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ラズーン 3   作者: segakiyui
10.『氷の双宮』

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3

 そびえ立つ白く滑らかな壁は、侵入者を冷たく拒んでいた。

 『氷の双宮』。

 ラズーン統合府の頂点『太皇スーグ』の直轄地、言わばラズーンの謎を全て含んでいる地である。

 その壁に、アシャは傷ついたユーノを抱き上げたまま、向き合っている。

「ユーノ?」

 風に混じるような低い囁きに、ユーノは目を開けない。が、微かに緊張を取り戻す体が、彼女の命を何とか繋ぎ得ていることを教えていた。だらりと下がった指先の先から、ポトポトと音を立てて血が滴る。振り向けば、来た道に点々と血の跡が続いているのだろうが、アシャは振り向かなかった。

 じっと、目の前の、見事な浮き彫りの施された扉を見つめる。

 2人並んで入るのがぎりぎりの、小さな扉だった。

 門兵は夜でも外に居なかったが、その扉が並の人間には開けられないことを、アシャは熟知している。内から開けることができるだけで、外からは開くことはできない。

「…」

 視界に閃光が走ったような感覚があった。体の輪郭がぼやけて一瞬揺らぎ、じわじわと金色のオーラが滲み出てアシャを包んでいく。皮膚の表面に高エネルギーが発するちりちりとした波動を感じる。オーラは、アシャ自らを侵食する前にふいに翻った。外へと広がってあたりの闇を払っていき、眩く煌めく金の粉のような光を振りまいていく。

 やがて上下左右に充分に広がり、密度を増したオーラが、触手のように一方に伸び始めた。白い扉に生き物のように忍び寄り、触れ、何かを確かめるように表面を撫で摩り、続いて密度の濃い輝きを、次第にもっと華やかで激しい、燃え上がるような黄金の輝きに変えていく。

 どれほど時間がたったのだろう、今や扉をぴったりと覆った金のオーラが、何ものかに押し縮められたように濃度を増し、凝縮した。ぎらぎらと光る猛々しい色になって、まるで古くからの呪文で閉ざされた扉を破るように、扉を内側へと押し広げ始める。

 アシャの視界は輝く黄金の光に呼応するように、白銀の炎が躍りのたうっていた。炎が爆ぜる、その続け様の爆発を見つめているように光輝に満たされる。

 この夜に、アシャの姿を見た者が居るとすれば、彼はきっと、ラズーンの性のない神を見たと触れて回ることだろう。金のオーラに包まれ、金褐色の髪を逆立たせ、紫の目は炎を映して見開かれ、上気した頬に呼応する紅の口に、凄まじい笑みを浮かべている鬼神であった、手に抱いた少年とも少女ともつかぬ幼き者を、その生贄として攫ってきたばかりのようであったよ、と。

「…」

 つう、とアシャの額から一筋の汗が流れ落ちた。

 ぎりぎりと無理矢理に広げられていく扉が、ようよう一人が通れるほどの隙間を作る。オーラが絡み付き、扉に沿って滴り落ち、扉を開いたままの場所で固定する。

 アシャは歩き出した。眠っている子どもを起こすまいとするような、忍びやかな足取りで扉の間を擦り抜ける。

「う…」

 ユーノが小さく身動きして、顔を背けた。はあっ…はあっ…と、途切れそうになっては続く儚い呼吸に抗うように、胸が大きく上下している。

 労るようにそれを見つめたアシャは、壁の中に入ってしまうと、オーラを消した。吹き上がるときは時間がかかったが、一瞬にして自分の体に吸い込まれて消える金色の光、背後で音もなく開かれていた扉が閉じる。

 もし、多大な期待を持って、この壁の中を覗き込んだ者が居たとしても、それはあっさりと裏切られただろう。

 そこには、妙な形の建物も尖塔も、不思議な色合いの石も異形の樹木もなかった。壁の外とほとんど変わらぬ石畳は、出入りが少ないせいか、ひどく艶やかで光沢があったが、それ以外は全く当たり前の、ごく自然な景色だ。

 正面に清らかな水に円弧を描かせる噴水がある。滑らかで美しい曲線で水を噴き出し続け、涼しげな風を起こすとともに、爽やかな水の匂いを周囲の空気に満たしている。

 『泉』

 ラズーンの象徴だ。

 その円形の噴水を取り巻き、壁の内側に沿うように、外と似たような街並が続いていた。素材は石畳と同じような白っぽい石、ものによっては桜色がかっていたり、水色がかったりしているが、大抵は純白に近い白さを保っている。

 街並が極まる先に、どっしりとした巨石によって造られた宮殿があった。それも二つ、上空から見下ろせば、ほぼ正方形の、壁一面に溢れ逆巻く水の流れを浮き彫りにした、同じ作りの宮殿が、視界の端と端に、まるでお互いがお互いを鏡とするかのように建っている。

 ラズーンの『氷の双宮』。

 『銀の王族』が集められる所だ。

 もし、この街におかしなことがあるとすれば、それは余りにも人の気配がないことだった。夜とは言え、そして家々には明かりが灯っているものがあるというのに、人の持つ生命力の息吹が全く感じられない。

 それを見て取ったアシャは憂いを込めて目を細めた。

 この奇妙な静けさは、言い換えればラズーンが二百年祭を迎えて、その生命を失いかけていることの暗示でもあった。

(枯れてしまった『泉』)

 ラズーンは、死に絶えようとする世界を、何とか生き返らせようとする大いなる『泉』であった。しかし、それを保つ努力は困難であり、二百年を迎えるごとに、ラズーンはその活力を失いかけた。

 その『泉』を復活させるためには、呼び水が必要だった、『銀の王族』という、生きた、活力に満ちた水が。

 アシャが居た頃は、ここはまだ活力の源だった。今夜のアシャのような闖入者をそのまま捨て置くことはなく、すぐに門兵が現れたものだ。

 だからこそ、アシャは視察官オペとして諸国を巡ることを望み、この国を出ても大丈夫だと思ったのだ。


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