表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 3   作者: segakiyui
4.『星の剣士』(ニスフェル)
25/115

2

「ヒストーッ!」

 胸が張り裂けそうな苦しい息の中から、ユーノは一声高く愛馬を呼んだ。平原竜タロの中で騒ぎが起き、一頭の栗毛の馬が苛立たしげに棒立ちになり、天の嵐を呼ぶように高く嘶いた。自分を繋いでいる紐を泡を吹きながら噛みちぎろうともがく。努力は間もなく功を奏した。縛めを解かれた野性の獣よろしく、その名の白いヒストを額に白々と燃え上がらせながら、ユーノに向かって駆け寄ってくる。間近に来ると僅かに速度を落とし、ユーノと並走、ユーノが手綱を掴んだと見るや、振り回すように体を振って主を背中へと引き上げる。

 息を呑むユカルの目の前で、奇跡のような安定感と軽さで馬を操り、ユーノは平原竜タロの中に走り込み、綱を次々と断ち切った。ようやく群れに辿り着いたユカルが、自分の平原竜タロに乗るのももどかしく、平原竜タロ達が走り始める。

「オーダ……レイ!」

 息を切らしたユカルの声が、それでも朗々と響き渡る。深い緑色の鱗を、燃え上がる炎よりも猛々しく輝かせて、平原竜タロは怯むそぶりさえなく、戦乱のまっただ中にそれぞれの主を捜して走り込んでいく。

「オーダ・シーガル!」

 その一匹の手綱をぐい、と捉えて、平原竜タロの上に躍り上がったシートスが、手にした剣を高々と上げた。どよめきが戦いの混乱を渡っていく。平原竜タロに踏みつぶされる者、蹴飛ばされる者、暴走に巻き込まれて命を落とす者が続出し始めた。だがもちろん、伊達や酔狂で野戦部隊シーガリオンを名乗っているわけではない、仲間達は次々と平原竜タロに飛び乗り、或いは並ぶ平原竜タロの背中を渡り、それぞれの持ち平原竜タロに身をおさめ始めている。

「オーダ・シーガル!」

「オーダ・レイ! レイ! レイ! レイ! レイ!」

 レイ、レイ、と後を続ける声が次第に増え出し、平原竜タロのたてる地響きと相まって怒濤のように『運命リマイン』とモス兵士を襲い始めた。一度怒れば一都をも灰燼に帰そうという平原竜タロの暴走の前では、『運命リマイン』の操る馬の激走など児戯に等しい。

 レイ、レイ、レイ、と掛け声が上がる度に、『運命リマイン』の姿が見る見る少なくなっていく。

「はあっ!」

 荒くれた平原竜タロの暴走の中で、ヒストに乗ったユーノの姿は目立った。

 平原竜タロに追われ逃げ惑う『運命リマイン』の乗る馬は次々と蹴散らされていくのに、ユーノの乗るヒストは、まるで平原竜タロに守られてでもいるように悠々と進み続ける。しかし、よく見れば、馬を平原竜タロの中で遅れず急かさず操る腕がどれほどのものなのか、すぐにわかって誰もが感嘆の念を抱かずにはおられないだろう。

 焚き火の炎が蹴散らされたのか、赤茶けた草原に炎の絵巻物が広がっていく。ほぼ同時に、『運命リマイン』、モス兵士の中から叫びが上がった。

「退け! 退くんだーっ!」

「!」

 その後は素早かった。形勢不利と見ていた者が多かったのだろう、来た時と同じように、あっという間に、炎の照らし切れぬ夜闇へ消えていく。

「オーダ・レイ!」

 平原竜タロの暴走に次第に制限を加えていきながら、シートスが叫んだ。手近の者に指示を与え、燃え広がろうとする火を追わせて踏み潰させる。

「はいやっ、ほうっ!」

 乾いた草地を疾っていく炎に飛び込むのは並大抵ではない、だが、野戦部隊シーガリオンの面々は怯んだ様子もなく、先回りし、炎とじゃれ合うかのように軽々と、その道筋を蹴り潰し、消し止めていく。躍る炎、舞う土埃、翻るマントに火をもらう間抜けは一人もいない。炎の中を緑の鱗の平原竜タロが駆け抜けた後は、重く沈んだ黒色の闇が残るだけだ。

「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」

 ユカルが汚れた頬に誇らしさを漲らせて、高々と叫んだ。物見ユカルとしてはもっとも嬉しい叫び、勝鬨の声だ。

(倒されたのは10人ほどか)

 ユーノはシートスの視線を追って、主のいない平原竜タロの頭数を数えた。

 シートスにすれば、その状況は少々不満だったらしい。難しい表情で、ぼんやりと薄明るくなってきた空を睨みつけていたが、ふっと溜め息をつき、髭をしごいてユーノを見た。眉を上げ、苦笑して見せる。

「シートス」

「うむ」

 ユカルが、例の紅い房のついた槍を手渡す。シートスは重く頷いて、それを受け取った。ゆっくりと天へ突き上げる。

「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」

「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」

 声が唱和するのを待ち、シートスは気迫のこもった動作でそれを投げた。しなる筋肉に支えられて、槍は軽々と空を飛び、踏み荒らされ消された焚き火の跡に深々と突き刺さる。静まり返った闇にびい…ん、と端まで震える槍を見つめ、シートスが呟いた。

同胞はらからはこの槍の下に集い、槍の下に従い、槍の下に死んだ。それを忘れる者は野戦部隊シーガリオンたる資格はない」

 無言で男達が頭を垂れる。

 ラズーンに属するとはいえ、野戦部隊シーガリオンは独自の掟に基づき、時にラズーンを遠く離れて転戦する。互いの背中を預け、互いの最後を見届け合う。絆は、平原竜タロに跨がった瞬間から、固く強く結ばれている。

 それは、厳しくも淡々とした野辺送りの儀式だった。

 頭上に遥けく高まる天空と、足下に果てしなく広がる大地と、それぞれの存在の狭間に生きる、小さく脆い人間との。

(温かい)

 ユーノは目を閉じ、小さく息をついた。

 アシャ達とは違った安心が、ここにはある、ただ一人、コクラノの妙にぎらつく視線は気にはなるが。

 ふ、とシートスが息を吐き、天を仰いで命じた。

「長居は無用だ! 移動する!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ