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「野戦部隊?」
アシャは皮肉っぽく唇を歪めた。
「堕ちたものだな、野戦部隊も。シートスがさぞ嘆くだろう」
「隊長を知ってるなら、話が早い」
ジャルノンはアシャの嘲笑にも気づかず、続けた。
「どこの国の人間か知らんが、俺達は実は野戦部隊の密使なのだ。邪魔をするとためにならんぞ」
「よせ…」
逆に脅しにかかったジャルノンを、コクラノは青ざめた顔で遮った。
「言っても無駄だ」
「だが、コクラノ」
「こいつを知らんのか? ……こいつは、アシャ・ラズーンだ」
「アシャ…ラズーン……?」
ぽかんとジャルノンの顔が惚けた。きちんと唇を引き締めていればそれなりな顔も、だらしなく口を開けているだけで数倍愚かに見える。そのままのろのろと顔をアシャに振り向ける。
「こいつが…?」
「悪かったな、こういう男で」
アシャは微笑した。すぐに笑みを消して冷ややかな目になる。
「どちらがユーノを追い詰めた?」
「ユーノ…? ああ……『星の剣士』(ニスフェル)…」
ジャルノンがぼんやりと呟き、はっとしたようにまくしたてた。
「お、俺じゃない! やったのはコクラノだ! 俺はただ頼まれて」
「黙れ、ジャルノン」
コクラノは追い詰められた表情で剣を抜き放った。アシャを自分が倒すという、幻のような可能性に賭けることにしたらしい。このまま、アシャに服従しても、待っているのはシートス自らの裁きとわかった今、無理からぬことだ。
「お前を倒せば、俺達の安全が手に入るばかりか、俺はたいした遣い手として認められる……そうだろ」
ぎらぎらと血走り光り出す目、口調ほどに楽な仕事ではないことは重々わかっている、だがもう他に生きる術はない、そう決意した顔で飛びかかってくる。
「はあああっっ」
ガシッ。
アシャの短剣が、思いっきり振りかぶって落とされてきた長剣の切っ先を受け止めた。ぎりぎりと押されてきても、アシャに焦りは一切ない。むしろ、まるで攻撃の力を楽しむかのように、じり、じり、とほんの僅かずつ押し上げてくる、その剣を挟んでアシャを凝視するコクラノの額に見る見る脂汗が浮く。と、それを見たジャルノンが咄嗟に剣を引き抜き、アシャに切りつけた。
「つ…」
ふ、とまるで体重がないかのように飛び退いたアシャは微かに眉を寄せる。なるほど、伊達や酔狂で野戦部隊に居たわけではないらしい。タイミングの掴み方は素晴しかった。届かないと思った切っ先が最後の踏み込みで距離を縮め、片腕を掠めたらしく痛みが走った。
「でええい!」「たあっ」
押したと見て誇りも何も捨てて、短剣一振りのアシャに長剣二人が襲い掛かる。岩塊を利用して、飛び退き、避け、身を翻し、体の両側に切り込む剣を火花を散らして防御する。イルファはレスファートを抱えた大乱戦の真っ最中、見れば大岩を背に動きようがなくなってきている。
(野戦部隊が来るまで持ちこたえるか)
「いやああーっ!」「おおうっ!」
獣のような叫びを上げて突っ込んでくる二人を数歩の動きで躱し、剣の切っ先を跳ね上げ、アシャは意識して戦い方を変える。円を描く動き、翻る短剣、舞うような手足、見る見る二人が不安そうな困惑した顔になってくる。同時に浮かんできた表情は恐怖だ。どれほど踏み込み、渾身の力で切り込もうと、どうしても届かない。それどころか、まるでアシャの短剣につられるように体が動いて、攻撃をするつもりがないところへ長剣を導かれ振り回される。
「く、くそおっ」「何だこいつぅっ!」
(光栄に思えよ)
アシャは唇の片端で嗤う。
(視察官の実戦訓練なぞ、めったに受けられるもんじゃないぞ)
「コ、コクラノ!」「もう少しだあっ!」
押しているはずなのに、足下がふらつき、視界が霞み、剣が重くて今にも倒れそうだ、そう悲鳴を上げるジャルノンにコクラノは悲痛な励ましを送る。
「もう少しなんだあっ」
(確かにもう少しだ)
お前達が身動きできなくなるまで。
アシャは薄笑みを浮かべたまま、速度を上げる。
 




