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「ああ、あの草原の焼け跡な」
「なんでも、凄い戦いだったそうだぜ。さしもの野戦部隊」も10人ほど手勢を失ったそうだ」
近くの卓の男達の話に、来る途中で過った黒焦げの草原を思い出した。
焚き火の跡らしいところに、真紅の房のついた槍が突き立ったまま放置されていたが、やはり野戦部隊の葬送の儀式だったのか、と納得する。
「シーガリオンってなんだ?」
イルファがきょとんとした顔で聞くのに、噛んでいた肉を呑み込んで応じる。
「ラズーンの遠征隊だ。タロと呼ばれる平原竜を操る、野戦を主とする勇士達だ」
「へええ…頼めば、俺も入れてくれるかな」
「腕によるな。『足手まといは連れ歩かない主義』だ」
応えながら苦笑いした。野戦部隊隊長、シートス・ツェイトスのことを思い出す。
かつて、面と向かってそう言われた。黒い短髪と口髭、鈍い黄色の瞳、嘲る口調にはアシャの地位に対するへつらいなど一切なかった。
(まあ、そう言われても仕方がなかったな、あの頃の評判では)
宮廷を遊び歩く浮かれた男、そういう感覚だっただろう。
「ふうん…」
イルファはちらりとレスファートを見やり、興味がなさそうな相手に溜め息をついた。相変わらず、食べ物というより、皮か土くれを呑み込んでいくように食べ物を口に運ぶレスファートに首を振り、自分の食事に戻る。
「で、その時に大活躍した凄い剣士がいるんだろう?」
男達の興奮した話し声は続く。
「ああ、そうとも、星の剣士と呼ばれてる」
「そりゃまた、きらびやかな」
「何でも、その戦い方が、まるで天空の星を引き連れて流れる、伝説の星のようだからと聞いてる」
「伝えの…? たいした評価だな、まだ若いのか?」
「額帯はもう授かっているらしいぞ」
(また、星の剣士か)
ふと、アシャはひっかかった。
確かにここへ来るまでにも、星の剣士の噂は時々耳にしていた。まだ年若いながらも、物見を真の友として常に寄り添い、隊長シートスの片腕にもなろうかと言う剣の冴えの持ち主だと。
野戦部隊の年齢層は広い。若くして志願して加わる者も入れば、歴戦の勇士が是非にと腕を頼りに入隊を希望する場合もある。いずれもシートスが認めなければ野戦部隊を名乗ることは許されない。その少年も、おそらくは際立った才能の持ち主なのだろう。
(若くして額帯を与えられるほどの、際立った才能…)
カタン!
ふいにレスファートが手にしていた木さじを取り落とし、振り向く。
「どうした、レス?」
「……」
レスファートは星の剣士について話し続けている2人の男の方を、食い入るように見つめている。
「レス?」
「……星の剣士…」
「かなりの遣い手らしいな」
「…ちがう…」
「え?」
くるりと振り返ったレスファートの瞳が蘇ったように生き生きとした色になっているのに驚く。イルファが忙しく肉を噛みちぎりながら、問い直す。
「違う、って、何が」
「星の剣士は…」
レスファートは微笑しようとした。だが、し損ねて泣き笑いのような表情になる。虚ろだった瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「ユーノだ…」
「え!」「何っ」
いきなりアシャとイルファがレスファートにのしかかるように立ち上がったのに、男達は不審そうな目を向けて話を止めた。
「本当か、レス!」
「ぼくが、ユーノの心象をつかまえそこねるわけがないよ!」
レスファートは叫んだ。
「まちがいないよ。星の剣士はユーノだ!」
「……あんたら、どうしてあの人のことを知ってるんだ?」
繰り返される名前に、男の一人が不思議そうに口を挟んでくる。
「見れば、旅の者なのに。確かに、星の剣士はユーノ、とも名乗ってるぜ」
「…っ」
一瞬感情が押し寄せ溢れて、アシャはことばを失った。そうとも、当然それを考えてもよかったのだ、と歯噛みする。
野戦部隊。
まさにユーノによく似合った、そして絶好のラズーンへの道案内ではないか。
「よし」
アシャは慌ただしく席を立った。
「必ずユーノを連れ帰ってやる。待ってろ、レス。頼むぞ、イルファ!」
「アシャ、お願い!」
レスファートの声を背中に、宿屋を飛び出す。
「レスのことは任せとけ!」
「おい、あんた!」
駆け出して行こうとするアシャに、ただ事ではないと思ったのだろう、男の1人が声をかけてきてくれる。
「野戦部隊は、今、南西の台地にいるはずだぜ!」
「わかった!」
感謝を込めて軽く一礼し、アシャはスォーガの南に広がる台地へと馬を駆った。




