1
白亜の都市に近づくに従って、ユーノは都市を包んでいる微妙な緊張感に気づいた。
「アシャ…」
「…」
無言で頷くアシャの顔も、いつもの甘い面立ちはどこへやら、厳しい表情で前方を見つめている。視線に促されるように、ユーノも再び前方へ目を向けた。
都市が真白く輝いて見えたわけはすぐわかった。都市の周囲をぐるりと白い石の城壁が取り囲んでいるのだ。どちらかというと守りに重点をおいた反り返った壁は、石を積んだとは思えないほど滑らかで、日の光を跳ね返しながらも妙に白々とした冷たさをたたえている。
冷たい、氷の都市じみた印象を与える理由はもう一つあった。
ユーノ達の目指している、おそらく都市の中央の門と思われるところが閉ざされているのだ。
「シートス!」
アシャはふいに肩越しに振り返り、呼んだ。すぐさま、平原竜を蹴立てて、シートスが近づいてくる。
「どう思う?」
正面の門を見ながら、アシャは問いかけた。シートスが難しい顔になって、黒く短い髭をしごきながら答える。
「我々が出て来た時はここまではしていなかったんですが………これは明らかに臨戦体勢ですね」
「そうだな」
アシャは紫の瞳を猛々しい色に染めた。
「俺が知っている限りでも、『黒の流れ(デーヤ)』の反乱以来だ」
澄んだ青空から吹き下ろす風が、アシャの金褐色の髪を梳っていく。それを見るともなく見ていたユーノは、視界の端から一頭の馬が近づくのに気づいて、鋭く目を向けた。体の隅々に緊張が蘇る。無意識に左手を剣に滑らせながら、騎士の一頭に続く騎馬隊を凝視する。
「アシャ、あれは」
「ああ」
シートス達も気づいたらしい。ユーノの視線を追うように頭を巡らせたが、アシャは微笑を零した。
「そうか。こっちはミダス公の分領地になるからな」
「とすると、あれはミダス公の?」
「ミダス公?」
アシャのことばに、ユーノは改めて騎士達を見やる。
騎士達はおよそ十騎ほどいるだろうか。屈強な体を白銀の鎧に包み、ラズーンの山の雪がかくやと思わせる白馬に跨がっている。片手には縦長の盾をかざし、兜に飾った銀色の羽根とともに煌めくような一群だ。
その中の、どうやら頭領格らしい一人の青年だけは、白い布を一筋額に巻いているだけで、兜を着けていない。今しもぴたりと馬を止め、朗々と響く声で言い放った。
「そこにおられるのは、野戦部隊隊長シートス殿と、聖なる方、アシャ・ラズーン様とお見受けいたしました。私達は、ラズーン四大公が一人、ミダス公の下に仕える『銀羽根』、物見の塔からお迎えに上がりました」
「物見…そうか」
アシャはつい、と、白銀の騎士達の来た方向へ視線を投げて頷いた。
「御苦労!」
シートスが同じように声を張り上げ、ゆっくりと、紅の房の槍を突き上げた。
「確かに我らは野戦部隊! 来られるがよい、『銀羽根』の諸君!」
「はっ」
見事なまでに足並みを揃えて、『銀羽根』と呼ばれた一隊が近寄ってきた。栗毛の馬に跨がり、飾り気のない野戦部隊の装束を身に着けたアシャを、声をかけてきた男が眩そうに見つめる。
「よく御帰還なされました、聖なる方」
「よく見分けられたな」
「それはもちろん!」
男は熱を込めて大きく頷き、周囲の視線に少し赤くなった。
「あなたほどの方が、他におられるわけはありません」
深い尊敬を思わせる声で続け、馬上から飛び降りて深々と頭を下げ、片膝を突いた。後ろに居た騎士達が一糸乱れず、それを真似る。
「本当に、よく……御帰還なされました、アシャ・ラズーン」
「すまなかったな」
アシャは生まれながらの皇族の持つ威厳を漂わせて、唇を笑ませた。
「あのまま、もうラズーンへは帰還されないとも伺っておりましたが…」
「帰るつもりはなかったが、妙なことになった」
にやりと悪戯っぽい笑みになって、ユーノ達の方へ視線を投げる。
「『銀の王族』、セレドのユーノだ」
「それでは!」
男ははっとしたように顔を上げた。
「ラズーンのことをお聞き及びでしたか」
「うむ…ラズーンの中央門が閉ざされているところを見ると…」
「はい、なりを潜めていた『運命』の跳梁は、今や『太皇』おわすラズーンそのものに迫っております。中央門は閉ざされ、出入りは我ら『銀羽根』、或いはアギャン公の『銅羽根』、ジーフォ公の『鉄羽根』、セシ公の『金羽根』など、大公方の『羽根』に守りを受けた者のみが、通行を許されております。それで、私達がお迎えに上がったのです」
「そうか…」
アシャは険しい表情を強めたが、ユーノ、レスファート、イルファとそれぞれの顔を見ていって、最後にユーノに目を止めた。ユーノの剣にかけている左手を見つめて眉を寄せ、男を振り返る。
「名前は?」
「はいっ」
男は名高いアシャに尋ねられた喜びからだろうか、ぱっと瞳を輝かせて答えた。
「『銀羽根』のシャイラと申します。ミダス公より一隊を任せられている者です」
「わかった、シャイラ」
にっこりと、おそらくはどんな女もここまで鮮やかには微笑めまいという笑顔を無造作に投げて、アシャはことばを継いだ。
「では、守りを頼もう」
「はっ! 命に代えましても!」
シャイラは、再び深々と頭を下げると、急ぎ立ち上がって白馬に飛び乗った。




