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ラズーン 3   作者: segakiyui
8.ミダスの姫君

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73/115

13

「……ところで、何をしていた、こんなところで」

 まるで、胸の内を吐き出せと言うようにアシャが問うてきて、苦笑する。

「今までのことを…思い出してた」

 話すつもりはなかったのに、つい、口からことばが零れた。

「いろんなことがあったなあ、って」

 風が吹き寄せる。前髪が乱れて伏せた目を隠してくれるから、話しやすくなった。

「……よく生きて辿り着けたなあって」

「本当だぞ」

 アシャが熱を込めて同意した。

「ガズラやキャサラン辺境区のようなことが、これからも続くなら、俺がもたん」

「うん…」

 本当に無茶ばかりやってきた。

「いろいろ、迷惑かけたよね」

 風は樹々の梢も揺らせる。庭のどこかにジェブの樹があるのだろう、いつかの夜のような音律を紡いでいく。

「長くて……」

(私はアシャにお礼も伝えていない)

「……幸せな旅だった」

 それを伝えるのがもう胸苦しくて、辛くなった。

「幸せ?」

 アシャが訝しそうに問い返す。

「死にかけてばっかりだったじゃないか」

「うん…」

(それでも、アシャ)

 答えられない続きを、胸の奥でそっと呟く。

(たとえ途中で死ぬことになっても、その瞬間まで、あなたの側に居られるだろう?)

 それを幸せと呼ばずに、何と呼ぶのだろう。

 滲みかけた涙を一瞬で振り切った。

「でも、何か、信じられないや」

「何が」

「こうして今、ラズーンに居るってこと。あれほど遠かった地に辿りついてるってことが……目を覚ましたら、セレドの自分の部屋だったりしてね」

「おいおい、冗談じゃないぞ」

「わかってる」

 くすくす笑って目を開く。

「これは現実だ」

 無意識に声がきつくなった。

 『氷の双宮』『太皇スーグ』『銀の王族』。

 ラズーンに含まれている謎の数々が、今解かれようとしている。

 だが、心のどこかに、それに飛び込む前に、一時でいい、休息が欲しいという思いがある。もうほんの少し、眠っていたい。なのに、心が張りつめて眠れない。

(何がある? 何が『氷の双宮』で待っている?)

 その問いかけに対する答えは、いつもわからないままだった。おそらくは、この世界の成り立ちの意味まで含んでいるだろう、ラズーンの大いなる謎。

 自分の未来を知りたいというだけではなく、剣士として、彼方を望む旅人としての心が駆り立てられる。

「ユーノ」

「ん?」

「もう、寝ておけ」

 アシャがテラスから身を起こして手を伸ばし、そっとユーノの髪に触れた。

「旅の疲れを残しているのはよくない」

(ああ、そうだ)

 ここに一人、その謎に精通し、しかもちゃんと答えてくれそうな相手がいたじゃないか。

(旅の途中なら無理でも、今なら)

「アシャ」

「うん?」

「『氷の双宮』で何があるの?」

「……」

 答えないアシャに、ゆっくり頭を巡らせた。相手が、これまで見たことのない厳しい目になっているのに気づく。

「謁見、と言っても信じないだろうな」

 皮肉な笑みを押し上げて、アシャはこちらを見つめ返した。

「ちょっと無理」

「…洗礼、と一般には呼ばれている儀式がある。…それが済めば、元の国へ帰れるのが常だ」

「洗礼?」

「……」

「言いたくないんだね」

 ユーノは薄く笑った。

「私が臆病風に吹かれることなんてないの、知ってるくせに」

 アシャは瞳を翳らせた。一気に表情の読めなくなった目を『氷の双宮』の方へ投げ、淡々と続ける。

「いずれわかるさ」

 軽く前髪を払ってユーノを振り向き、

「そんなことより、早く寝て、旅の疲れをとることだ」

 あからさまに話を逸らせた。苦笑いを返しつつ、けれどその先は梃子でも話してくれそうにないと察して、ユーノは肩を竦める。

「うん…でも興奮してるのかな、目が冴えちゃって、なんか眠くならないんだ」

 軽く片目を閉じて続ける。

「もう少しここにいる…わっ」

「だめだ」

 反応する隙がなかった。瞬時に距離を詰められ、ふわりと抱き上げられて思わず固まる。

「見ろ、こんなに冷えきってるくせに」

「お、おろしてよ、アシャっ」

「だめだ。お前が寝るのを見届けてから部屋に帰る」

「変に思われるって!」

「ほー、ここで騒いで変に思われたいのか」

「う」

 冷ややかに反論されて思わず口ごもる。

(でも本当に眠くならないんだけ……あれ?)

 ふあ、とあくびを漏らして目を擦った。今の今まで、眠気の切れ端も感じなかったのに、急に眠くなってくる。

「ほら、眠そうじゃないか」

 優しく甘い声が耳元で囁かれる。

(どうして、なんだろ…)

 問いかけた頭に、とろとろと温かな霧が忍び寄る。包み込んで思考力を奪っていく。

(あ…ったかい……から…)

 アシャの体に温められるから。規則正しい心臓の音が、安心だと告げるから。

(…だい…じょぶ……だ…)

 ここでは全てを任せて眠りについても大丈夫、そう確信できるから。

 その答えに辿り着くまでに、ユーノは深く寝入っていた。

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