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ぞくりと体中の血が凍るような気がして、ユカルは低く吐いた。
「ジャントス……アレグノ…」
「…」
無言でそちらを見たユーノが、肩越しに視線を投げてくる。
「『運命』?」
「あいつに固まっている気配が濃厚だ」
「…どうやら、ボクの相手らしいね」
ゆっくり速度を落とし始めるユーノに合わせるように、ジャントスも落とした……いや、落としかけると見せて、次には一瞬の動作でこちらへ突進してきていた。
「いやあああーっ!!」
凄まじい裂帛の気合い、瞬時反応出来ずに呆然としたユカルの前で、万に一つの生きる機会を掴むように、振り下ろされたジャントスの剣を、ユーノの剣が受け止める。
ガギャッ! ドスッ!
そのまま体重をかけて捻ろうとしたジャントスの顔が歪む。どうして動きを止めたのか、と不審に思ったユカルの目に、ジャントスの左腹部に深々と、ユーノの片足が蹴り込まれているのが見えた。茶色のチュニックに捩じ込むように突き出された足が一瞬退き、再び目にも留まらぬ素早さで腹部に突き込まれる。
「ぐう…っ」
鈍く重い呻きを上げて、鉛色になったジャントスの顔が引き攣れた。が、さすがに名のある勇士、力に任せてユーノの守りを破ろうとする。ジャントスの重い剣がギリギリと音をたてて、ユーノの剣に噛み付く。
そこでやっと、ユカルは己を取り戻した。自分の剣を振り上げ、無言でジャントスに斬り掛かる。
「ユカル!」
ユーノの警告の叫びはわずかに遅かった。
弱りつつあると見えた体の、一体どこにそんな機敏さがあったのかと思える速さで、ジャントスはユーノの剣を跳ね上げ、反動でユカルの剣を跳ね飛ばし、ぐっとのしかかってきた。
「っっ」
片目を固くつぶり、ユカルは身の竦む恐怖に捉えられた。迫り来る剣のぎらついた形相、怖さに、視界一杯に広がった銀の煌めきから目を離せなかった、という方が正しいかもしれない。
同時にユカルは、その剣の向こうの恐ろしく無感動なジャントスの顔を、そこに異様に熱っぽい感情に燃え上がる瞳を見て取っていた。
それは近づく者を爛れさせる闇の業火に似て、物見としての力を持つユカルにとって、自分も同じような憎悪に汚されていくようなおぞましさを感じさせるものだった。
ジャントスは自信に満ちて、ユカルを屠ろうとしていた、脳裏にユーノの存在を刻みつけないという唯一の誤算を残して。
そして、その誤算の重大さにジャントスが気づいたのは、開き切った腹部に、瞬間に数撃叩き込まれ、危うく馬から落ちそうになってからだった。
「ぐっ!」
「はあっ!」
間髪を入れず、ユーノの剣が閃く。切っ先がジャントスの肩を掠め、とっさに避けながらジャントスは苦痛の呻きを上げた。体勢を立て直す間も与えるまいとするように、千の切っ先となったユーノの剣捌きが彼を追い詰める。と、少し離れた所で起こっていたぶつかり合いの中から、わああっと新たな歓声が上がった。はっとしてユカルがそちらを見ると、数騎の野戦部隊がこちらへ向かってくるのが見えた。
それは、戦いがユカル達にとって有利に進んだことを示している。
(よし!)
「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」
ユカルは叫び声を上げて片手を打ち振った。応えて、こちらへ駆けつける野戦部隊が槍を振り上げ、叫び返した。
「レイ! レイ・レイ・レイ・レイ!!」
ビュ……ゥン! ドスッ!
「!」
槍がジャントスのすぐ近くに落ちた。野戦部隊は正確無比な槍の遣い手達でもある。ジャントスに動揺が走り、ちいいっと鋭い舌打ちをした。ユーノの剣を一度だけの攻めとして渾身の力を込めて跳ね返し、すぐさま向きを変える。
「待てっ!」
追いすがるユーノの声も追いつけぬほどジャントスの去り方は速かった。総大将が崩れたとあって、見る間に隊の中から落伍者が出、後は雪崩を打っての遁走となった。
「大丈夫? ユカル」
僅かに呼吸を乱している程度、頬の赤みに歯向かうような冷静な目の色で振り返るユーノに、ユカルはもう反発は感じなかった。彼はただただ、彼はユーノを仲間に引き入れたシートスの眼力に尊敬の念を抱き、同い年だというのに、おそらくは野戦部隊のどの勇士もあれ以上には戦えまいという剣の冴えに感服していた……。