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ラズーン 3   作者: segakiyui
8.ミダスの姫君
72/115

12

 夜は更けていく。人々の祈りと眠りを豊かに発酵させるべく。

「……」

 眠れないまま、ユーノは一人、テラスにもたれて遠くの街並を、『氷の双宮』があると言われた方向を見つめている。

「!」

「やっぱり、ここにいたのか」

 背後の気配に剣を抜きかければ、それは青い夜着を羽織ったアシャの姿だった。

「ベッドにいないから、どこへ行ったのかと思えば…」

「何の用?」

「近く、お前を『氷の双宮』に送り届ける」

 ことさら淡々と響く声が告げた。

「明日か明後日の夜だ」

「夜…」

「人目につかない方がいいからな」

「ふうん」

 これは正式な招聘のはず、それなのに、ラズーン到着の歓迎ぶりとは打って変わっての密かな扱いは、やはり何か裏があるのかも知れない。

「ユーノ?」

 素っ気ない返事に、アシャが不審そうに覗き込んでくる。不安を問い正されたくなくて顔を背けると、脳裏に別の苛立ちが蘇った。

「何を拗ねてる?」

「拗ねてなんかいない」

「にしては愛想がないな」

(こういうところはとことん無神経だよな)

 思わず唇が尖った。

「ユーノ」

「アシャのスケベ」

「な…」

 一瞬詰まったような顔になったアシャが、すぐにむっとした声で切り返してくる。

「俺のどこが」

「私にドレス着せる時、何考えてたんだよ」

「あ、ああ、あれ、な」

 勢いを削がれたようにアシャが微妙な口調になる。

「だが、あれはお前が着せろと言ったんだろ?」

 言い返したものの語尾が甘くなるのに、訴える。

「そのせいで、リディノ姫に妙な誤解されちゃった」

「誤解?」

「そ」

 くるりと向きを変え、テラスに背中をもたせかける。

「私とアシャが、その」

 さすがにちょっと言い出しにくくなって口ごもる。

「その…そういう関係なのかって」

 ちらりとアシャがユーノを見た。ユーノの表情から何を読み取ったのか、にやりと唇を笑ませる。

「そういう関係って?」

「だから!」

 思わず顔が熱くなった。

「だから、その、夫婦、の関係っ」

「夫婦の?」 

「だからっ!」

 わからないなあ、どういうことなんだ、と訝しげに瞬くアシャに喚きかけ、広がる笑みにからかわれているのだと気づいた。くすくす笑うアシャの視線を舌打ちしながら避ける。

「…ったく、性格の悪い」

 ちょっと見栄えがいいからって、人の気持ちを好きなように弄んでいいってことじゃないんだぞ。

 唸りかけたことばは急いで呑み込む。じゃあどんな気持ちなんだと突っ込まれるのは目に見えている。

 だが、アシャはそこで話を終わらせる気はなかったようだ。

「で?」

「は?」

「どう答えた?」

「どう答えたって」

 とことんまでからかう気なんだなとむっとした。

「そのままだ。私とアシャには何の関係もない、スォーガの大地ぐらい何にもないって」

 後半はでまかせだが、それぐらい言い切っておかないと、後からどんなからかいのネタにされるかわかったものじゃない。

「ふ、うん」

 楽しそうに顔を綻ばせていたアシャは、思ったほどユーノが動揺しなかったのが残念だったのだろう、不満そうに唸ってテラスに腕を組んでもたれ、顎を載せた。

「スォーガの大地ぐらい何にもない、か」

 ぼそぼそと呟いた後は、黙りこくってしまう。

 緩やかに風が吹き渡っていき、沈黙はなかなか破られない。仕方なしに、

「…リディノ姫をどう思ってるの?」

 尋ねてみた。

「彼女は…アシャのことが好きなんだって言ってたよ。ずっと……小さい頃から」

 アシャはそれを知っていただろうか。知っていてレアナに接近したとしたら、本音はどこにあるのか、気持ちはレアナにあるのかリディノにあるのか、そこは確かめておきたい。

「…ちょっとは俺の気持ちもわかりそうなものなのに…」

 さっきより小さな呟きがひどくがっかりした響きを宿していて、ちょっとほっとする。

(よかった、レアナ姉さまの方が好きみたいだ……って、ばかか、私は)

 自分が好きだと言われたわけでもないのに、何を安心しているんだ、そう思いつつ、

「あ……えーと…」

 応対のことばを探していると、アシャはのろのろと向きを変えた。ユーノ同様にテラスにもたれ、ほう、と悩ましげな溜め息をつく。

「リディノは妹のようなものだな」

「妹?」

「ああ」

 一瞬の静けさ、やがて、きっぱりと低い声が告げる。

「俺には、他に好きな相手がいる」

(レアナ・セレディス)

「ふう…ん」

 浮かんだ名前が胸を切り裂くような気がして、眉を寄せ、テラスに身を持たせて仰け反った。

「そう…なんだ」

「……そうだ」

 ちらりとこちらをアシャが見たような気がした。レアナを俺に託してくれないか、今にもそう宣言されそうで、心がきりきりと緊張する。

 いつの間にか月が明るく昇っていた。夜気は鋭い樹の香りから、甘く香しい花の匂いを漂わせ始めている。月光の中で咲くという花々が開き始めたのだろうか。

(いい匂い…)

 目を閉じ、柔らかな香りを吸い込む。その香りの中には、隣に佇むアシャの体温も含まれているのだろう、安堵と平穏を約束された旅の夜が蘇る。

 重ね合わせられなくてもいい、このまま隣で、同じ目的のために歩いていけるのなら、今のユーノは、それはそれで満たされるのかもしれない。

(アシャと背中を合わせて戦って)

 かけがえのない、唯一無二の親友となる、それもまた幸福なのかもしれない。

「そうだ、ユーノ」

「ん?」

「これを返しておく」

 目を開けると、アシャが首からペンダントを外すところだった。セレド皇国の世継ぎを示す紋章、出立の日にレアナから託されたものだ。

「ああ…ありがとう」

(そうか、これもまた、私に戻されるのか)

 皮肉なのか、運命とはそういうものなのか。

 自分が生きる方向を見つめ出した矢先に、再びセレドを担う証を示されるとは。

(戦え、ということなんだろう)

 自分の在り方を嘆いてばかりいないで、自分の在り方を受け入れて、かけがえのない友人や家族のために心身尽くして働けという天命なのだろう。

「長く預けて、済まなかった」

 こういうところもアシャに甘えていたのかも知れない、と思った。首に巻き付けたペンダントは冷たく重い。

(でも、それを担うためにきっと、いろいろなことがあったんだ)

 体中の傷を引き換えに、この重みを支える役目を引き受けられるように鍛えられた、そういうことなんだろう。


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