5
「かかれ! ここで四人を屠ってしまえ!」
邪悪な喜びに満ちた声で叫ぶギヌアに促され、次々と飛びかかって来る男達をユーノとイルファが必死に防ぐ。
「アシャ、まだか!」
宙道に剣戟の響きが谺する。レスファートは負傷した脚を蹴られ、呻いて座り込み丸くなっている。イルファの肩を擦った剣の持ち主は、次には胸板を狙ってきたが、イルファはとっさにそれを剣の柄近くで受け止めて、左手を相手の首に伸ばした。むんずと掴み上げ、力の限りにギヌアの方へ放り出す。だが、ギヌアはあっさりとそれを避け、邪魔だとばかりに切り捨て、三度嘲笑を響かせた。
「無駄だ! 諦めろ、アシャ!」
「そうはいかん!」
きっぱりとアシャが応じ、ユーノが一人の兵士を撃退した直後、壁が復元した。
さすがにはあはあと息を荒げてへたり込むアシャの姿には疲労が濃い。次に壁を破られれば、もたないかもしれない。
「はっはっはあ! 見事見事! だが、私の作戦がちだ、アシャぁ!」
ギヌアの挑発的なことばを聞くまでもなく、ユーノにもそれはわかっていた。このままでは、遅かれ早かれ四人とも倒れてしまう。
(四人、だから)
ぎゅっと唇を引き締めた。
そうだ、四人だからアシャの力に余裕がなくなるのだ。
「アシャ、宙道の出口って遠い?」
「いや」
アシャは荒い呼吸を何とか整えようとしながら首を振った。
「スォーガまでだから……もうそれほど……遠くはないはずだ……」
「この先にあるんだね?」
「そこは共通の出入り口だから…」
「入ったときの神殿のような?」
「……」
アシャは答えられない。必死に首を頷かせて肩を上下させている。
そのアシャを、ユーノは静かにじっと見つめた。
(アシャ)
禁を破って心の中で呼びかける。
(いろんなことが……あったよね)
セレドを出て、追いかけてきてくれて、魅かれて、けれど、レアナが好きだと知らされて。
幾度も無茶をしたのに、その度に怒りながらも助けてくれた。何度も命を救ってくれた。腕に抱かれたことも、口づけを受けたこともあった、けど……。
(いろんな……ことが)
ユーノは唇を一文字に結んだ。そうしないと、取り返しのつかない一言を口走ってしまいそうだった。
今からしようとすることが、今までしてきたどんな無茶より危ないことは十分にわかっている。
アシャがどんなに怒るか、レスファートがどんなに泣くか、イルファがどれほど呆れるかも、ユーノには想像がつく。
(それでも今は、こうしなくちゃ誰も生きられなくなってしまうから)
なおためらう自分の心を、ユーノは必死に叱りつけた。
(何をぐずぐずしてるんだ。アシャはあんなに苦しそうだ。それに、今生の別れというんじゃない、ラズーンへ着けば会えるんだ)
それは、どれほど儚い望みだっただろう。
(ヒストに食料も水も地図もある、やってできないことはない、もともと一人で行くはずだったじゃないか)
揺らめくように記憶が蘇る。深い夜に炎を囲んで笑った。レスファートの優しい温もりに慰められた。イルファの大胆さに励まされた。そして何より、背後を護ってくれるアシャにどれほど自分が甘えていたのか、今ユーノはしみじみと感じていた。
視野の端、壁がぼとぼとと崩れ始めている。もう、それほど時間がない。
(長い、夢だったんだ)
締めつけられる胸の痛みに繰り返す。
(幸せな、夢だったんだ)
一人で戦わなくていいという夢。仲間が居て、一人ではないという夢。
その夢が今引き千切られようとしている。
(だから、全ては夢だったと思えばいい。最初から一人だったと思えばいんだ)
そうすればきっと耐えられる。
「アシャ」
「うん?」
にっこり笑って、ユーノはいきなりアシャに両手を差し伸べた。
「ユー…?!」
うろたえて一瞬凍りつく相手の頬に軽く唇を擦らせ、すぐに離れながら笑った。
「しゃべり鳥のキスは返したからね!」
「ユーノ!」
アシャがはっと我に返ったときは既に遅かった。ヒストの上に吸い込まれるように乗ったユーノが、掛け声をかける間も惜しむように、崩れ始めた薄い壁を突き抜けて宙道の方へ走り出す。
「逃げたぞ! 追え!」
わあっと声が響き、ギヌアが叫んだ。
「ユーノ! 馬鹿な!」
なだれるように遠ざかる一群にアシャは叫んだ。壁を消すのももどかしく、もう一頭の馬を引く。
だが、ヒストのような気性の荒い馬でこそ駆け抜けられた宙道、並の馬の胆力では無理難題、頼りのレスファートは突然のユーノの疾走に唖然として声もない。
「くそっ、ユーノ! ユーノ! ユーノーッ!」
アシャは既に見えなくなってしまった少女、ただそのためだけに宙道行きに踏み切った少女の名を、空しく虚空に叫び続けていた。