7
太古生物と呼ばれる数々の魔物がなぜこれほど復活しているのか。
なぜこの動乱に対して、ラズーンは軍を繰り出したり視察官を再配置したりして統治を強めるのではなく、各国から忠誠を証する者を集めるなどという、あやふやで意味のなさそうな策を採ったのか。
しかもこの四大公、『羽根』と呼ばれる精鋭らしき軍を備えながら、なぜ世界の混乱に動こうとせず、どちらかというとひたすらにラズーンの守りを固めるかのように動かないのはなぜか。
ならば、それだけ守らなくてはならないラズーンとは、そもそも何なのだ。光と影の統治方法をうまく動かしている大きな国、それだけなのか。それとも、何かもっと別の、意味を含んだ存在なのか。
イルファの何げなさそうな問いには、もっと大きな何かがあるのではないのか、そういう揶揄も含んでいる。
「……『太皇』は指示を与えられます。それにより、ラズーンをまとめられています。以前はかなり強く指示されることもあったと聞きますが、最近は『運命』の暗躍もあり、それほどはっきりした指示がでるわけではありません。それに…」
ミダス公はカリッと音をたてて、ラクシュを噛んだ。
「ラズーン全体がこの世を治めているわけではないのです。ラズーンの中で、私達四大公の分領地一つ一つは、諸国の一つ一つと同様、ラズーンという名を持つ諸国の一つに過ぎない、とも言えます。…………『太皇』が治めている内壁の中こそが、ラズーンの中のラズーンなのです」
「……」
イルファは酒を呷った。
ミダス公のことばは多くを語っているようだが、その実、ほとんど重要なことについて語っていない。それはミダス公自身が本当によくわかっていないのか、それともイルファに話すべきではないと思っているのか。
「視察官はどういう位置にあるのですか」
「ああ…」
ミダス公は穏やかな微笑を返してきた。
「彼らこそが『太皇』の直属の配下と言えるでしょうな。彼らは四大公の誰にも属さない『中間者』ですし、私達四大公にとっては、迎え、もてなすべき客、『太皇』からの使者でもあります。……もっとも、『運命』が造反するまでは、彼らもあまり楽しくはない相手ではありますが、密使であり、客でした」
「え?」
イルファはミダス公の顔を見直した。
「ってえと、あいつらもここに来たことがある? あなたが客として遇したことがあるということですか?」
「『運命』はラズーンの重要な部分でした。けれど…」
少しためらい、声を低めて続ける。
「自分達こそ、この世界を治めるべき存在であると…その資格があるのだとして、『太皇』に反旗を翻したと聞きます」
「仲間割れ…と言えばよくある話だが」
しかし、その自分達にこそ『資格』がある、というのは面白いな、とイルファはごちる。
「『運命』の王だという、ギヌア・ラズーンが言うならわかるんだが」
ギヌアが、自分の力量はアシャより上だ、だからこそ、この世界を統治する権利が自分にある、というのならわかる。しかし『資格』ということばはもっと違う感じがする。
(まるで、自分達の統治が一番自然なこと、そういう感じがするぜ)
だが、現実は彼らに統治は任されていない。その辺りに何かありそうだ。
「そうですな…あの方は彼の名が示す通り、かつての第二正統後継者ですから」
ミダス公の瞳が一瞬翳った。
「ま、どっちにせよ」
イルファはぽん、と放り投げたラクシュの実を掴み、空になった酒のコップに落とした。酒に塗れる黒い実ににやりと笑う。
「あいつらとはぶつかるしかねえ。何せこっちは、アシャの味方につくと決めちまってますからね」
「…」
ミダス公は曖昧な笑みで応じた。




