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(どうして、ユーノは帰ってこない?)
レスファートは窓に腰掛けたまま、そっと外に手を伸ばした。指先に、尾の長い鳴き鳥が止まりに来る。
(好きだっていったのに)
レスファートは心の中で呟いて、その手を引き寄せた。リリッ、リリリュッ…とさえずり続ける鳴き鳥に唇を寄せる。その頭にも肩にも、まるでレスファートを慰めるように次々と鳴き鳥が舞い降りてくる。
(どうしてユーノは帰ってっこない?)
膝に乗った鳴き鳥の背に、ぽとりと光るものが落ちた。
「リッ!」
鋭い声を上げて鳴き鳥は驚き、ばたばたと飛び去った。促されたように、レスファートの回りにいた鳴き鳥が一斉に飛び立っていく。
「あ!」
行かないで。
手を伸ばしたレスファートの体がぐらりと前へのめった。
「レス…きゃっ!!」
「わ!」
危うく窓から落ちかけたレスファートを背後から抱きとめ、リディノがほうっと息を吐く。
「危なかったわね……だめよ、こんな所に座って…」
優しくたしなめかけたリディノが、振り向いたレスファートの目が涙で一杯だったのに驚いたのだろう、口を噤む。
「泣いてたの? レス」
柔らかな問いに、より心が緩む。
「……ユーノが帰ってこない…」
訴えると、開いたままの目から涙が溢れ落ちた。
「もう3日もたってるのに…」
「レス…」
リディノはそっとレスファートを抱き降ろし、一緒にしゃがみ込む。
「大丈夫よ」
「……ぼくに……追うなって……ぼく……ユーノの側にいたい…」
大声で泣き出しそうなのを必死にこらえる。心の中に空洞ができる。それが恐ろしい早さでどんどん広がっていくのを、震えながら何とか食い止めようとしてまくしたてる。
「ぼく……ユーノの側にいたいの! はなれてるの、いやなの! ユーノ、あきらめるのいやなの! ユーノ死んじゃったら……死んじゃったら……」
零れそうになることばを下唇を噛んで押しとどめ、黙り込む。だが、圧力は強い。黒くて重い不安がたれ込めて来る雲のように心を覆い、竦むレスファートを呑み込んでいく。がっくりと肩を落とした。
「ぼく……いくところ…ない…」
「レス……レス…」
痛々しいという風情で、リディノがレスファートを引き寄せた。椅子に座り、抱え上げ、膝に引き上げてくれる。何度も頭を撫でてくれる。
「大丈夫よ。アシャ兄さまが一緒だもの。アシャ兄さまが……ね、レス」
「アシャが…」
レスファートはぐっと息を引き、呑み込んだ。
そうだ、どうしてそれを忘れていたのだろう。
「うん…そうだ。アシャの側だったら、ユーノ、楽なんだ」
思い出すと少し元気が出た。にっこり、頑張って笑ってみせる。
「胸が痛くなってもいいんだ」
「え?」
ふ、とリディノが眉を寄せた。少しためらいながら、そっとことばを継ぐ。
「レス……あなた、人の心がわかるのよね」
「うん…すこし」
ふいに気配の変わった相手にレスファートは戸惑う。
「ユーノはアシャを好きなの?」
「……よく……わかんない…」
ユーノが大丈夫かどうかという話が、なぜユーノがアシャを好きかどうかに繋がるのかわからなくて、首を傾げた。
「でも……アシャは…」
ユーノはどう言っていたっけ、と一所懸命に思い出す。
「レアナって言う人を好きなんだって」
「レアナ?」
リディノの声が妙に強くなったように感じる。
「うん…それで、ユーノが痛いの」
問われている内容がよくわからないが、それでもユーノの胸が痛くなることから話は始まったはずだから、と急いで付け加える。
「でも、アシャといると、あったかいって」
「レアナ……あ」
リディノははっとしたようだ。
「セレドのレアナ?………セレドの第一皇女……だから…ユーノ…」
リディノは眉を潜め、切ない表情になったが、次にはもっと厳しい、苦しげな顔になった。
「そう……アシャ兄さまは……レアナが……」
「リディ? どうしたの?」
リディノの心がふいに滲んだように揺らめくのをレスファートは感じ取った。鮮やかで華やかな印象が、あっという間に雨に打たれた花が散るように乱れていくのに不安になる。
そのレスファートをきゅっと抱き締め、リディノは巻き毛を揺らせて首を振った。
「何でもない…何でもないのよ、レス…」
瞳を堅く閉じた意志を裏切って、光るものが溢れ、リディノの頬を伝うのを、レスファートは呆然と見つめた。




