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遠い所からめまい……打ち寄せてきては、ぎりぎりのところで引いていく。
「あ……っつ…」
閃光のように激痛が貫いてゆき、ユーノは思わず体をふらつかせた。握りしめた自分の指先が、氷のように冷えている。
「『星の剣士』(ニスフェル)!」
側に居たユカルが気づいて叫ぶのに、ユーノは首を激しく振って我に返った。走り続けている平原竜の群れの中、転げ落ちようものならあっさり肉塊になってしまう。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ」
声が強張っているのを感じて、ユーノは必死に顔を上げ、笑み返した。ユカルの目が心配そうだ。心の中で謝罪と感謝を呟く。
(ありがとう……そして……ごめん、ユカル)
痛んだ胸を慰めるようにアシャの姿が脳裏に浮かんだ。金の髪、美しい笑み、すらりと立って衣を翻し、こちらを見つめている。深く鮮やかな紫の瞳が、甘い。
(至上の…宝石だな)
抱き締めてくれた腕、柔らかなキス。
(あなたも、私を好いてくれている?)
もしそうならば、と思った。
もし、そうならば、この戦いにケリがついたら、アシャに気持ちを伝えよう。いや、好いてくれていなくてもいいから、好きなのだと打ち明けよう。野戦部隊の一員と、ラズーンの正統後継者ではあまりにも格が違うけれど、それでも某かの望みがないわけではない。たとえば、忠誠を誓い、直属の守り手を志願する事は出来るかも知れない。アシャはあちらこちらへ旅をすると聞いたから、その旅に付き添い、守り、同じ夜と昼を過ごせば、きっとそれは十分満たされた暮らしに違いない。
「『星の剣士』(ニスフェル)!」
「はいっ」
シートスの声に応じてヒストを進める。それだけのことなのに、ずきっ、と鋭い痛みが肩から走った。急所は逸れていたにせよ、傷を受けている身で当たり前に振舞おうというのが無茶なのだが、アシャの危機にじっとしていられるわけもない。
「ジャントスの隊を見たのはどの辺りだ?」
「もう少し東だと思います」
答えながら、ユーノはゆっくり頭を巡らせた。転がる岩塊を一つ一つ確認していく。岩塊はごつごつしていて、どれも同じようにも見えるが、焦げ爛れたように黒いものや、文字か紋様のようなものが刻まれたように見えるものもあり、一度しっかり覚えてしまえば、それほど位置の確認には困らない。夜目が聞くのは野戦部隊としては当然だ。
「というと、かなり北東だな……モスとラズーンの国境付近になるか」
「そこまではいかないでしょうが…」
重い闇は次第に薄れつつあった。風が爽やかな澄んだ気配を含み始めている。夜明けが近いのだろう。
「と、すると……うむっ…」
シートスが不意に声を緊張させて、前方に目を凝らした。つられてそちらを見たユーノも、はっと目を見開く。
赤茶色の岩が転がる向こうに、微かに砂埃が立って、もやもやとした空気が蠢いている。
「隊長!」
「らしいな、ユカル!」
「はいっ! オーダ・シーガル! オーダ・レイ!!」
命令を待っていたユカルはぐいっと頭を逸らせ、高々と槍を突き上げた。
「ユカル、クァント! オーダ・レイ!」
「レイ!」
「レイ、レイ、レイ!」
「レイ、レイ!」
すぐに怒濤のような声が呼応する。次第に速度を上げる平原竜の群は、地響きをたてて草原を疾駆した。舞い上がる埃と草、上がる閧の声、振りかざされる紅の房の槍、刀剣の煌めき、額帯に乱れる髪、鳴る鎧、翻る茶色の長衣の裾!
「おおおおおっ!!」
見る見る近づいたジャントス隊の混乱に、野戦部隊はまっしぐらに突っ込んだ。




