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ラズーン 3   作者: segakiyui
9.刺客

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76/115

2

 アシャは、いつもユーノを通してレアナを見ている。ユーノの身を気遣ってくれながら、レアナの心配を考えている。身を挺して庇ってくれるのは、『銀の王族』としてのユーノだ。手当をしてくれるのは、レアナの妹としてのユーノだ。叱るのはセレド第二皇女としてのユーノだ。

 何もないユーノ自身を、アシャが愛してくれることは、おそらくあり得ないだろう。

 その証拠に、ユーノが記憶を失った時、アシャは野戦部隊シーガリオンにユーノを残していこうとしたと、ユカルが言っていた。

「そのアシャをね、初めて『氷の双宮』から引っ張り出したのは私なの」

「え?」

「私もね、他の人と同じように、アシャに夢中だったの。一度『氷の双宮』から『羽根』に伝令のために自ら出てこられた時ね。こんなに美しい人がいるのかと思った……信じられなかったわ」

 その時の、リディノの気持ちがユーノにはよくわかった。

 セレドの往来で倒れていたアシャが、初めてこちらを見つめた時。ユーノの付き人となるべく、夜会に姿を現した時。

(世の中には、これほど綺麗な男性がいるのか、と…)

 驚くとともに心を奪われた。奪われて、その想いに戸惑って、伝えることも思いつかなかった矢先に、アシャが言った、守ってやりたい女、一生かけて、その心を捉えるのに悔いないと思った女性、レアナ、と。

 ユーノの想いは伝えるに伝えられなくなってしまった。伝えられずに、忘れることもできずに、アシャが優しくしてくれるたびに、胸の痛みを耐え続けてきた。幾度も幾度も、ふいと口に出してしまいそうになっては、自分の姿を思い起こした。

 そんなヤワな育ち方はしていない。誰の手も当てにはしていない。

 そう、アシャだって……。

 ユーノの煩悶に気づかず、リディノは楽しそうに話を続ける。

「それで、おとうさまにねだったの。アシャを呼べるような夜会を開いてって。なかなかうんと言って下さらなかったけど、それでも最後には根負けなさったわ。だけど、アシャは『西の姫君』まで断ったほどの人だし、私、正直言って途方にくれてしまったの。それでね、ある日『氷の双宮』を訪ねたの」

「え」

 ユーノはぎょっとして目を見開いた。

 この間聞いた話では『氷の双宮』はラズーンの四大公と言えども、許可なしに入ることのできない所、ということだったはずだ。

「一人で?」

「ええ」

 リディノは平然と頷いた。

「だって、私、どうしてもアシャに来て欲しかったの」

(一途なんだな)

 胸に湧き上がったのは感嘆だ。好きな人に夜会に来てほしいばかりに、国中の触れで禁じられている所へも乗り込んでいくというまっすぐさ。

(私には、そんな一途さはないな……。アシャの口からレアナ姉さまのことを聞くのにも、びくびくしているだけだ)

「だから、あの白い壁の所へ行ったの。そうしたら、どうしてわかったのか、小さな扉が開いて門兵が出て来て腕を捻り上げられて……ほんとに痛かったわ」

 リディノは泣きそうな顔をしてみせた。ちょっと尖らせた口元に淡い影が落ちて柔らかそうだ。

「泣き出しそうになっていたら、もう一度扉が開いて……そこにアシャがいたの」

 リディノはこの上なく幸福な笑みになった。

「白い扉を背にすらっと立っていてね、顔つきは厳しかったけど、温かい声で『何事だ』って。私、今でも、その声を覚えている」

(私も覚えてるよ、リディノ)

 できることなら、アシャの声を全て心に刻みたいと思っていた。いつ切れるかわからない命の糸を手繰っていく身だからこそ、声の一音一音をも逃すまい、と。

 優しい呟きは耳が覚えている。叱りつける響きは胸が覚えている。温かな窘めは目が覚えている。そして、夢の中で聞いたことがある熱っぽい囁きは…。

「アシャは」

 リディノの話が再び始まって、ユーノは我に返った。甘ったるく溶けかけていた心を引き締める。

「私に近づいてきてね、『放してやりたまえ』って。それから『ミダス大公の息女とお見受けするが、「氷の双宮」に何用でしょうか?』って深く礼をとって。私、体が震えて、何が何だかわからなくなって、とうとう泣き出してしまったの。そうしたら、そっと肩に手を置いて『泣かないで。私に用ですか?』って」

 うっとりとした表情でリディノは語り続ける。

「私、泣きながら、夜会に出て下さいって。何度もお願いしたの。『考えてみます』って言われただけだったから、だめなんだと思っていたら、その夜の夜会にアシャが姿を現したの…」

 居並ぶ人々のどよめき、呆然とするリディノに、アシャは近づいてきて、「あのような願いを受ければ、男としては来ない訳にはいかないでしょう」と微笑んだのだそうだ。

「夢のような夜だったわ」

 アシャが態度を軟化させ、あちこちの宴に顔を出し始めたのは、その後のことだったと言う。

「いつの頃から、アシャ兄さまと呼ぶようになっててね……アシャ兄さまは、私にこと、リディって…」

 淡く頬を染めて俯くリディノに、ユーノは切ない想いになった。

(同じように…報われないね)

 なぜなら、アシャが好きなのは、セレドのレアナなのだから。

「ねえ、旅の間、アシャ兄さまはどうされていたの?」

「ああ…」

 ユーノは唇を綻ばせた。リディノが、わざわざユーノを花苑に誘い出したわけがわかった。気づいて、リディノが耳まで赤くなる。

「ごめんなさい……だって、私、アシャ兄さまのこと、いろんなことを知っておきたいの」

「わかったよ。アシャが好きなんだね」

「ええ」

 素直な答えに微かな心の痛みを感じながら、ユーノは旅の話を面白おかしくしゃべり出した。血なまぐさい話はできるだけ避けて、珍しそうなこと、祭りの話、イルファの大食いのことなどを話す。それをリディノはきらきらと目を輝かせて楽しそうに聞いている。

(可愛いな)

 男ならきっと、レアナか、こういう少女を相手にしたいんだろうな、とユーノは思った。


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