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長い夢を見ていた気がした。
目を開けるとアシャの顔が真上にあって、ユーノはなぜか無性に切なくなった。
「気がついたか?」
アシャが優しく尋ねてくれる。
「5日間も眠ってたんだぞ」
「こ…こは…?」
「『氷の双宮』だよ」
アシャのことばに辺りを見回すと、同じような清潔なベッドに幾人かの少女が横になって昏々と眠っているのが目に入った。
「『銀の王族』だ」
ユーノの疑問を読み取ったように、アシャが応えた。
「洗礼を受けた後の休息だよ」
「私は…」
「おまえは、もう少し復調してからだ」
「ふくちょう……。……っ」
突然、安堵が湧き上がった。ミダス公の花苑でのことが次々思い浮かび、自分の命が助かったのだということが信じられなかった。無意識に熱いものが目から溢れ伝い落ちていく。アシャが悩ましげに眉を寄せ、そっと指先で涙を拭ってくれながら尋ねてくる。
「何を泣く…?」
「だって…」
(もう、あなたに二度と会えないと思っていた)
「だって……」
溢れる涙が止まらない。アシャの指を果てなく濡らす。
「だ…って…」
(また、会えた)
ことばにならない。
死の黒い予感が幾度も体を駆け抜けていったのを覚えている。体が冷たくなり、心が竦んで凍え、意識が闇に吸い込まれていこうとするたびに、暖かいものがユーノを引き止めた。金の、眩い金の光……それに抱かれて、ユーノは長い長い、時の旅をしてきたような気がする。
「起きられるか?」
「ん…」
アシャの手を掴む。
(あったかい)
涙がまた意識しないまま零れ落ちる。
(生きているって、あったかい、んだ)
今まで剣の切っ先で切り捨てた命も、こんな風に温かいものだったのだろうか。いや、確かにそうに違いない、浴びた返り血の冷たさに惑わされていただけで。
さっきまでユーノが味わっていた深く冷たい闇と、この光の現実を、きっと倒してきた相手も味わってきたのだろう。今ユーノ一人が味わっている命の実感が、これまでユーノが対して来た全ての存在にあったはずだろう。
それらの命を、ユーノは奪い、失ってきた。
「…っ」
愚かしいことだ情けないことだ、それ以外の方法を思いつかなかった、考えている暇などなかった、戦わなければユーノはこの理解さえも得られず死んでいたのだから、だが。
「……っく…っ」
「ユーノ…」
「アシャ…っ」
本当に、何ともならなかったのかな。
本当に、他に方法はなかったのかな。
カザドを敵と見なし、効果的に始末するために挑発したこともある、仕掛けたこともある、だが、それは本当に必要だったのか。
「私…っ」
揺さぶられた心の奥を泣きながら覗き込んでいくと、小さな小さな泉が見えた。
暗闇の中、微かな光を放ちながら、今にも途切れそうになるほど少ない水をかろうじて湧き上がらせている泉。
だが、その泉をまるで干上がらせようとするような、激しい紅の視線を感じる。
その前で、ユーノは剣を抜くこともできずに竦んだ。抜けば自分と同じ、相手にもある命を断つ。その覚悟なしに剣は抜けない。
ユーノは本当に、相手の命を奪う覚悟を決めていたか?
それがなければ、相手を制圧しても、自分の中にあるこの泉に振り向くことができなくなる、そうわかった。
セレドのために戦っていた。家族のために戦っていた。死にたくないから戦っていた。けれど、どこかで振り回した剣が当たっただけだと言い訳をしていなかったか。恐怖に無用な剣を突き出さなかったか。
向かうべきは周囲の敵ではなく、泉が絶えるかも知れないと竦む自らの恐怖そのものだったのに。
(命を奪わないためにどうすればいいか、考えることだったのに)




