だれか戦いで亡くなったらしい」という返事が返ってきた。

 どちらも小声だったんだけど、わたしたちの話し声に気がついたみたいで、うばやとテイトがふり返った。

「まあ、申しわけございません。お見苦しいところをお見せしまして……」

「ううん。それより、どなたが亡くなったの?」

「わたくしの亡き夫の弟、この子にとってはおじにあたる騎士のグスタフでございます。兄弟そろってまぞくとの戦いで亡くなるというのも、運命なのでしょう」

「兄弟そろって……? じゃあ、うばやのだんなさまも?」

 うばやはうなずいた。

「ひめさまが赤ちゃんのころ、まぞくとの戦いで亡くなりました。まかいの門が閉ざされる少しまえに」

「じゃあ」と、ラーブがいたましそうにいった。

「テイトも父上を亡くしてたんだ。わたしよりも小さいときに」

 テイトはほほえんだ。

「でも、戦争で父親を亡くしたのはわたしだけじゃありませんし、おじが父のかわりに気にかけて、かわいがってくれましたから」

 そういうと、テイトは下を向いた。なみだがゆかに落ちたのがわかった。

 テイトはおとうさまだけでなく、おとうさまがわりだった人まで戦争で失ったのだ。

 ショックだった。みんな、戦いに勝ったってうかれてるけど、戦争では人が死ぬのだ。戦いの喜びのかげで、泣いている人が何人もいるのだ。

 おとうさまはぶじに帰ってきてくださったけど、わたしだって、おとうさまを亡くしたかもしれないのだ。

 そう思うと、戦争がものすごくこわくなった。



三三二年若葉の月七日


 こわい熱病がはやっているらしい。ラーブのおかあさまが亡くなったのと同じ病気だ。春にときどきはやる病気なんだって。

 三年前には、病気がはやったのはかぎられた地域だけで、シグトゥーナの都にはほとんど病人は出なかったようだけど、今年は都でもはやっているらしい。

 いやだなあ。戦争のうえに、疫病だなんて。



三三二年若葉の月二十一日


 おかあさまが熱病でたおれた。わたしとラーブは、病気がうつるといけないから、そばに近寄ってはいけないといわれた。

 ラーブは「いやだ」といった。生みのおかあさまが亡くなったと聞かされたときのことを思い出したんだと思う。

 わたしだっていやだ。もしも、このまま、おかあさまが……。

 いやだ。書いていてこわくなってきた。せめて、おとうさまがいてくださったら……。でも、おとうさまは戦争にいったままだ。

 お願い、死の国の女神様。おかあさまを連れていかないで。



三三二年花の月八日


 おかあさまが亡くなった。

 それに、はじめて知ったんだけど、看病していたうばやも同じ病気でたおれて、おかあさまよりほんの少し前に亡くなったんだって。

 わたしとラーブとテイトは、三人でよりそい、だきあうようにして泣いた。

 わたしたちはきょう、三人そろっておかあさまを亡くした。ラーブなんて、生みのおかあさまといまのおかあさまと、二人のおかあさまを同じ病気で亡くしたのだ。

 おとうさまは遠い戦場で、いらっしゃらない。おとうさまがおかあさまの死をお知りになるのは、秋になって戻ってきたとき。

 もしも、戻ってこなかったら……。こんなこと考えたくはないけど、もしもおとうさまが戻ってこなかったら、わたしはひとりぼっちになってしまう。

 いえ、ラーブとテイトと三人ぼっち。だきあって泣きながら、世界でわたしたちが三人だけになったような気がした。

 いや、よく考えたら(考えなくても)、三人ぼっちってことはないんだけど。わたしには遠くにだけどおじいさまとおばあさまがいるし、ラーブにはおにいさまがふたりいるし、テイトにはおにいさまと妹がいるし。

 でも、そのだれも、そのときその場にいてくれなかったから……。広い世界に三人だけでとり残されたような気がした。

「ラーブとテイトはずっとそばにいてね。どこにもいかないでね」

 しゃくりあげながらそういうと、ラーブとテイトがうなずいた。それで、二人ともわたしと同じ気持ちなのだとわかった。



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