表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 3   作者: segakiyui
10.『氷の双宮』
84/115

2

「イルファ!」

 ミダス公邸には、明々と光が灯っていた。慌ただしく、白銀の武具をつけた『銀羽根』が出入りしている。

 入り口に馬を止めたイルファに向かって、転がるように駆けて来たレスファートは、必死の面持ちでイルファを見上げた。

「ユーノは?! アシャは?! ねえ、ユーノは?! ユーノは?!」

 矢継ぎ早に切羽詰まった声で尋ねる。

「『氷の双宮』だ」

 イルファは顔をしかめたまま馬から降り、気を失っているセータを引きずり降ろした。がっしりした肩に荷物のように担ぎ上げ、歩き出す。

「『氷の双宮』?」

「ああ」

 イルファはむっつりと頷いて、ためらいがちにレスファートに言い渡した。

「アシャから伝言だ。『ユーノを追うな』と」

「え…」

 イルファは立ち竦んで、澄んだアクアマリンの瞳でイルファを見返した。

「ユーノを…追うな…?」

 鋭い光が、二度三度、その目を過っていく。そして突然、或いはイルファの心を捉えたのか、少年はことばの意味を理解した。

 見る見る滲んでくる涙に唇を噛む。

「そう、なの…?」

 掠れた声が問いかける。

「ユーノが…ユーノが…」

 光の粒が次々と滑らかな頬を伝わっていく。泣きじゃくり、大声で詰られるか、この前のように周囲から心を閉ざしてしまうかと案じていたイルファはほっとして、レスファートの頭の手を載せた。そっと出て来た方向へ押しやる。

「さ、入ろう。俺にはもう少し仕事がある」

「…ひっ」

 レスファートがしゃくりあげる。

「イルファ……ユーノは……どうしたの?」

 青ざめた顔に強張った表情を浮かべて、入り口に立ち竦んでいたリディノが、何とかしっかりしようとするようにこぶしを握りしめて問いかけてくる。

「それは……視察官オペセータ…」

 リディノの背後に立っていたミダス公が、イルファの肩の男を見て、呆然とした顔になった。信じられない様子で、両手を開き、首を振ってイルファを見る。

「一体どうして……セータが…」

「裏切りですよ」

 イルファは苦々しく吐き捨てながら近寄っていく。空き家の床で呼吸を荒げながら、半死半生で横たわっていたユーノの姿が脳裏を過る。胸に不愉快な熱いものが湧き上がってくる。

(女なんだぞ)

 アシャの話では、槍傷を抉っていると聞いた。

(女苛めて、何が楽しい!)

 イルファにしてみれば、女は時に扱いづらい存在だが、男の楽しみであり喜びだ。ユーノは確かに、いささかその範疇から外れてはいるが、剣の腕には一目置いているし、思い切りのよさ、妙なところに固執してぐちゃぐちゃ言わないあたり、女を越えた部分でも気に入っている。

「それを……どうして…」

 ミダス公のことばに、イルファは苛立って相手のどこか曖昧な顔を睨んだ。

「こいつがギヌアって奴と組んで、ユーノを襲ったんですよ。視察官オペの中に裏切り者がいるっていうんで、アシャが網を張ったのに引っ掛かったんです」

「『氷のアシャ』…」

 ミダス公はユーノを襲ったのが、他ならぬ視察官オペであるということに少なからずショックを受けたらしく、ますます強張った顔で続けた。

「さすが……ですな」

「それで、ユーノは?」

 華奢な見かけ以上に気丈なところがあるらしい、リディノが白くなった唇を舌で示して、重ねて尋ねる。

「ユーノは…」

 イルファはリディノに血生臭い話を聞かせてよいものかどうか、一瞬ためらったが、相手のひたむきな視線に溜め息をついた。

「かなり危ないと思います。……アシャは…もって二分八分だと」

「っ」 

 リディノは息を呑んで、口を指で押さえた。たちまち、薄緑の淡い瞳からぽろぽろと涙を零す。

「ユーノ…」

「それほど、か」

 ふいに老け込んだように、ミダス公が呟いた。

「それで……アシャは今どこに」

「ユ…ユーノ…」

 しゃくりあげるレスファートにリディノがそっと手を伸ばし、小さな肩を引き寄せる。涙で溢れる眼で、レスファートは同じように涙ぐんでいるリディノを見上げる。

「レス…」

 リディノが囁いて、拠り所を求めるようにレスファートを抱き締めた。ぐ、っと一瞬詰まったレスファートがわっと泣き出し、リディノの首にしがみつく。お互いの悲しみを抱え合うように泣き始める2人を見下ろし、イルファは重苦しく唸った。

「アシャは今、『氷の双宮』に向かっています。……そこならあいつを…ユーノを助けられるかも知れないと」

「『氷の双宮』に…」

 ミダス公は畏怖を込めた声で繰り返し、闇の彼方に目をやった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ