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ラズーン 3   作者: segakiyui
8.ミダスの姫君
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2

「開門!」

 シャイラが二度目を叫ぶ間もなかった。

 一足先に伝令を送っておいたということばに違わず、白く磨かれ、見事な彫りが施された金属の門は、ぎりぎりとねじ切られていくような音をたてて開いた。

「アシャ!」

「アシャ・ラズーン!!」

「聖なる方!」

「我らがアシャ!!」

「っっ…」

 門が開くと同時に、わああっという歓声がユーノ達を包み、一瞬その場に立ち竦む。

 門から大通りと思われる真っ白な石を敷き詰めた通りがまっすぐに伸びている。その道の両側に黒山のような人だかりがしていた。

 男も女も老いも若きも、まるで数々の栄誉を勝ち得た武将を出迎えるように、満面に笑みを浮かべ手を振って、口々にアシャの名を叫んでいる。着飾った娘達はラフレスらしい白い花を撒き、頬を染めてアシャの視線を捉えようとしている。男達は誇らしげに、そしてどこか妬ましげにアシャの名を呼び、側に居るシートス、シャイラ、ユーノ達に羨ましそうな視線を投げてくる。

「へえ……こいつぁ…」

 イルファは物珍しげに都の中を見回し、少しでも彼らに近づこうとして『銀羽根』に制される群衆を見て、今にも口笛を吹きそうだ。

「わあ…」

 華やかな催しには慣れているはずのレスファートさえ、さすがに声もなく、辺りの光景に目を奪われている。長かった旅の終わりが、こんな賑やかな形で迎えられることになろうとは、予想もしていなかったに違いない。

「……」

 だがユーノは、その華々しさに息を呑みながら、全く別のことに気をとられていた。

(何と言う熱狂)

 そっとアシャの方を盗み見る。

 そこには、セレドの付き人のアシャとも、また天幕カサンの下に寝そべる旅人のアシャとも、全く違う人間が居た。これほどの興奮を、情熱を、気負いなく受け入れる姿、その存在が多くの人々に望まれて来た者の自信をたたえる、ラズーンの第一正統後継者、アシャ・ラズーン。

 そこに居るのは、どれほどのボロを纏い、どれほど土に塗れようと、覆い隠されることのない高貴、世継ぎとしてのアシャの姿だった。

(これほど、ラズーンの人々に愛されているアシャが、本当にもう一度、この地を離れることなんてできるんだろうか)

 夜の色を含んだようだと表現される自分の目が、なお暗く翳ったのを意識する。

(そして、このアシャを、このラズーンから奪っていく代償は、どこまで求められるんだろう)

 自分の命など、秤にも載らないのではないか?

「ユーノ」

「!」

 声をかけられ、ぎくりとして我に返る。

 いつの間にか、隣に轡を並べていたアシャが、心配そうな表情でこちらを覗き込んでいるのに気づく。

「傷が痛むのか?」

「あ、ううん、ごめん、ちょっと」

 強いてにっこり笑ってみせる。

「びっくりしてたんだ。まさか、ラズーンでこんな歓迎を受けるとは思ってなかったから」

「いや…」

 道の向こうをちらっと見たアシャが、ちょっと困ったような笑みになる。

「これからだよ、歓迎は」

「え?」

「ほら、この辺りの領主、ミダス公だ」

 囁かれて、ユーノは前方へ目を移した。シャイラがユーノ達から離れて馬を走らせ、近づいていく相手を見つける。

 それは、色とりどりの糸で織った旗を先頭にした一行だった。

 旗には、緑地を主体として、白銀のクフィラが描かれている。

「ミダス公の紋章だ」

「ふうん」

 アシャの声に、その旗の後ろに続く一人の男に目を留める。

 首の辺りで切りそろえたプラチナがかった金の髪、薄緑の穏やかな瞳、年の頃は五十すぎと思われる温和な印象の男だ。襟が広がったブラウスに胴着、マントを身に付け、ゆったりとした動作でこちらに馬を進めてくる。周囲のざわめきから、ミダス公その人であるらしい。

 周囲の熱狂が次第に静まっていく。その中を堂々と進み続けて、ミダス公はユーノ達の前に馬を止めた。

「よく戻られましたな、アシャ・ラズーン」

「その称号は、私にとってはそろそろ照れくさい、ミダス公」

「滅相もない」

 ミダス公は穏やかに驚いてみせた。

「ラズーン動乱のこの時期に、あなたの名は輝かしい祈りです、アシャ・ラズーン。シャイラ、御苦労だったな」

「はい」

 シャイラは深く体を曲げ、名残惜しそうに向きを変えた。肩越しに振り返りつつも、『銀羽根』を従えて、再び中央門の外に戻っていく。

「話にききますと、長い旅をされたそうですね」

「ええ、まあ」

「さぞかし、お疲れでしょう。今宵ささやかな宴を張りますので、旅の疲れをお癒し下さい」

 ミダス公はユーノ達の方にも笑みを向けた。

「どうぞ、あなた方も。娘のリディノが喜びます」

「ありがとうございます」

 軽く会釈を返し、ユーノは微笑んだ。

「ミダス公、残念なことだが」

 シートスが遠慮がちに口を挟む。

「我ら野戦部隊シーガリオンはそうもしていられないのだ。ラズーン外縁に良からぬ企みが動き出しているのでな。明日か明後日には、再びラズーンを出る」

 ちらっとユカルがユーノを見たが、すぐにシートスに目を戻す。

「それは残念なことだ」

 ミダス公は鷹揚に頷いた。

「それでは、せめて、一夜二夜の宿を提供しよう」

「かたじけない」

「それでは、アシャ・ラズーン、こちらへ」

 ミダス公が向きを変えるのに、ユーノ達はようやく馬を進めた。


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