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ラズーン 3   作者: segakiyui
12.創世の詩(うた)
103/115

4

「ん?」

 話を止めて、ユーノは耳を澄ませ、窓の外を見やった。

立風琴リュシだね」

「…」

 ハイラカの声に頷いて、花苑の中に立つアシャとリディノを見つめる。

 紫の長衣、同色の飾り紐で髪を後ろでひとまとめにしただけでも、目にしみるほど美しいアシャの隣に、深緑の衣で同じような姿をしたリディノが、ほっそりとアシャに甘えるように立っている。まとめ方を変えてはいるものの、アシャより淡い金髪が肩に背に白い額に乱れて、衣の色が濃いだけに一層引き立って眩く見える。

(いいなあ)

 胸の中でことばが零れた。

 たとえ、アシャに好きだと言ってもらわなくともいい。レアナの妹でも、セレドの第二皇女でも、『銀の王族』という繋がりだけでもいいから、あんな風にアシャに甘える時間が欲しい。ほんの少しだけ、アシャの側で目を閉じて、体を休めていたい。

 アシャの詩が響いてくる、甘く切なく、遠い夜の昔語りのように。

(そういえば…夢を見ていたっけ)

 眠り続けていた5日間、何かとてもいい夢を見ていた。全部が全部いい夢というのではなかったのだが、苦しさが極限に達して、これ以上は耐えられないと心が悲鳴を上げて崩れ落ちていこうとした瞬間、抱きとめてくれた人がいた。驚いて、怯えて、体を固くしたユーノをそっと、けれど逃れようのない熱っぽさで抱き締めて、その人は低く囁いてくれた、ユーノの名前を繰り返し繰り返し、ユーノの心が溶けていくまで。応えなくては、ともがくユーノを黙って待っていてくれた。

 その体に包まれて、その腕で体の自由を奪われるほど抱き締められても、抵抗しようとは思わなかった。どうしてだろう、泣きたいような安堵感があって、ただじっと相手の腕に身を任せていた。

(あれは…誰だったんだろう)

 妙に生々しく、抱きついた体の感触も覚えている。

(もう一度抱き締められたら、きっとわかる)

 安堵とは裏腹の、もっと近くもっとたくさん欲しくなるような切ない気持ちが溢れて、唇を引き締める。

(ひょっとして、アシャ…とか?)

 慌てて首を振った。

(ないないあり得ない、どうにかしてる、こんなこと考えるなんて)

「ユーノ?」

「あっ」

 ハイラカが怪訝そうにこちらを見つめているのに気づいて、顔が熱くなる。

「ごめん。何の話だっけ」

「……君はアシャが好きなのかい?」

「っっ」

 ぎょっとしてユーノはハイラカの青い目を見返した。

「アシャを見つけてから、そっちばかりを見ている」

「…そうかい?」

 一瞬息を呑み、かろうじてユーノはにこりと笑ってみせた。

「そりゃ、ま、ね。だって、レアナ姉さまの想い人なんだもの。将来の兄になる人だから、気にもなるさ」

「君の姉の?」

 ハイラカは少し目を細めた。

「アシャも、お姉さんが好きなのかい?」

「ああ」

 何気なく応えると、胸でセレドの紋章が揺れるのを感じた。

「守ってやりたい女なんだって。一生かけて心を捉えたくなるひとだって、アシャ、ベタ惚れだったんだ。何せレアナ姉さまは、セレドはおろか、他国にも聞こえた美姫だもの……お似合いだと思わない?」

 そうだ、あらゆる意味で、レアナは本当にアシャによく似合う。

「セレドのレアナなら聞いたことがあるよ」

 ハイラカは静かに同意した。

「美しくて気品があって…」

「心根優しく、物腰柔らかく。私もずっと思ってきたもの、守ってあげたいって」

 ハイラカのことばの後を続け、ユーノは笑みを絶やさないまま続けた。

「姉さまみたいな優しいひとが泣いたり、悲しんだりするのはみたくない。ううん、姉さまだけじゃない、父さまも母さまも、妹も……セレドの国民も…誰も悲しませたり怯えさせたりしたくない……私は……守りたいんだ…」

 優しく虚ろな声になっていた。

「ユーノ…」

「あ、それにさ」

 ハイラカの気遣わしげな声に、ユーノは我に返った。

「私も剣を扱う方が好きだしね。それに、女の子に見られることが少ないからさ」

 ちょいと肩を竦めてみせる。

(アシャにも女の子扱いはされない)

 だから期待なんかしない。守られることを願わない。

 脳裏を眠るレスファートの顔が掠める。旅で出会った人々の笑顔が、差し伸べてくれた手が、一つ一つ蘇る。動乱の波に呑み込まれていきかねない命との絆がもう、両手に余るほど繋がれているのを感じる。

(だから、守る、皆を)

 破滅が近いというなら立ち塞がろう、全身全霊かけて。また、ユーノが傷つくことで悲しむ存在のことも忘れない。その気持ちもちゃんと胸に覚えておく。

(覚えておいたまま、逃げないでいる)

 難しいことだけど、それでもきっとやれるはずだ、伊達や酔狂で戦い続けてきたわけではない。

(私は、強い)

 ああ、そうだとも、だけど、なんだって今日は、わかりきっているこんなことが、これほど心に痛い?

「ユーノ…」

 ハイラカは椅子を立って、ユーノの側へ寄った。

「僕は君に何もしてあげられないけど……少しぐらいなら抱き締められるよ」

「ハイラカ…」

 ユーノは思わず目を見開いた。

「いいよ、泣いても」

 柔らかな相手の微笑に慌てて取り繕う。

「あは、大丈夫だって。そんな…」

 必死に紡いだことばを裏切って、突然涙が零れた.

「ユーノ」

 ハイラカがためらうことなく、ぐい、とユーノの頭を抱き寄せる。

「ごめ……傷が…ちょっと痛くて…」

「うん」

 そっと腕を回してくれるハイラカの体に頭をもたせかけ、ユーノは嗚咽を噛み殺した。


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