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ジノはしばらく黙って立風琴をかき鳴らしていた。
小柄な体が緩やかに揺れている。旋律を瞼の中で追っていたらしい閉じた目が、少し開かれた。首を傾げる。頬に黒髪がさらさらと流れ、頭に巻いた布の端が肩から滑り落ちて垂れた。
それを軽く払って、ジノは再び、六番目の音を高く激しく、まさに時を刻むように鳴らしながら詩い始めた。
「…星は『太皇』を選びたり
そしてまた
視察官を選び
『銀の王族』を選びたり
生命は再び芽吹き
喜びの声を上げて世に散り
そして
ラズーンはこの世の統合府として臨む
聖なる宮は『氷の双宮』として
神のおわす場所となる
ラズーンの白き壁の中
世は始まりたり
古き伝えはことばを添えり
産めよ
増やせよ
地に満てよ、と……」
鋭く鳴り続けていた六番目の音が、次第に穏やかな響きになった。他の弦の音に混じり出し、それらの音と入れ替わり立ち替わり人の耳に届くようになり、やがて、全くその響きを消していった。
柔らかな第一弦、第二弦、第四弦、第五弦、音が交差し、夢を紡ぐ。さらさらと流れる黒髪に光が躍り、淡い陶酔の表情で、ジノは打って変わった眠たげな声で詩い出した。
「…ラズーンは
失われた都
枯れた泉
死して飛ばぬ人の夢
全ての栄えがさもあるように
永遠に続く栄えはない
いつしか
美しきこの都も
朽ち果て
大地の上に横たわらん
しかし、世は続く
人の命は続く…」
声が次第に豊かな情熱をたたえ始めた。ジノの日に焼けた頬が、高揚する気持ちを示してか、熱い血の色を昇らせ始める。
「…死が人の運命なら
生も又人の運命
過ちが人の宿命なら
悔いも又人の宿命なり
ラズーンは滅び
失われた都として
石碑の中に忘れ去られる時にも
命はひそやかに芽吹くであろう
石碑の側に
瓦礫の中に…」
ジノはきつく目を閉じ、うなじを伸ばした。おそらくは山場、気力を溜め直し、一気に最後まで詩い切ろうとする。
「………そして
再び創世の時は来たりて
世は人の命を紡ぎ……!!」
唐突に、詩が切れた。
「どうしたの?」
訝しげに尋ねるリディノに、ジノが呆然と呟く。
「第一弦が…」
「え…?」
リディノの目に、第一弦が弾け切れた立風琴が映った。レスファートがびくりと体を強張らせ、イルファがぐっと唇を引き締める。
「お許しを、姫さま」
ジノは青ざめたリディノの顔を見つめ、深々と頭を下げた。
「時を刻む弦が切れては、『創世の詩』どころか、どんな詩も歌えません」
「どんな……詩…も…」
リディノはへたへたと座り込んだ。
「ユーノ!」
アシャは叫び声を上げて水槽の蓋をはねのけた。
さっきまで水色の液体の中央に浮いていたユーノが、ぎゅっと唇を引き締め歯を食いしばり、苦悶の表情を見せたかと思うと、がぶりと肺の中の空気全てを吐き出すように息を吐いて底に沈んだのだ。
「ユーノ! ユーノ!」
叫びながら、濡れ鼠になってユーノを抱き上げる。ぐったりと抵抗なく抱かれた体は妙に頼りなく、この両腕の間から溶け落ちていってしまいそうだ。額の輪を取り除く。びくっと体を強張らせたユーノがもがくように睫毛を震わせる。
「アシャ…」
「お許しを、『太皇』!」
背後からの声に、アシャは振り返らぬまま叫び返した。選択肢など始めからなかった。たった一つの可能性に挑んだのは、ただただ取り戻したいがためだった。
「私にはユーノを放っておくことはできない!」
息を吐いて目を閉じる。瞳の奥に弾ける黄金の色、体から滲み出すエネルギーの気配、一気に広げてユーノを包む。
(頼むから)
アシャは歯を食いしばりながらユーノの濡れた頭を抱き寄せた。たちまち冷えて来る体をマントで覆ってしっかり抱き締め、抱え込んだ頭に頬を押し当てる。なお固く目を閉じ、精神力を注ぎ込む。
(頼むから目を開けてくれ、ユーノ)




