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前方に集落、その手前に茶色の革のチュニックと黄色のマントのモス兵士達がたむろしているのが見える。
「モスの遠征隊だ」
シートスのことばにこっくりと頷き、ユーノも剣を抜いた。祈るように一瞬掲げ、しっかり握り直す。
モスはどうやらユカル達を待ち構えていたようだった。認め合った一瞬後、相手方も馬を駆り、見る見る近づいてくる。黄色のマントが翻りはためいて、赤茶けたスォーガの草原に鮮やかに映える。いかつい顔、がっしりした体つき、馬共の気性も荒く、爛々と光る眼は火を吐くばかりだ。
そして、それらの遠征隊の背後に、暗く澱んだ冥府の気配、先頭を走ってくる馬に跨がった男の顔が見分けられるほどになり、ユカルは思わずシートスを振り向いた。
(ジャントス・アレグノ!)
ユカルをちらりと見返したシートスが頷き返す。
ジャントスの部隊はモスの中でも選り抜き揃いだ。遠征から疲れを溜めて引き上げてきている野戦部隊としては、いささか不利な相手と言えなくもない。
「知り合い?」
ユーノの声が平原竜のたてる地響きの合間を縫って聞こえてくる。
「というほどでもないが、よく知られている男だ。ジャントス・アレグノ、ラズーン国境付近の攻めに入ったと聞いていたが、どうしてスォーガまで…」
はっとしたようにシートスは口を噤んだ。
さすがに野戦部隊隊長、すぐに理由を悟ったらしい。
「ボク…だね」
ヒストの上に身を伏せながら、ユーノが呟いた。
(きっとそうだ)
ユカルはその小さな横顔を見ながら顔を引き締めた。
おそらくジャントスは、ユーノの捕縛、あるいは殺害のために、『運命』から派遣されたに違いない。
(けど、どうして)
ギヌアが、ユーノを、動乱期のこの上ない狩りの獲物と見、来るべき『運命』の世のための供物と見た経緯など知らぬユカルにすれば、この、たった一人の少年ーたとえ、それが、アシャ・ラズーンが連れて来た『銀の王族』であるとは言えーのために、モス歴戦の勇士を駆り出すことは不思議でならない。
(あいつ一人のために)
だが、ユカルの思考はすぐに断ち切れた。双方の先鋒が接触したと見る間に、たちまち野戦部隊とモスの遠征隊、相乱れての乱戦となったのだ。
「ちっ!」
巻き込まれまいと、ユカルは必死にその渦の中を横切り始めた。物見の役目は、剣で敵を叩き潰し、切り倒すことではない。何よりも大切な、真の敵『運命』を追うことにある。
そしてユカルは、若輩ながらも、その腕をとっては決して他の勇士に見劣りすることはないと自負している。
「はいっ! はあっ!」
平原竜を叱咤激励して、喧噪の中、剣の作り出す虹色の幻の中を駆ける。と、視界に急速に近寄る気配、とっさに剣を振った。
ギャッ!
耳の鼓膜の隅まで震わせる嫌な音がして、相手は受け止めた剣の向こうからニッと笑ってみせる。
「ユーノ…」
「せめて味方ぐらい見分けろよ」
「戦線から逃げる気か?」
「冗談」
ユーノはきらりと黒い目を輝かせた。その次に相手の唇から漏れたことばに、ユカルは戦いの最中だというのに、一瞬我を失った。
「『運命』を追っているんだろう? ボクも付いて行く」
ユカルが『銀の王族』を見たのは、これが初めてというわけではなかった。だが、今まで見た『銀の王族』の中で、これほど名にそぐわぬ荒いことばを吐く人間はいなかった。
「わけがわかっているのか?!」
再び平原竜を駆り始めながら、ユカルは叫んだ。
「遊びじゃないんだぞ!」
「遊びじゃないさ」
相手は淡々とことばを返した。
手にした剣はまだ血塗れていない。ということは、ユーノも、ユカルが戦線を抜け出すのとほぼ同時に離脱し始めていたに違いない。
「このままでは、野戦部隊の方が危ない」
こいつは、いつの間にそこまで戦況を読んでいたんだ、と愕然とした。
確かに、今のままでは、遠征帰りの野戦部隊が崩れて行く可能性は高い。もっともそういう時のために、『運命』支配下とやり合う時は、物見が動くことになっている。
しかし、そういった野戦部隊の仕組みを、いつの間にユーノは見抜いていたのか。
(隊に加わって、まだ1週間足らずなのに)
「……追ってどうする?」
少し呼吸を乱しながら、ユーノが問いかけてきた。
「追ってどうするって……追うだけでも役目さ。『運命』を惑乱させられるし…」
「もう一声」
「何?」
「ボクなら『運命』を襲う」
「!」
こちらに投げられた視線の燃えるような熱さに、ユカルは気圧された。
ふっと相手が微笑する。
「ユカルは物見だけでいいよ」
「何をっ!」
かっとしてユカルは喚いた。
たった1週間かそこらに入った新人に、ユカルは物見『だけ』なぞと言わせた自分が腹立たしかった。
「おれもやる!」
にやっとユーノが笑って前方を向いた。うなじに流れる髪に妙に甘い感覚を嗅ぎ取り、ユカルはますます体が熱くなるのを感じた。
是が非でも、物見の名にかけて、『運命』を見つけ出し、ユーノに一泡吹かせてやらなくては気がすまない。
荒々しく考えた次の瞬間、自分達と同じように混戦を抜けてきた1人のモス兵士が目に入った。岩のようにいかめしい顔がこちらを向く。