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ラズーン 3   作者: segakiyui
12.創世の詩(うた)
102/115

3

 花苑は今やラフレスの花盛り、青白い光を宿したような白い花びらが、日中の強い日差しを受けて崩れようとする寸前の身を、かろうじて保っている。甘い香りはピンクのライクだろう。ブーコの羽音は眠気を誘うように、波打つような低い唸りを続けていた。

「ふふふっ」

 リディノは花苑の中央でしゃがみ込み、一輪のラフレスを折り取って髪につけ、アシャに笑いかけてきた。緑の飾り紐に乱れる金髪、真白いラフレスの花。人の心を魅了するに充分な光景だったが、同じその花を濡らしていた紅を、アシャは思い出すともなく思い出す。

 この見事で美しく華やかな花苑で、ユーノは屠られ拉致され酷い目に合わされていた。ユーノがこの花々を見るとき、抉られた傷を思わずにはいられないだろう。ましてや、一度はその血を浴びた花を飾るとは思えない。

 それでも花は美しかった。

(部屋で聴かせてやろう)

 アシャは思う。

(違う花を飾ってやって)

 苦しく辛い記憶ばかりを呼び起こさなくても済むように。

(俺の恋歌には、ラフレスじゃない、別の花を思い出すように)

『アシャ』

 この詩、好きだ、そう笑う顔が見たい。

 脳裏に目を細めるユーノを思い描き、思わず微笑む。

「どう、アシャ兄さま」

「よく似合うよ」

 無邪気に笑うリディノにさらりと応え、ふと、その姿の向こうにユーノの部屋の窓が開かれているのを見つけた。

 少年が一人、ベッド近くに椅子を引き寄せ、話し込んでいる。その温和な人の良さそうな横顔に見覚えがあった。

(ハイラカ)

 様子から見ると、ユーノにとっては苦手な相手ではないらしい。笑うユーノの唇が、何を聞かされたのか、はにかんだように噤まれるのに、思わず目を見開いた。

(何だあれは)

 ユーノが何だか頬を少し染めていないか?

「アシャ兄さま?」

 呼びかけられてはっとした。

「……悪い。何て言った?」

「まだ、何にも」

 くすりとリディノは笑みを零した。

「おかしなアシャ兄さま。どうなさったの?」

「いや、別に」

 思わずユーノの窓に半身背中を向けた。調弦しながら、

「何を弾こう?」

「そうね……恋歌を何か一つ。この間ジノに弾いてもらおうと思ったけど、第三弦が切れていたから、だめだったの」

 小首を傾げながらリディノはねだった。

「恋歌、な…」

 アシャはちらりとユーノを振り向いた。ユーノは気づかず、ハイラカと話し続けている。溜め息をつき、アシャは首を振った。

「わかってるだろう? 一人の娘のために男が恋歌を詩うのは、ラズーンでは心を捧げる誓いになる。それがわからないぐらい、リディはまだ子どもなのかい?」

 宥める口調に、リディノが一瞬寂しそうに眉をひそめた。俯き加減に、もう一本、ラフレスの花を折り取った。

「わかってるわ、もう子どもじゃないもの」

 指の間でラフレスを弄びながら続ける。

「でも、アシャ兄さまは、これまで誰にも詩ってあげていないじゃないの。………アシャ兄さまは、女の人が嫌いなの?」

「っ……リディ」

 じろりと相手を見やると、リディノは唇を尖らせている。

「だって…」

「俺にだって詩ってやりたい娘ぐらい、いるよ」

「だ……、そ、う」

 何かを問いかけようとして、リディノは思い留まった。ほ、と小さく息をつき、気持ちを切り替えたようにアシャの側に寄る。

「じゃあ、何でもいいわ。アシャ兄さまはずっと旅をなさってたから、珍しい詩もご存知でしょう?」

「珍しい詩?」

「ラズーンでは聞いたことのないような節や詩の」

「……そう、だな」

 再びユーノを盗み見たが、相手はやはりアシャには気づかないようだ。

(詩ってやりたい娘ならいる、だが、あいつは俺に気づきもしない)

 自分一人が空回りしている気持ちになった。立風琴リュシを抱え直し、弦を鳴らす。

「じゃあ、こういうのはどうだ?」

 声を合わせ、調子を整える。

「昔

 深き泉の底に

 気高き姫は眠っていた」

 どこで耳にした詩だっただろう。戯れ詩ではなかったはずだ、哀調を帯びた声が今でも耳に残っている。

「眠りは深く

 泉も深く

 姫は目を覚まさない」

 考えれば、今のユーノに向かうアシャに、これほど合った詩もない、そう気づいて切なくなる。

「ラズーンの雪が泉に落ちる

 白きラフレスも泉に散る

 そうして待つ身も底に散る」

 砕けて散って振り向いてくれるなら、それもまた一興とさえ思えてくる。

「想いの深さにおののいて

 姫の心をとらえる者を

 あれかこれかと問い惑う…」

 アシャの声が甘く震えた。

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