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ラズーン 3   作者: segakiyui
9.刺客
78/115

4

 昼を告げる音は、花苑の中でおしゃべりに興じていたユーノとリディノの耳にも届いた。

「あら…」

「何だい?」

「食事の合図よ。香木を叩くの。行きましょ、ユーノ」

「ああ…」

 頷いて立ち上がろうとしたユーノは、ぎくりと体を強張らせた。再びゆっくりと腰を降ろす。

「どうしたの?」

 不審そうにこちらを見下ろすリディノに、何気なく笑ってみせる。

「ちょっと用を思い出した。先に食事を始めててくれる? リディ」

「え、ええ…じゃあ、なるべく早く来てね、ユーノ」

「わかった」

 片手を上げて応じるユーノに首を傾げながら、花の間を歩み去っていくリディのの後ろ姿をじっと見つめる。気がかりそうに振り返り振り返りして離れていく相手に、強いて笑って手を振る。リディノは頷き、誰かに呼ばれたのだろう、やや足を急がせて遠ざかっていく。

 その姿が視界から消えると、ユーノはゆっくり息を吐いた。

(これで、巻き込む心配はなくなったな)

「もういいだろう?」

 背後に潜んでいる気配に声をかける。

 ぐっ、と無言で、腰のあたりに突きつけられていた剣が押された。

 いつの間に忍び寄っていたのか、寸前までユーノに気配を掴ませなかったところからみて、かなりの遣い手だと思われた。急いで勝負をかけるのは命取りだ。

「わかった」

 答えて、前方に目を据えた。じっとりと汗が滲んでくる。

「声はたてない」

 再び剣が突いてきて、腰の剣へ滑りかけたユーノの左手を制した。

「両手を上げろ」

 低く掠れた声が応じた。

「右手は上げられないんだ」

「日常生活に支障はなかったはずだ」

「!」

(こいつ、知ってる)

 頭の中で思考が目まぐるしく回転する。

 背後の気配がユーノを狙っていることは、リディノが居る時に仕掛けてこなかったことでわかる。何かの理由があって、ユーノ一人を狙おうとしているのだ。

 だが、そもそも、ラズーンの外壁内で命を狙われるということが妙だ。外からやってきた者は、『羽根』の守りを受けてしか中に入れない。『羽根』が守りとして付き添い、中に入れるほどの人間なら、余程の身元証明がないと無理だろう。つまり、この中にいるということは、ラズーンにとって敵ではないと証明されたも同じだ。

 なのに。

視察官オペの連れて来た『銀の王族』か、視察官オペの知っている者、そして、視察官オペ自身…)

 あるいは、『羽根』の中に裏切り者がいるか。

「っ」

 だが、今はそこまで追及していられる状態ではなかった。再びゆっくりと、だが確実に剣が突き込んでくる。ぴっ、と衣服が裂けた音がした。

「わかったよ。手を挙げればいいんだろ」

 舌打ちしてのろのろと手を上げた。

(どうする? こうもぴったりくっつかれてては動けない)

「立て」

 聞きようによっては葉ずれの音としか聞こえないほどの囁きが命じた。

「わかった」

 ゆっくりと片膝を立てる。この瞬間を狙うしかない。ふいに素早く立ち上がりかけ、慌ててついてこようとする剣の前で身を沈める。

「?!」

 妙な叫び声が上がると同時に、片手をついて体を回し、背後に素早い蹴りを入れた。衝撃があって、チィ…ンと音をたてて、剣が飛ぶ。

「はあっ!」

 続けさまにユーノが繰り出した蹴りを、潜んでいた相手はとんぼを切って避けた。落ちた剣が花苑の中に突き立つのと同時に、ちらりと見えた男が花の中に身を隠す。

「ちっ」

 ユーノは息を潜めて気配を伺った。

 風がライクの甘い香りを吹き寄せる。ふいに、すぐ側の花びらが舞い散るのに、とっさに身を引いた。間一髪、マントが引き裂かれただけですむ。抜き放った剣に、ガキッ、と重い音をたてて食い込んだものがあった。

「!」

 それが何かを認めたとたん、ユーノは顔から血の気が引くのがわかった。

「お前…」

「ちいいっ!」

「っ!」

 ユーノの表情に何を悟ったのか知ったらしく、男は忌々しげに舌打ちした。剣を交えながら、足蹴りをかけてくる。

(この戦い方!)

 円を描くような剣の動きに、ユーノは苦戦した。視界の隅で、もう一つ、音もなく現れた影がある。気配だけだが、突き立った剣を引き抜き、一歩、また一歩と近づいてくるように感じる。だが、ユーノは目の前の男に応戦するのに手一杯だ。

「く…うっ」

 左手で必死に相手の攻撃を止めながら、ユーノは歯を食いしばった。

(早く、こいつのことをアシャに伝えなくちゃ…)

 もう一人、敵がいる気配を感じつつも、目の前の男が一瞬怯んだように剣を引いたのに、思わず焦りが出た。

(早く……この短剣は……この戦い方は……視察官オペの…)

 ドスッ!

「!!」

 一瞬、ユーノの体が凍りついた。

 突然右肩を貫いた激痛に、のろのろとそちらを見やる。

「……う」

 肩を貫き通した剣が真紅に濡れていた。狙い違わず、治りかけていた傷の中央を刺し貫いて突き出した剣の切っ先から、ぬめぬめと赤く光るものが玉となり、ぽとりと滴る。

 それは次第に間隔を縮めながら、花の上に音をたてて散った。

「…あ!!」

 自分が何をしているのかもわからぬままに振り返ろうとしたユーノは、ぐっと剣を捻られて悲鳴を上げた。同時に、ユーノの意識は、終わりのない夜の中へ崩れ込んでいった。


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