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「冷え込んできたな」
「『風の乙女』(ベルセド)が出るかも知れんぞ」
野営している野戦部隊は、空を見上げながら、火の側に集まっている。夜になり、風が吹いているのに、昼間から重くたれ込めた雲は星を見せなかった。
「しかし、あの客人は見事なものだな」
「ああ。平原竜の中に居ても、馬を操って見劣りせぬからな」
「あの馬も見事だ。怯えもせん」
「……へへ」
ざわめく男達の横を、誇らしげに笑みを浮かべたユカルは、急ぎ足にユーノの天幕へ向かっていた。肩に真新しい剣帯をかけ、片手に花、片手に濃緑の額飾り(ネクト)を持っている。
やがて、彼は天幕の外で立ち止まり、軽く咳払いして声をかけた。
「ユーノ」
「何?」
ひょいと無造作にユーノが顔を出し、知った顔を見つけて笑顔になった。
「やあ、ユカル」
「シートスからの褒美だよ。額飾り(ネクト)と剣帯」
「額帯……」
微かな驚きがユーノの瞳に広がった。
「いいのかな、そんな………それは?」
続いてユカルの手にした花束に落ちた視線が、一層戸惑う。
「近くの街の娘から」
「え…」
ユカルを天幕の中へ招き入れ、花束を受け取りながら、ユーノは複雑な表情になった。
「困ったな…」
「困ることはないだろ」
相手が本当に困っているのだと気づいて、ユカルは首を傾げながら、天幕の毛皮を敷いた所に腰を降ろした。明るく揺れる灯皿の火に照らされたユーノを見つめる。
「女ってのはいいもんだぞ」
「へえ…ユカルは女を知ってるわけ?」
「ばっ…ばかっ!」
悪戯っぽい声に、思わず頬が熱くなった。
「野戦部隊で一人前に認めてもらってないんだ、知ってるわけがないだろ!」
ユカルは17歳、野戦部隊ではひよっこもいいところだ。
「そういうお前は知ってんのか?」
「え…ボク…?」
唇を尖らせるユカルにくすくす笑っていたユーノは、ユカルと同じように頬を紅潮させた。口ごもって、手にした花を弄り回す。
「そんな、ボクは…」
だが、唐突に何かを思い出したように唇を薄く開いたまま、ユーノはぼんやりとした。黒い瞳が柔らかく潤って、紅を帯びた頬が緩んでいる。揺れる灯皿の光に、それはどこか妖しげな気配、なぜか自分の胸の内を奇妙に揺さぶられるような気がして、
「ユーノ?」
思わずユカルは声をかけた。
「!」
どきりとした顔でこちらを見返すユーノに強いて笑いかける。
「どうしたんだよ、にやにやして」
「え?」
「さては、女を知ってるんだろう。それを思い出して、そんな甘ったるい顔して…」
「知ってるわけないだろ!」
見る見る赤くなったユーノの頬が、違うと教える。同い年なのに、もう女を知ってるのかよ、といささか面白くない気分で、からかい半分に言い返す。
「じゃどうして、あんな顔してたんだよ」
「あんな顔って、どんな顔なんだよ」
「だから、えらく甘ったるい、ふやけた……」
微妙に不愉快そうなユーノを見ながら、ユカルはどんな顔か、を説明しようとした。
与えられたばかりの濃緑の額帯をつけようと両腕を上げ、焦げ茶色の髪をかきあげているユーノの姿は、いつもより細く華奢に見える。野戦部隊の無骨な茶色の長衣も、そのしなやかな体にまとわりつくと、わざわざ少女じみた骨格を強調するために選ばれた生地のように見えてくる。とにかく細い。全てが小作りだといつも思う。
(だけど、この体で、あの腕、だものなあ)
額帯は、野戦部隊の中でも戦士として認められたことの証、ユーノの白い額に結びつけられたそれを、ユカルはまだ与えられない。
(今日だって)
ユカルは思い出すともなく、昼間の『運命』支配下との小競り合いを思い出す。




