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ラズーン 3   作者: segakiyui
7.国境

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59/115

9

 寝苦しい夜、寝苦しい闇。

「んん…」

 今一つ眠りに落ちることもできず、ユーノは片腕を枕にしているレスファートを見やる。温もりが、レスファートの小柄な体から広がってくる。

(子どもって……体温が高いんだな)

 前も同じようなことを思った、とぼんやり考えた。

 あれはいつ頃だっただろう、レアナのベッドに潜り込んで叱られたのは。夜の孤独に耐え切れず、そっと母親の元へ忍んでいった夜は。

 柔らかく刻まれる呼吸のリズム、乾いたスォーガの冷えた大地の上で、人の吐息はこれほどまでに温かい。

 温もりには、独特の甘さがあることを、ずっと忘れていた気がする。

(ううん……覚えていたら、私は今頃生きていない…)

 自室のベッドで一人凍えて、胸を抱いて泣きながら眠った夜があったからこそ、刺客はユーノを狙って部屋を襲った。レアナやミアナ、セアラ等を巻き添えにしなくて済んだのだ。

 長く重い夜、刺客の気配に身を竦めながらも剣を手元に引き寄せていたからこそ、今日まで生き抜けたのだ。傷ついても倒れても、絶対に生き延びると決意したいたからこそ、幾度もの危機を乗り越えられた。

(一人で……頑張ったから)

 今さら孤独やその夜の代償を求める気はなかったが、レスファートの温もりは胸を甘く締め付ける。レクスファの白亜城の中で、やはりレスファートとともに眠って、自分がどれほど凍えていたのか気づいた時のように。

 薄く開いていた目を閉じる。

(でも……ずっと……こうして一人……なんだろうなあ…)

 くすり、と笑った。残った片腕で目を覆う。

 一人で生き、一人で死ぬ。

 自分の生きる道がどれほど厳しいものなのか、重々わかっている。その道を共に歩ける人など、まずいない。

 もっと美しい娘だったら、誰か申し出てくれただろうか。もっと素直で優しい娘だったら? もっと賢く可愛らしい娘だったら? もっと……もっと。

(もっと、守りたいと思うような、娘であれば?)

「ふ…」

 それでも、夢見たことはあったのだ。誰か愛しい人のために、美しい花嫁衣装を身に着ける日を。

 ここまで傷だらけになった体では、もう遠い、遠い夢ではあったが。

 だから、覚悟はしている。

 この先も一人だ。

 これまで同様、一人で生きて、一人で死ぬ。

 おそらくは、誰も気づくことない荒野の果てで。

 今ここで関わり合っている人々は、幻のようなもの。

 けれど、その幻の、なんと温かく美しいことだろう。

(ひどいね…アシャ…)

 当てた腕の下から熱いものが流れ落ちた。

(誰がこんな運命を組んだんだろう。二度、あなたを好きになって、二度とも駄目だって思い知らされるなんて。一度で十分なのに……もう一度……あなたがレアナ姉さまのものだって、心に刻ませるなんて…)

 心が揺らいだせいだろうか。

 一瞬でも、アシャが自分にだけ微笑みかけてくれればいいと願ってしまったせいだろうか。だからこうして、その望みは全く愚かなことなのだと、改めて思い知らされるのだろうか。

(どうしてユカルを好きにならなかったのかな)

 そうすればこんな想いをすることはない。親切で優しいあの目を、辛そうに瞬かせることもなかった。

『いいよ』

 ユカルはそっと呟いた。

『こればっかりはどうしようもないんだ。それに…』

 続きは何だったのだろう。口にせず、そのままふいと、茶色のマントを翻して離れていってしまったけれど。

(どうしようもない……)

「はは…当たってるよ、ユカル」

 ユーノにできるのは、この焦がれる想いを封じ込めてしまうことだけだ。

(アシャ……アシャ…)

 唇を噛み、声を堪える。

(頑張れ)

 想いを封じろ。

(頑張れ)

 外に見せるな。

(がんばれ…)

 そうしなければ、側にさえ居られなくなる。

「ん…」

 レスファートが身動きして、慌てて涙を拭った。

「レス?」

「ん…ーノ…」

 レスファートは身悶えするように体を動かし、唐突に目を開けた。アクアマリンの瞳が真正面からユーノを見つめる。愛らしい顔立ちにほっとしたような安堵が浮かび、レスファートは両手を伸ばしてユーノの首にしがみついた。

「ユーノ…」

「どうしたの? ……汗びっしょりじゃないか」

 気づけば少年の体が熱っぽく濡れている。体調が悪いのかと覗き込む。

「怖い夢を見たんだ……ユーノがぼくを置き去りにしていってね……ぼく、一人で……ユーノはぼくのこと忘れちゃうの…」

「大丈夫だよ、レスを忘れやし……レス?!」

 笑って応じかけ、ユーノは跳ね起きた。

「レス、元に戻ったの?!」

「な、なに…?」

 レスファートはきょとんとしたまま座り込んでいる。

「元にもどる…? 何のこと?」

「レス!」

「きゃ」

 ぎゅっと抱き締められて、訳がわからぬように目を瞬いたが、そのうち嬉しそうに目を細めてユーノの頬ずりを受け止める。

「わかんないけど……ぼく、ユーノ大好き」

「うん…うん…私もレスが大好きだからね!」

 ちゅっ、ちゅっ、と思わずその頬にキスを降らせていると、くすぐったそうに肩を竦めていたレスファートも顔を寄せてきた。

「ぼくもー」

 甘えて頬をすり寄せ、小さな唇を当ててくるのは、全くいつもの通りだ。

「レス……よかった……っ」

 思わずにじんだ涙のまま、ユーノは抱きついてくるレスファートを強く強く抱き締め返した。


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