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ラズーン 3   作者: segakiyui
2.野戦部隊(シーガリオン)
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1

(アシャ…)

 呟けば、仄かな甘さが口に広がる。

(アシャ…)

 闇の中に一条の光、金粉を散らし、膝を抱えて踞ったユーノを照らす。

 その光は温かかった。凍てつき強張ったユーノの心を溶かしていく何かがあった。

(守って……くれるの?)

 庇うように目の前に現れたアシャの背中に問いかける。

(姫として、守ってくれるの?)

 アシャの気配が包み込むようにユーノを抱く。切ない吐息を身を震わせて吐き出しながら、ユーノは俯いた。ことん、と額をアシャの背中につけると、相手の体が静かに回った。そっと頭に置かれる大きな手、髪をまさぐり、優しく撫でてくれる、その甘さ。

(でも…アシャ)

 眉をひそめ、おそるおそるためらいながら、そっとユーノは呟いた。

(私……ちっとも姫らしくないんだ……守ってもらえるもの…何一つ持ってない……)

 ふ、とアシャは笑ったようだった。

 ばかだな、そんなことはないよ。

 音にならない声がユーノの耳に快く響く。

 ユーノはほっとして体の力を抜いた。微笑む、安心して、甘えようとして。

 だが、その響きは、温かな優しさのまま、こう続けた。

 レアナの大切な妹じゃないか。セレドの第二皇女じゃないか。そして、何よりも、ラズーンにとってはかけがえのない『銀の王族』じゃないか、守られて当然だ。

 びく、とユーノは体を強張らせた。そろそろ、顔を上げる。

(アシャ…)

 違うのか?

 響きは不審げに、どこかおどけてからかうように尋ねてきた。

 それ以外の何かだっていうのか?

(あ……ああ)

 ユーノは笑おうとした。

 唇が震える。心が裂かれて血を流す。切なくひそめた眉を必死になって緩め、唇の両端を吊り上げ、目を細めて首を傾げてみせる。委ねてもたれていた体を、そっとアシャから引き離す。

(そう…だよね)

 呟いた声が震えるのを堪えた。ひどく幼く舌足らずに聞こえるのに焦りながら、なおも唇を微笑ませる。とっさに、本当に不覚にも滲みそうになった涙を、できるだけ平然とした様子を崩さないように呑み下しながら、

(レアナ姉さまの……妹、だものね)

 くすり、と笑ってみせた。

(ほんとに、それだけだものねえ…)

 くすくすと笑い続けるだけで、自分が壊れていくのがわかる。笑い声はユーノを嘲笑っている、主であるユーノの間抜けさを。

 アシャも豊かな朗らかな笑い声を上げた。

 どうしたんだ? お前らしくないな。

(うん……でも、そんなに、笑わないでよ、アシャ)

 同じようにどんどん明るく笑いながら、ユーノは肩にかけられたアシャの手を冗談を装って払った。

 その手は二度とユーノの体に触れては来ない。それとわかると、なんだか全てがひどくおかしくなってきて、ユーノはますます笑い続けた。

(ほんのちょっと……間違えただけだよ、アシャ)

 笑い続けている声は一点の曇りもなく響くのに、頬にひんやりと冷たいものが滑り落ちてくるのを感じる。

 それを無視しようとして、ユーノはことさらアシャに話しかけた。

(あなたがあんまり優しいから……私は姫君扱いされないってこと、ちょっと忘れてたんだよ)

 涙が溢れる。とめどなく、胸に腕に体に降りかかり、夜露のように冷えてくる。

(だから……ねえ、お願いだから、笑わないでよ、アシャ。私が……ばかだっただけだって…認めるからさ……私じゃだめだって……認めるから……お願いだよ、もう…笑わないで……)

 辺りに霜が降りたように寒くなった。

 セレドではめったにみかけない、銀の霜。ざくざくと足下に固い抵抗を残して砕けていく霜。砕けた欠片は鋭い針のように、立ち竦むユーノの足を貫く。

 その白々とした輝きの中から、ぐいぐいとギヌア・ラズーンの姿が立ち上がった。

 はっとして見つめるユーノの目に、世の魔『運命リマイン』を率いる長の紅の瞳が、残虐な輝きを増していくのが映る。

 無意識に、さっきまでアシャが居た場所を振り返ったが、そこにはもう誰もいない。

 ユーノ一人しか、ここにはいない。

 淡く笑った。

(何を求めた? 誰の姿を求めていた?)

 向き直れば、ギヌアが、黒くなるまで人の血を吸ったと言いたげな『運命リマイン』の黒剣を差し上げているのが、目に飛び込んでくる。

(一人で戦え、ということだ)

 唇を噛む。

 いまさらだじろいでどうする。そんなに弱い娘だったのか。カザド相手に幾千もの、幾万もの夜を駆け抜けてきた自分が、アシャさえ手こずるような相手だからと言って、後ろを見せていいということにはならない。

 ユーノは剣を引き抜いた。猛々しく青く、底光りする剣の重さが、今のユーノには唯一の慰めとなる。

 気合いを込めた、と見る間に、ギヌアの黒馬がこちらを目指して駆け寄ってきた。待ち構え、呼吸をはかる。初めの太刀は耐え抜けるだろう。次の太刀も運さえよければ受け堪えられる。だが、三太刀めは? その次の太刀は?

(考えるな)

 ユーノは怯え始める自分を叱咤した。アシャ達のいる安心に慣れ切ってしまった心がぐずぐずと弱く座り込みそうになる。

(未来を考えるな。考えたところで、全ては一瞬、ラズーンの神のもとにしかない!)

 黒剣が振り下ろされるのに、ユーノは渾身の力で剣を振り上げた。

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