普通になりたい
多分其の所為で記憶が飛んでるんだろう。
四十年前後の記憶が飛んでるとは思わなかったが……。
考えても仕方ないし黙っておく。
なお半グレの男は倒れた僕を見て顔を青くして逃げ出したとの事。
逃げるぐらいなら最初からするなと言いたい。
話しを聞くと半グレは定期的に此処を襲ってるらしい。
そのメンバーは大体決まってるみたいだ。
僕を襲った奴はその一人みたいだ。
普通どんな被害を受けるか聞いてみたら大体は腕とか足を殴られる程度らしい。
運悪く頭を殴られたのは僕と田中と言う人だけらしい。
田中。
「田中って誰です?」
「ああ~~あの爺さんだ」
クイッと親指で指す。
「うめえ~~~」
其処には陽気にちゃんぽん酒を飲んでる眼鏡を掛けた爺さんがいた。
七十代後半位で髪は白髪。
垢だらけで皮膚が変色し嫌な臭いがするが人懐っこい顔をする爺さんだ。
「あ~~あの水炊きの御爺さん」
「水炊きって……」
ホームレスの人が呆れる。
「田中さんの水炊き天下逸品だなっ!」
「そうか~~」
因みに田中さん僕の先程食べた鶏を絞めて水炊きにしてくれた人でも有る。
「もうそろそろ寝るか~~」
「もうか?」
「明日また仕事を探すからな」
「お疲れさん」
そんな田中さんだが程好く酔ったらしく自分のダンボールハウスに帰っていく。
襲われたというのに呑気な爺さんである。
「ねえ?」
「うん?」
「そんな事が有るなら住むところを替えれば良いんじゃないの?」
「あ~~都会で路上生活が出来る所は限られているだよ」
「はあ~~」
「しかも他の良い所は全て他のホームレスが押さえているし」
「多いんですかホームレス?」
「まあな~~この間流行したスウ風邪の影響でな」
「スウ風邪?」
「それも覚えてないのか?」
「はあ」
「世界中で爆発的に流行しただろう恐ろしいまでの感染力に誇る伝染病」
「生憎……」
「はあ~~それで非常事態宣言が発動し外出禁止令がでて多くの失業者がでたろうが」
「はあ」
「あ~~そのせいで多くの失業者を出してホームレスが大量に増えたんだ」
「成程」
「此処だって熾烈な場所争いで確保した場所だからどうしても皆動きたくないんだ」
等と他のホームレスは言う。
ふむ。
理由は分かるけどね。
僕は違う。
記憶を失う前なら兎も角。
今の僕は物騒な所から逃げ出したい。
いやもっと言えば普通になりたい。
切実に。