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「ユカル」
ふいに気づいて、ユーノはユカルを見た。
「野戦部隊はラズーンの遠征隊だと言ったよね?」
「ああ…それが?」
ユカルは要領を得ない顔で頷く。
「じゃあ、ラズーンのこともよく知ってるんだろう? 『銀の王族』って言うのは、ラズーンで一体どんな『用』を果たすために、集められているんだ?」
「う〜〜ん…」
ユカルははしこそうな焦茶の瞳に悩んだ色を浮かべた。
「俺達は確かにラズーンの一部だけど、ラズーンにずっと居るわけじゃないからなあ…」
呟いて、広々と続くスォーガの草原の彼方を、敵の姿を求めるように見渡したユカルの髪に、さっきよりやや強くなった風が吹き付けた。
「ただ、噂程度なら知ってるぜ。『銀の王族』はラズーン到着後、身なりを整えて、ラズーンの中心、『氷の双宮』に召されることになっている。『氷の双宮』は『太皇』のおわすところで、俺達も易々とは入れないんだ。山を包む氷河と天から降りしきる雪で作られているとも言われてるけど、中は花が咲き木々が芽吹くほど暖かいらしい。『氷の双宮』で『銀の王族』は『太皇』に謁見し…」
ユカルはためらうようにことばを切り、迷ったように頭をかいた。
「謁見し?」
促すユーノに小さく息をつき、思い切ったように続ける。
「未来を語る、と言われているんだ」
「未来を、語る?」
ユーノも戸惑った。導師ならいざ知らず、『銀の王族』が未来を語る?
「でも、ボクは語るべき未来なんて知らない…」
考え込みながら唸る。未来どころか、自分が生き抜ける明日のことさえ語れないというのに。
「だよな?」
ユカルも肩を竦める。
「俺も噂で聞いただけだから」
隊長もそのあたりははっきり教えてくれないんだよな、とユカルは不服そうに唇を尖らせた。
「前は額帯も与えられていない半人前だからだと思ってたけど、どうもそういうことじゃないようだし」
「未来を…」
「単に謁見して、地方の忠誠を伝えるだけかも知れないぜ。ほら、地方の忠誠が確かなら、ラズーンにとって安定した未来が描けるってことだろ? 何せ、ラズーンってとこはいろいろ伝説が多いんだよ」
「う…ん」
だが、たったそれだけのために、子飼いとも言える視察官を各地に放ってまで『銀の王族』を集める必要があるのだろうか。
(それに、『銀の王族』は皇族ばかりとは限らない…)
もし、地方の忠誠や安定を確かめるためなら、それぞれの国の主を集めればいいだろうに。
それに、とユーノは考えを進める。
(もし、『銀の王族』が恭順を示す使節なら、どうして『運命』があれほどまで阻もうとする? あれだけ犠牲を払って?)
きっと世界には多くの『銀の王族』が散らばっているのだろう。一人や二人欠けたところで、それこそ大きな問題にはならないのではないか。
なのに、『運命』の動きは、そのうちの一人でも屠ることができれば、それがそのまま自らの勝利に繋がっていくと考えているようだ。
(なら、どういうことになる?)
『銀の王族』のラズーンにおける役目は、きっと忠誠を誓うとか、謁見し恭順を示すとか、そういう形式のものではないのだ。もっと何か、ラズーンに大きな影響を及ぼすもの……それこそ、存亡に価するような。
(うん、それなら)
『運命』が手勢を繰り出し、視察官とやり合い、『銀の王族』のラズーン到着を阻もうとするのもわかる。国に居るときに襲わなかったのは、視察官が着くまで、それとわからないからではないのか。
(ということは……)
それまでして、『銀の王族』は隠されている、のか、本来?
なのに、ここに至って、わざわざその存在を晒すようなかき集め方をしている、それにどんな理由がある?
(二百年祭)
そうだ、アシャは『銀の王族』が何かそれに関係するようなことを口にしていたではないか。大きなその動きに対して、のんびりしていられなくなった、だから手練の視察官を放って、全世界から『銀の王族』をラズーンへ引き寄せてきている、というのはどうだろう。
(かなり近いかもしれない)
ユーノは顔を上げた。
「じゃあ、ユカル、ラズーンの二百年祭って何だ?」
「ラズーンの……にひゃくねんさい?」
「うん」
「……何だ、そりゃ?」
「えっ」
わけがわからないという顔のユカルに呆気に取られる。
(ラズーンの人間が、知らない?)
「二百年なんて、長生きの者なんていないだろ?」
「あ、いや、年齢じゃなくて……お祭り、みたいなんだけど」
「祭り……? 地方の祭礼儀式みたいな?」
ユカルは繰り返し首を傾げている。
「じゃ、じゃあさ、太古生物の復活は? 知ってるよね?」
「ああ、レガとかクフィラとかだろ? 『運命』の陰謀らしいな」
「『運命』の陰謀…」
(いや…たぶん、そうじゃない)
ユーノは妙な胸騒ぎに眉を寄せた。
確かに、レガは『運命』が使っていたことがあるし、ガジェスにも『運命』の影があった。
だが、太古生物の復活について話してくれたアシャの口調には、もっと違うもの、身内にある汚れを語るような苦さかあったように思った。非道で悪辣な攻撃を仕掛けてくる『運命』への非難というより、動かし難い宿命に歩まされた道筋を話すような重い憂いがあった。
(まるで、ラズーンが全ての元凶みたいに)
今世界を覆う動乱の嵐には、ラズーンそのものが大きく深く関わっている、それはきっと間違いない。太古生物の復活も、『運命』の暗躍も、全てがそこに繋がり結びついている。その動きそのものを『二百年祭』と呼んでいるような、そんな感覚だ。
(だけど、ユカルが知らないなんて)
考え込んだユーノの脳裏を、ふっと一つのことばが掠める。
(ラズーンの正統後継者)
では、世の人々、ラズーンに属する者さえ知らぬその謎は、ラズーンを継ぐ者のみに伝授されているのだろうか。
(なぜ…)
思いつく理由は二つある。
余りにも難解な謎なので、選ばれたほんの一握りの人間しか理解できない。あるいは、長い時間をかけて導かれ教え込まれないとわからない。
もう一つは、余りにも危険な謎、この世の全ての意味を覆す謎ゆえに、世界を支配する一部の者にしか知らされていない。
(ひょっとすると、その両方、か)
ぞくり、と背筋が震えた。
ユーノがラズーンへ向かうということは、今まで思っていたより複雑な事情を含んでいるのかもしれない。
「一体何だろうな、その、二百年、祭ってのは…」
なおも首を捻り続けるユカル、そのことばをふいに低く深い歌声が遮った。
「…いと美しき乙女よ…」
ざわめく野営の片隅から響いてくる。




