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ラズーン 3   作者: segakiyui
11.ラズーン

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97/115

6

 部屋には重い沈黙が満ちていた。

 どの目も、ジノの手の、第三弦と第一弦の切れてしまった立風琴リュシを食い入るように見つめている。

「姫さま……一体…?」

 ジノは、突然、リディノ、ミダス公、それに二人の客人を襲った緊張と脱力感のないまぜになった雰囲気がわからず、問いかけた。びくっと細い肩を震わせ、リデイノが桜色の唇を開く。

「あ…」

 なんでもないと言うように笑おうとしたその目から、大粒の涙が零れ落ちるのに、ジノははっとした。

「姫さま?!」

「……ごめんなさい、ジノ…」

 リディノは震える声を励ましながら続けた。

「ただ…嫌な予感がしたの……前に、その第三弦が切れたとき、ユーノが花苑で深手を負ったから……また…」

 その先をリディノが続けられるわけもなく、彼女は唇を押さえて目を伏せた。零れ落ち続ける涙は紅潮した頬を滑り、ドレスの上に転がる虹の粒となった。痛ましく辛く、最愛の主が泣く姿を見ていたジノは、立風琴リュシを置き、低い声で彼女を慰めようとした。

「姫さま……姫さまが嘆かれることはないのですよ……お優しい姫さま……リディノ姫…」

「ウタビトさん」

 不意にことばを遮られ、ジノはむっとして向き直る。声の主の意外さにリディノも目を上げて振り返る。てっきり声を殺して泣いているとばかり思ったレスファートがむくりと体を起こして、ジノに呼びかけている。

「ぼくに…今の続き、教えて」

 泣かなかったわけではないらしく、アクアマリンの目はどこか不安げな影を宿し、潤んでいる。だが、少年は揺らがぬ口調で、応えぬジノに向かって再び呼びかけた。

「死が人のウンメイなら、から」

「しかし…」

 ジノは顔を歪めて渋った。

立風琴リュシの第一弦が切れた今では…」

「教えて」

 レスファートは頑なに繰り返した。じっと見ていたミダス公が、どこか重苦しい声音で遮る。

「今、うたを習ってどうするのだ、少年よ」

 きっ、と、レスファートは正面からミダス公を睨みつけた。応えずに、ジノに向き直る。

「それを訊いて、どうしようってんです?」

 イルファがレスファートのことばに何かを感じたのだろう、少し改まった口調で口を挟む。ミダス公は疲れたように見つめ返し、一言、

「『運命』には逆らえぬ…」

「ウタビトさん、教えてよ」

 イルファとミダス公の会話に頓着せず、レスファートは頼み込んだ。一途さに押されて、リディノがジノに命じる。

「ジノ」

「…はい、姫さま」

 ジノも諦めた。

「では、レスファート様、私の詩う通りに繰り返して下さい」

「…」

 こっくり頷いたレスファートの意図はわからない。けれどもリディノが詩えと言うのなら、それに逆らう意味はない。立風琴リュシの第二弦をかき鳴らし、音をとり、調子を合わせて詩い始める。

「死が人の運命なら…」

「死が人のウンメイなら…」

 高く澄んだレスファートの声が、ジノの声を丁寧になぞる。

「生も又、人の運命…」

「生も又、人の運メイ…」

「過ちが人の宿命なら

 悔いも又人の宿命なち…」

「過ちが人のシュクメイなら

 悔いも又人のシュク命なり…」

 たどたどしい子どもの声音が、ジノの豊かな声をすがるように追い、抜き去ろうとするように駆ける。

「ラズーンは滅び

 失われた都として…」

「ラズーンは滅び

 失われた都として

 セキヒの中に忘れ去られる時にも…」

「……忘れ去れる時にも

 命はひそやかに芽吹くであろう

 石碑の側に

 瓦礫の中に…」

「命はひそやかに芽吹くであろう

 石ヒの側に

 ガレキの中に…」

 レスファートは本物の詩人ウタビトのように、膝を組んで目を閉じて詩った。

「…そして

 再び創世の時は来りて…」

「…そして

 再びソウセイの時は期足りて

 世は人の命を…」

「世は人の命を紡ぎ

 人は命の綾を織りなし

 手をつなぎ

 心を結び

 慈しみあい

 愛しあい

 命の綾は世を生まれ続けさせるのだ…」

 追いかけてくるレスファートに、まるで詩を奪われかけたような想いで、ジノは最後まで一気に通した。

 だが、レスファートはその後を続けない。

「レス?」

「詩えるんじゃないか」

 リディノの声に、レスファートは静かに目を開いてジノを見返した。

「……!」

 ジノは思わず少年を見直した。レスファートはきゅっと眉を寄せて言い放った。

立風琴リュシがなくても詩えるじゃないか!」

「レスファート様…」

「どの弦が切れたって、詩はうたえるんだ。だって、詩うのは立風琴リュシじゃなくて、あなたなんだもん!」

 すっくと立ったレスファートはジノの手の立風琴リュシを取り上げた。呆然と奪われるままになっていると、同じく涙に濡れた目を見開いたままのリディノを振り返ったレスファートが、

「これは、ユーノじゃない。弦が切れたって、立風琴リュシが壊れたって、ぼく、ユーノを見るまで信じない!」

 言うや否や、手に切れた弦を巻き付け、くっ、と力任せに引き千切った。小さな手に弦が食い込み、紅が散る。その雫を拳に握りしめたレスファートの目から、やっと涙が零れ落ちた。

「ぼく、ユーノをむかえに行くんだ。ユーノが帰ってきてくれないなら、ぼくがむかえにいくんだっ!」

「レスッ!」

 叫んで走り出すレスファートを、イルファは跳ね起きて追いかけて行った。


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