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ラズーン 3   作者: segakiyui
9.刺客

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80/115

6

「そう、遠くには行けなかったはずだ」

 アシャは机の上の地図を睨みつけた。

「あれからすぐにミダス公の領境に『銀羽根』を手配したが、まだどこからも連絡は来ていない」

「もう分領地を出ちまったんじゃないのか?」

「いや」

 イルファのことばに、アシャは首を振った。

「そんな暇はなかったはずだ。いくらギヌアだろうと、あれほど早くこっちが反応するとは思っていなかったに違いない」

「こっちにレスがいることを忘れてたんだな」

「能力を過小評価してたんだろう。……レスにユーノを探させる手も考えたが」

 アシャは唇を噛んだ。部屋の隅で丸まって眠っているレスファートに目をやるが、首を振りながら続ける。

「ユーノが瞬間に気を失うぐらいだ。ギヌアだったら、傷を抉り直すぐらいのことはやりかねない」

 ぎりぎりと体中を締め付けてくる痛みをしばし耐える。

「そいつは、まずいな、レスがもたん」

 イルファも難しい顔になった。

「ユーノ一人、それもあれだけ出血している人間を、そう簡単に移動させることはできない。まだ、ミダス公の領地から出ていないはずだ。領内中に緊急の告示が回っているから、おいそれとは動けないだろう」

「もし『銀羽根』の中に裏切り者がいたら?」

 イルファの問いは、アシャが何度も考えたものだ。

「可能性はあるが…」

 自分の唇が吊り上がるのがわかった。おかしくはない、楽しくもないのに零れるこの笑みは、縛られ遮られている昏い欲望が満たされるのを待っている、雌伏している獣の笑みだ。

「今夜は動けない。動いたとたんに、自分の命がなくなることぐらいわかっているだろう」

「ふ、ん…」

 机の火皿の灯が揺らめいて、不気味な影を部屋の壁に踊らせる。

「それに……おそらく、裏切り者は視察官オペだ」

 苦いものを噛み潰す声になった。歯ぎしりしたくなる怒り、揺らぐ世界を同じように支え守っているはずの仲間が、こともあろうに、かけがえのない存在を卑劣な手口で奪い去ろうとしている。

宙道シノイの時に、そうじゃないかとは思っていたが」

「とすると、何か」

 イルファはラズーン全土を地図で眺めた。

「今、ラズーンに集まっている視察官オペの中にそいつがいると?」

「ああ」

 アシャは目を細めた。

「ユーノを連れ出すに連れ出せず、どこかに押し込めて、自分は何食わぬ顔で別の屋敷に居るんだろう……そうしているだけで、ユーノは確実に死ぬからな」

 ユーノが死ぬ。

 考えたくないその状況を、己が易々と口にしているのに呆れるが、ことばにためらっているほど余裕はない。今必要なのは、的確な現状把握と残された時間の算定、その間に何をどうすれば、ユーノを生き延びさせられる策が打てるか考えることだけだ。

(もし、そいつを見つけたら)

 アシャは目を細めて、地図をゆっくり見渡した。

(何をしよう?)

 幸い、ここはアシャの本拠だ。全権限がアシャには与えられる。誰の何をどのように扱おうとも、正面からアシャを止められる者などいない。

「ふ…」

 小さく漏らした吐息に、イルファが何か言いたげに上目遣いにアシャを見る。

(もし、それが……ユーノの屍体を見つけた後だったとしたら)

 そいつは何かを考え何かを感じる人間であったことを後悔するような状況になるはずだ。

(俺に自制は期待するなよ?)

 誰にともなく嘲笑する。

 もっとも、今の状態では、ユーノが生きている間に見つけたとしても、そう待遇を変える気にならないが。

「…同情するな」

 ぼそり、とイルファが呟いた。

「ん?」

「ユーノを襲った奴に」

「…どういうことだ」

「おいおい、勘違いするなって」

 じろりと見返したアシャに、イルファがぱたぱたと両手を振る。

「お前がそれほど殺気だってるのを見るのは、初めてだってことだ」

「そうか?」

 イルファの目に浮かんだ恐れに、にっこり笑い返してみせる。さぞ、凄まじい笑みだったのだろう、珍しくイルファがぎくりと身を縮めた。

「だからだなあ…『そいつ』を俺に向けるなって…」

 ぶつぶつぼやきながら、小さく溜め息をつく。

 それには構わず、アシャは再び地図を眺める。

(動け)

 同じ視察官オペの考えること、ユーノを連れて潜めそうな所を、今、片端から『銀羽根』にあたらせていた。それも、できるだけ派手に騒がしく、言い換えれば何か大事があったのだと周囲が噂するぐらいにやってのけろと命じている。

 ユーノがまだ生きている可能性があって、繰り返される捜索に次第に場所が絞られていき、見つかる可能性が大きくなっていけば、裏切り者は危険を冒してでもユーノを隠した場所に走るだろう。ユーノが見つかれば、彼女は裏切り者の顔を知っている。その口から破滅がもたらされるのは必至、何が何でもユーノにとどめを刺そうとするはずだ。

 全てを読み込み、アシャは万に一つの機会を待っている。牙を立てる瞬間に己の力を叩き込むべく、獲物が目の前に現れるまで静かに毛繕いしている野獣。

 首から背中の産毛が勝手に立ち上がっていくような感覚、静謐で残忍な心がふつふつと満ちていく。

(動け)

 包囲網が狭まっていく。その場しのぎの発想の愚かさが、じりじりと襲撃者の心を火あぶりにしていくだろう。

(うろたえて、動け)

 その時が、お前の最後だ。

「!」

 ふいに屋敷の端がざわめいた。

 救いを得たようにイルファが跳ね起き、アシャが戸口を振り返る。

「アシャ・ラズーン!」

 突然開け放たれた扉から、はあはあと息を切らせて、『銀羽根』の一人が飛び込んできた。

「わかりましたっ」

「誰だ」

「セータ・ルムです!」

 駆け通しに駆けてきたのだろう、今にも頽れそうな体を膝に手をついて支え、

「自宅近くの、古い空き家に急いで駆け込んでいくのを見たとのことです」

 知らされた場所は、ミダス公の花苑からそれほど離れていない。何より、手配した捜索は領域周辺からミダス公邸に収束していく形の包囲、セータが駆け込んでいった空き家は、まだ捜索の手が届いていないはずだ。

 そこへわざわざ仲間から離れて単独で駆け込む何があったのか、アシャの命に背いてまで。

 理由は火を見るより明らかだ。

「イルファ!」

「おう!」

 ほっとしたようにイルファが剣を掴む。その側を擦り抜け、ようやく息が整った『銀羽根』に続いて、アシャはイルファと共に部屋を飛び出した。


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