表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 3   作者: segakiyui
4.『星の剣士』(ニスフェル)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/115

5

 スォーガには、世界創世を語る伝説がある。

 それは必ず、こう語り始められる。

 昔、戦いがあった、と。


 昔、戦いがあった。

 それはおおいなる戦であった。

 東には雪と氷をしもべとする神が、西には熱と炎を味方と頼む神がいて、二人はことあるごとに対立した。

 戦いのきっかけは悠久の空間と時間の中ではほんの些細なこと、太陽がなぜいつも東の神の背後から昇るのかといったことだった。

 神々の時にしても長き時間を、二人の神は憎み合い、睨み合い、戦い続けた。その戦いは、時にはお互いの弱点を探り合う冷えた戦いであり、時には双方の持ち得る力を叩きつけ合う熱した戦いであった。

 だが、お互いの力が伯仲していたため、戦いにはなかなか決着がつかず、それ故、二人の神の戦いは始まったときのような単純さを失い、複雑な幾万の襞を持つようになった。

 ある日、ついに戦いは行き詰まり、終局を迎えた。本当は、二人の神は互いに争いを止めるべく歩み寄ろうとしていたのだが、その折の礼の示し方が僅かに食い違っており、それが二人を決裂させたのだ。

 最後の戦いは熾烈を極めた。

 二人の神は雷を投げ合い、炎を撒き散らし、天を穿ち、地を裂いた。空にある星を降らせ、地底の大河を干上がらせた。人々は嘆き悲しみ、流される血潮を、倒れ伏す仲間を愛しんだが、神々はその祈りを聞き届けなかった。

 そして、破滅はやってきた。

 世の終わりを告げる凶星が禍々しく輝きを増したとき、星々は、神々の上に光と死を携えて降り注いだ。

 永遠にその生命を長らえるはずであった二人の神は、死して伏した。

 後には無惨な戦場のみが残された。

 美しかった大地は荒れ果て、水は乾いた。地勢は一変した。山上に海は満ち、海底は山となった。あらゆる生き物が本来の形を失い、命を失った。

 やがて、荒廃し切った世界に再び星が流れた。

 それは、彼方より流れ来た星であったらしい。

 その光は、かつて二人の神が操ったどの光よりも、清浄なものであった。

 星は、この世に、その創造と守護の任を命じ、ラズーンの神を送られた。

 新しい世界の始まりであった。


「………」

 ユーノはじっくり時間をかけて磨き上げた槍を横に置き、剣の手入れに取りかかった。

(星の剣士ニスフェルか……)

 その呼び名に潜む畏敬と希望を、ひしひしと感じる。スォーガに伝わる創世の伝えを聞かされた後では余計に、自分に与えられた呼び名が気恥ずかしくなる。

 『星』はスォーガでは決断と実行の象徴だ。世界の命運を担う、祈りの形だ。

 野戦部隊シーガリオンの中で、ただ一人、白いヒストの馬を操るためにそう呼ばれているのだろう、始めはそう思っていた。けれど、近頃では、星の剣士ニスフェル、そう呼びかけられるたび、或いは野戦部隊シーガリオンに遭遇した旅人が、夜空に輝く星のような聡明さ、眩く人を導く剣の冴え、そう讃えるのを聞くたび、それほど単純な話ではないと思うようになった。

 揺れ動く世界を、誰もが不安に思っている。それは野戦部隊シーガリオンといえど、無関係ではない。

 きっと、自分達とは異質な何かに願いを託す、その無意識が、よそ者のユーノに『星の剣士ニスフェル』と呼びかけさせているのだ。

(でも、私一人じゃ、何もできない)

 アシャ達と旅をしていた時は、もっと自分の力を誇っていた。最後は自分が背負えばいい、そう思っていた。

 だが今は、ユーノ一人ではどうにもできない大きな集団と戦う時、仲間と連携し、互いに背中を守り合うことの意味がよくわかる。

(私は……本当にあなたを守れていただろうか)

 思い出すアシャの顔に問いかける。

(あなたが背中を預けて安心できる、仲間だっただろうか)

 そうではなかった。

 いつも一人で暴走し、一人で死地に飛び込み、なのに、アシャは必ず助けにきてくれた。

 ユーノはアシャの言うとおり、上っ面と気負いばかり先走った、本当に幼い傲慢な剣士だった。

(情けない)

 失って当然だ、と胸に走る痛みにユーノは思う。

 動乱の世界を渡っていく仲間としても不十分だったのに、愛してほしいとまで願ってしまった、アシャの優しさにつけ込んで。レアナの妹、セレドの皇女、ラズーンにとって必要な『銀の王族』、おそらくはその範疇を越えてまで、アシャは体を張ってユーノを支え守り救ってくれたのに。

 何度も叱られた、一人で行くな、と。

 ラズーンの正統後継者、視察官オペ、セレド皇族の付き人、どの役割を考えても、ユーノの無茶を諌めるのは当然だったのに。

「……ほんと…」

 私って、ばかだ。

(心配ばっかりさせて、迷惑ばかりかけた)

 はあ、と溜め息をついたとたん、

「星の剣士ニスフェル!」

「んっ」

 呼ばれて振り返った。

 茶色の長衣の裾をなびかせながら、ユカルがやってくるのに微笑む。

「剣の手入れか?」

「ああ」

 近くに腰を降ろそうとするユカルに、剣を鞘に納める。

「今日あたり、ガデロの兵達が来そうなんだろ?」

「ああ。もっとも、ガデロよりモスの方が気になるがな」

 ユカルは渋い顔になった。

「ジャントス・アレグノか?」

 くすりと笑ったユーノに、ユカルはますます渋面を作る。

「そうだ。あの時、討ち果たしときゃよかった」

「仕方ないよ」

 ユーノは肩を竦めてみせる。

「ぶつかる時はぶつかるさ」

「そうだな」

 ユカルは溜め息をついて、ユーノの指が槍を撫でるのを見守る。やがて、

「星の剣士ニスフェル

 ためらいがちに呼びかけてきた。

「ん?」

「アシャに…会わないな」

「……そうだね」

 スォーガにしては穏やかな風が吹き過ぎていく。ユーノの前髪を額帯ネクトにもつれ込ませるように吹きつけ、そのままするりと耳元を掠めていく。

野戦部隊シーガリオンがもっと自由に動けりゃ、見つけやすいんだが」

「…」

 ユーノは応えず、槍の穂先に映った曇り空と、それを背景にした自分の姿を見つめた。乱れる焦げ茶色の髪、その奥で隙のない漆黒の目が殺気に輝いている。

 くすり、と寂しく笑った。

「ん?」

「いや……」

 不審そうに覗き込んでくるユカルを見返す。

「やっぱりボクは生まれ間違ったんだな、と思ってさ」

「何が?」

 ユカルはきょとんとする。

「お前ほど腕が立てば、男として十分誇らしいだろう?」

「…そうだな」

 僅かに目を伏せ、滲みそうになった傷みをユカルの視線から隠す。

「きっと、ボクに一番似合うのは剣、なんだろうな」

「槍も似合ってる。それに、その格好も」

 ユカルはにやにやと笑ってユーノを上から下まで眺める。

 硬めで跳ねた肩までの髪、額を覆う前髪の下には濃緑の額帯ネクト。他の野戦部隊シーガリオン同様、ただ細め小さめの長衣、上半身に緑の鎧、背中に剣を負っている。鎧の繋ぎ目に飾り結びされた数本の革ひもは、額帯ネクトを与えられた一人前の野戦部隊シーガリオンのみが受けられる手柄の徴だ。

「まあ、ちょっとばかし、細くてちっこいがな」

 ユカルがからかった。

「今じゃ、野戦部隊シーガリオンは烈光放つ小さな星こそ脅威だと言われてる」

 勇猛果敢なシートス・ツェイトス、その背を狙えるのは星の剣士ニスフェルに骨身を削られてからだ、とも。

野戦部隊シーガリオンか…」

 呟いてユーノは吐息を重ねた。

「このまま、ここに居るのもいいな」

「そうだよ、ユーノ」

 ユカルが顔を輝かせた。

「ラズーンでの用が済んだら、また野戦部隊シーガリオンに戻ってこいよ。お前なら、隊長だって除隊後復帰を認めず、なんて言わないさ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ