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「『星の剣士』(ニスフェル)!」
「あつっ!」
「あ、悪い…っ」
戻ってすぐ、再び飛び出しかけたユーノの片腕をユカルが捕らえ、思わず声を上げた。それでもユカルは手を離さず、むしろ咎めるような目になって、
「どこへ行くんだ」
「決まってる!」
訳のわからぬ問いを投げた相手を睨みつける。
「アシャの所へ行くんだ。野戦部隊が動くには、まだ時間がかかるだろ。その前に、あの人の所へ行って、加勢して来る!」
「傷の手当もしないでか!」
ユカルは激しく詰って、ユーノの右肩に広がる鈍い紅の染みを見つめた。
「手当ならアシャにしてもらった。ぐずぐずしてたら、あの人一人で」
「気になるのか」
「っ」
すうっと見る見る顔が熱くなるのがわかって、慌てて反論する。
「何がだよ」
「アシャのことが」
「…当たり前だろ!」
少しためらった後、ユーノは叫び返した。
「あの人は、アシャ・ラズーンで、視察官の中の視察官だろ! ラズーンにとって大切な人なら、当然、ボクら野戦部隊にとっても大切な人じゃないか!」
「それだけか?」
ユカルのはしこそうな焦茶の目が、悩みながらユーノを見つめた。
「本当に、それだけなのか?」
「……どういうことさ」
「……お前が女で良かったよ」
「え?」
「お前が女で……俺は嬉しかった」
「ユカル…」
ユーノは茫然として、頬を紅潮させたユカルをまじまじと見た。
「お前が好きなんだ、『星の剣士』(ニスフェル)」
きっぱり言って、ユカルは一歩、ユーノに近づいた。じり、と無意識に後じさりしながら、顔にさっきよりももっと早く、一気に血が昇ってくるのがわかった。
「そんなこと……言われても…」
「『星の剣士』(ニスフェル)」
「そんなこと言われても、無理だよ!」
叫んで、ユカルの熱っぽい視線を避ける。顔を背けたまま、吐き捨てるように、
「だって、自分が女だっていうのも、ついさっきわかって……それで、そんなこと言われたって……ボクにはわかんないよ!」
「じゃ、アシャは」
ユカルはじれったがるように口を挟んだ。
「アシャはどうなんだ」
「どうって…」
「前はあんなにアシャを避けてたじゃないか。なのに、どうしてそんなに急に、アシャを心配するんだ?」
「どうしてって」
混乱してくる頭の中繰り返す。
(どうしてって)
何か無性に怖かった。あの人、あの綺麗な人に魅かれていくのが怖くて、でも、こらえようもなく魅かれて……けれど、心のどこかで、魅かれちゃだめだという声がいつも谺していた。
(だけど…)
だけど?
「『星の剣士』(ニスフェル)」
「だけど……どうしようもないんだ…」
どこか遠く、自分の声を聴いている。
「どうしようもなくて……だって……『私』……アシャが」
「『星の剣士』(ニスフェル)! 物見!」
ユーノのことばはシートスの声に遮られた。
「何をしている!! 移動するぞ!!」
「は、いっ!」
「はい!!」
名残惜しげに、けれどユーノのことばの先を読んだように、ユカルはどこか硬い表情で身を翻し、シートスの元へ走り出した。
後から追いながら、ユーノは心の中に弾けた想いに、どこか陶然とした気持ちを味わっていた。
(アシャが……好きなんだ)
右肩が熱っぽい。じくじくした痛みが身動きするたびに広がる。
けれどその痛みも、ユーノの想いを消しはしなかった。
(私は……アシャが……好きなんだ)
その想いの行き着く先を、未だ思い出せぬユーノだった。