表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 3   作者: segakiyui
2.野戦部隊(シーガリオン)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/115

8

 今でもシートスは、その時のことをありありと思い出すことができる。不敵というには、あまりにも艶やかに微笑んだアシャの顔も、揺らめく灯火も。

「さすがの俺も、すぐには返事ができなかった。『黒の流れ(デーヤ)』流域の住民から、扇動者を引きずり出そうというのが彼の計画、『黒の流れ(デーヤ)』を馬で下っていくというとんでもない作戦も、それが聞き始めだった。結局、俺はあの方と一緒に殴り込みをかけ、見事に成功した。もちろん、反乱鎮圧が成功したのは言うまでもない」

 シートスは自慢げに、周囲の男達のぽかんとした顔を見回した。

「『黒の流れ(デーヤ)』を馬で下る、だと…」

「そんな……鬼神ではないのか、アシャというのは……」

「あのアシャが…」

「何を言ってる!」

 新参らしい男達ー物見ユカルも入っているーが、呆れ声を上げるのに、古参が言い返した。

「『太皇』(スーグ)』以外で、『泉の狩人オーミノ』を御せるとすれば、アシャか、ミネルバだと言われておるのだぞ」

「げ」

「『泉の狩人オーミノ』をねえ…」

 まだ半信半疑の新参兵に、やれやれと古参が肩を竦めるのに、シートスは静かに、だが力強く笑った。

「まあ、ラズーンでアシャに会えば、すぐにわかる。今度の『運命リマイン』との戦いは、これまでにない大規模なものになるとのことだからな」

 シートスはユーノを振り向いた。

「……アシャがラズーンを出たのは、それから、半年ほどがたった日のことだ」

「どうして?」

「さあ……詳しいことは誰も知らんだろう、アシャ本人以外にはな。だが、冗談まじりには聞いたことがある。『探し出すべき人を探し出しに、出会うべき人と出会うために』と言うことだった」

 ユーノの問いかけに、シートスはやや白けた笑いを浮かべた。

(『探し出すべき人を探し出しに、出会うべき人と出会うために』)

 ユーノは心で、そのことばを繰り返した。

(そして、アシャはレアナ姉さまと会った……)

 ギアナの裏切りにようよう逃げ込んだセレドの往来、あの美しさも埃に塗れては人を魅きつけることもなく、ただ路上に倒れていたアシャを、レアナは優しく救い上げた。その白い腕がどれほど眩かったのか、薄紅の唇がどれほど甘く微笑んだように見えたのか、ユーノには容易に想像がつく。

 同じように、今までどれほど多くの国の王子が、レアナの笑みのために遠い山を駆け抜け、流れを渡り、馳せ参じことか。

(懐かしい…)

 アシャと出会ったのが、ずっと昔のことのようだ。

 ユーノはそっと唇を綻ばせた。

(こうして、何もかも思い出になっていくんだろうな)

 これほど切ない想いも、いつかは若い頃の思い出の一つとして、心の宝石箱に転がしておける時が来るのだろう。

 ユーノはそれまで待てばいい。それまで、この想いを、一言一動作にも示さなければいい。

「あれほどの才を持ちながら、さても夢見がちな男だわい。……もっとも、あの美貌には似合っているがな」

 シートスのことばに、ユーノはくすりと笑った。

 イルファのことを思い出したのだ。妻にしようとまで思い詰めていたと聞いたことがあるから、アシャが男だと知った時はさぞかし衝撃だっただろう。

(無理もない)

 溜め息まじりに温かい赤と黄色の炎を見つめながら考える。

(あの顔立ちだもの……それに、あの髪。娘に見えない長さじゃないし、何よりも紫の瞳のきれいなこと……あ……れ……)

 じわっと滲んできたものに、ユーノは慌てて目元に指を当てた。少し濡れている。

(涙?)

 違うことを考えよう、と思った。違うことを……あ、あの向かいの男、レスファートと同じような銀の髪をしている。

(でも、レスの方がもっときれいだな、さらさらで艶があって。おかっぱが伸びて肩に触れていた。また切ってくれとだだをこねている頃じゃないのかな)

「!」

 不意にばさりとマントが頭からかけられ、ユーノはぎょっとした。跳ね上げようとした頭を、軽くマントの上から押さえ、シートスが低い声で呟いた。

「ちょっと体が冷えてきたようだな、客人。これを被っているがいい」

「…」

 心遣いが優しく、ユーノは頷いてマントをかき寄せ、身を竦めた。炎の燃える音、人々の話し声、身近に寄せる温かな気配が、逆にユーノに孤独を押し付けてくる。

「よほどの理由があったのだろう、客人?」

「……」

「世の幸福を約束された『銀の王族』がギヌアと剣を交えるとはな………痛ましいものだ」

「シートス…」

「何だ?」

「ボクがここにいること、アシャには知らせないでくれる?」

「…」

「ボクがアシャといると……かえって危ないんだ」

「どういうことだ?」

「……ボクはカザドにも狙われている」

「!」

 シートスはぎくっとしたように手を強張らせた。そして、徐々に力を抜き、重い溜め息をついた。

「それで……こんな無茶をしたのか」

「……」

「辛い旅をしてきたな」

 柔らかな労りの口調に思わずしゃくりあげそうになって、ユーノは息を詰めた。

「……よかろう。それでは、お前を我らの野戦部隊シーガリオンの一員として迎え入れ、ラズーンへ帰還しよう。ただし、神々のお引き合わせによってアシャと巡り合ったなら、その時はお前のことを知らせるぞ」

「うん……ありがとう、シー……」

 ことばをとぎらせたユーノの頭を軽く叩き、シートスは誰に言うでもなく呟いた。

「動乱の期は、誰にとっても辛いのだよ」

「、……」

 ユーノは頷いて、零れた涙を見せるまいと俯き、唇を噛んで体を竦めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ