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「いったい、あんな優男に何ができる!」
シートスは若かった。この窮状を理解していないとしか思えないラズーン統合府の判断にも苛立っていた。
無理もないかも知れない。
その頃のアシャは、当時のシートスよりもまだ若く、まだ17、8。ラズーン内部でも、武人の間でというよりは、主として貴婦人達の間で有名な男だったからだ。
ある詩人は、波打つ髪は黄金、瞳は山深い谷の紫水晶、誇り高い唇は紅瑪瑙、肢体は真珠、視線は銀、と歌った。また、他の詩人は、太陽の冠を戴きし、ラズーンの泉の光の少年よ、と褒め讃えた。
確かに、アシャがただでさえ眩いその髪に、真紅の髪留めを巻きつかせ、同じ濃い紅のマントを羽織り、細身に優雅な仕草を備えて人々の前に現れれば、大方のものは男も女もことばを失った。華美というにはあまりにも無駄のない、華麗というにはあまりにも嫌みのない、ただただ整ったその美貌は、多くの婦人の憧れの的だったし、男達の密かな羨望と嫉妬の標的となった。
ほっそりしたたおやかな姿や女性的な顔立ちからは、その手に剣を想像させなかったし、人々の願いを見事に叶えて楽器も歌も、踊りも語らいも、アシャは巧みで得意だった。
だがその本分が、実は他の何者も比類出来ないほどの戦いの才能だと知ったのは、シートスが『黒の流れ(デーヤ)』流域の隠れ『運命』の反乱鎮圧も大詰めに入った、ある夜のことだった。
その夜、シートスは呼び出されて、不承不承、アシャの天幕に入った。
アシャは殺気立ち疲れ切った部隊の気配を知らぬ顔で、のんびりと寝そべり、気怠げな、どこか艶っぽささえ感じさせる仕草で髪をかきあげていた。
(話があるならさっさとしろ)
中央から来る愚かな司令官は、時に、自分の疲労を癒すためにとんでもない要求をこちらに呑ませようとする。そういうことに野戦部隊が、ましてや隊長シートス・ツェイトスが応じるはずもないが、それをアシャが理解しているとも思えない。豪奢華美な宮廷文化に慣れた男が、一夜の寛ぎを求めるならば、正当防衛を盾に切り捨ててもいいだろう、そういう目論みさえあった。
横を向いて、その実アシャの一挙一動に注意を払っているシートスが焦れているのを、知っているのか知らぬのか、アシャは外したマントを無造作に放り投げた。
「シートス」
「はい」
投げられたマントがふわりと上物の柔らかさで崩れるのを横目に、シートスは冷徹な視線を返す。
「この戦いで、こっちが勝つのはどれぐらいの確率だと思う?」
「……」
シートスは相手の意図を量りかねた。だが、今頃になって、そういう間抜けたことを口にする指揮官に対する侮蔑は、十分視線に込めたはずだ。相手が気づかないとは思えなかったが、アシャは気にした様子もなく、問いを重ねた。
「正直に言ってみてくれ」
「……おそらく、3割強か、と」
「俺もそう思う」
予想外のアシャの応えにおやとは思った。だが、いや、まだわからんぞ、と思い直して、依然むっつりしたまま、シートスはアシャを見返した。
その彼を平然と見上げて、アシャは続けた。
「しかし、負けるわけにはいかないだろう」
(当然だ)
「……」
シートスの沈黙にアシャが婉然と微笑んだ。
「今夜殴り込むが、ついて来るか?」
「っ」
さらりと黄金の髪が垂れ落ちる、その背後の瞳に紫の炎が煌めいた。




