第12話 新たなるスターヒーロー
「ユウナ、泣くな、君に感化されたからこそ、俺は俺でいられたんだ。もう少しで人間を辞めてしまうところだった」
先生は力なく微笑むと、少し頬を緩ませた。
「本当に……感謝してるんだよ、俺は君に救われた」
「いえ……そんなことは、ないです。わたしなんて……」
わたしはぶんぶん手を振った。
「ふふ、君は……あれだけの人間を救ったっていうのに、謙虚だな」
先生は遠くを見るような目で、くすりと笑ってわたしの頭に手を乗せた。
「ほら、見てごらん」
「……?」
先生がわたしの頭に手を乗せたまま、くるりと捻った。
「せんせー! やっと見つけたー! なんだったんですかー、これー」
クラスメートのみんなが、わたしたちの元へ走ってきた。
本当にこれだけの人たちを、わたしが救えたんだろうか……?
わたしは正直そんな実感がなかった。リーヴと一緒に『厄災』を倒すことで頭がいっぱいだったから。
「あっ、マナミちゃん!」
わたしは慌ててゴンドラに走り、扉を開けた。
中にはげっそりした表情の四人が椅子にへたり込んでいて、その中で一人、マナミちゃんだけがわたしと目を合わせてくれた。
「マナミちゃん、平気?」
「……う、うん」
「怪我してない?」
「……してない」
「……よかった」
わたしは安堵して、その場にへたり込んだ。
マナミちゃんはそれを不思議そうに見つめてから、前髪で表情を隠したまま、
「……あんた、なんであたしなんか助けたのよ」
「……へ?」
「あ~、もうっ、そういうとこムカつくんだよ!! 嫌ってんじゃないのかよ、あたしのこと」
「……イジワルだとは思うけど」
「じゃあなんで!」
マナミちゃんは苛立ちながら声を荒げた。わたしはそれを正面から受け止めた。
いつもするみたいに顔を俯けるんじゃなくて。マナミちゃんの目をしっかり見て。
「…………仲良く……なりたいから」
マナミちゃんは、普段からわたしに声をかけてくれていた。
その殆ど全部はわたしをからかったり、イジメたりするためのものだったけど、みんなから無視されるよりもずっとよかった。
マナミちゃんはそんなこと思ってないかもしれない。
怖かったりはしたけど、わたしは少しだけ嬉しかったんだ。
「……は?」
マナミちゃんが拍子抜けしたように顔を傾ける。
「わたしは……あなたと……その、友達に…………なりたいから」
「……何それ」
「…………ダメ? やっぱりわたしのこと嫌い?」
わたしは精一杯勇気を出して告白した。足が震える。
『厄災』と戦うときとは別の怖さ。胸の辺りが少しだけざわざわする。
わたしは息を呑んで彼女の言葉を待った。
「……嫌い。アンタのそういうところ大っ嫌い」
「え? え? ど、どういうところか教えて欲しい……」
わたしは殆ど涙目になりながら、マナミちゃんに尋ねた。
「だ~か~ら~! そういうところだっつの!」
マナミちゃんは余計に表情をキツくさせて、ギロリとわたしを睨み付ける。
「ちょっとマナミー、もういいじゃんよー、わたしたちこの子に助けてもらったんでしょ~」
椅子に座っていた一人の女子がマナミちゃんに声をかけた。
「……そ、そうだけど」
「そうだよマナミ、友達になりたいって言ってるんだからさ、なってやればいいじゃん。ゴメンね、この子素直な子じゃないからさ。……ぁ、ごめん、アンタ名前なんだっけ。素で」
「ぁ……えっと……ユウナです」
「ってかなんで敬語!」
辺りにどっと笑いが起きて、わたしは驚いた。こんなふうな温かい笑い声の中に今までいたことがなかったから。
「~っ、ちょっとユウナ、こっち来い」
「ええ、どうしてマナミちゃん」
マナミちゃんがわたしの手を引いてゴンドラから出た。
「ヒューヒュー!! マナミちゃんがんばれ~」
「うっさい!」
ゴンドラの中からわたしたちをはやし立てる声。マナミちゃんは少し耳を赤くしながら、わたしの腕をぐいぐい引っ張った。
みんなからある程度離れた位置で、マナミちゃんは振り返った。
ギロリとした瞳は少しずつ和らいでいき、やがて変に強張った表情になった。
「……とりあえず、……まあ、礼を言うわ。…………言ったからね、今」
頭をボリボリかきながらマナミちゃんがぼやく。
「……う、ん?」
これは……お礼なの……?
マナミちゃんをじっと見つめてみると、とても恥ずかしそうな顔で体をくねらせて頬を真っ赤に染めている。
なんだか……まるで人見知りのわたしがしそうな様子だった。
もしかして、マナミちゃんもわたしと同じで、タイプが違う人とは接しにくいのかもしれない。わたしがマナミちゃんを苦手に思うように、きっとマナミちゃんも。
――そう思うと……なんだか。
「……ぷっ」
つい、吹き出してしまった。
「え? ……何ユウナ、もしかしてあんた今笑ったの?」
マナミちゃんの表情から引きつった笑顔すら消える。真顔。超怖い。
「わ、笑ってないよ! ゴメンね、今のは嘘だよ嘘!」
「ざっけんじゃねえ! 嘘ってなんだよ、ぷって笑っただろ! 今!」
「ご、ごめんなさいいいぃぃぃ」
わたしはマナミちゃんに首根っこを掴まれ、泣きながら許しを請いました。
こうしてわたしたちの卒業遠足の遊園地は終わった。とても長い一日のようで、あっと言う間だった気がする。
帰りのバスで、たまたまマナミちゃんの隣の席になったわたしは、結局友達になってくれるのかどうか不安に思い、もう一度マナミちゃんに尋ねてみると、
「……さー、どうなんだろうな。あたしは知らねー」
と、窓を見ながら無愛想な返事が返ってくるだけだった。
後から聞いた話だけど、隣の席にわたしを乗せるとマナミちゃんがグループのみんなに言ってくれていたらしい。
帰り道、マナミちゃんとは少し話をした。
わたしの好きなアニメの話。マナミちゃんにからかわれたとき描いていたマンガの話。実はマナミちゃんもマンガがかなり好きだっていう話。小さい頃にわたしみたいにマンガを描いていた頃もあったそうだ。
わたしはつい嬉しくなってしまって、饒舌になったり、テンションが上がってつい身体が熱くなってしまったけど、マナミちゃんはずっと話を聞いてくれていた。
つまらなそうに返事をすることが多かったけど、わたしはこんなに人に話を聞いてもらったのが初めてだったからとても楽しかったし、幸せだった。
数日後、わたしたちは小学校を卒業して、
――中学生になった。
* * *
新しい春がやって来た。
赤と緑のチェック柄のかわいいプリーツスカート。わたしに似合うかなんてわからないけど、これを来ていれば中学生にも見える。
わたしはスカートの裾をぎゅっと掴んで、高鳴る胸の鼓動を落ち着ける。
口の中でセリフをいくつか暗唱して、そして――。
「――ユウナです、あ、あ、あのッ……アニメとか……マンガとかが好きです。あの……ヒーローものが……特に……好きです。もしよかったら、友達に~……」
――終わった。
端的に言って、終わった。
わたしの中学生活は初っぱなの自己紹介から散々だった。やっぱり初対面からオタクネタはやめておくべきだったんだろうか。じゃあ何を紹介すればいいの?
なんにもないよ! 他に言うことなんて!
早くも教室の同級生たちは同じ匂いのする仲間同士集まり初め、談笑に勤しんでいた。本当に、みんなはすごい。
でも――決めたんだ。わたしだって、頑張るんだもん! 中学校では友達を百人……いや十人……つくれたら……いいかな。
上げたはずの拳がしおしおと下がっていく。
「あの……ユウナちゃん……だっけ?」
「へ?」
机に突っ伏してブツブツ言うわたしに、声をかけてくる女子が二人。どうにもわたしと同じ匂いを感じる。この子たちはきっと――オタクだッ……!
わたしのセンサーが何かを感知したらしく、ピンと立ち上がる。
「さっきアニメが好きって言ってたよね。私たちもすっごい好きなの。今期のアニメは何か見てたりするの?」
「……あっ、えっと……なんでも見てます!! 得に好きなのは、『ボクとわたしのヒーローショー』ってヒーロー物のアニメなんだけど……」
「あー見てる見てるー、あれ面白いよねえ!ブラックドクター様がイケメン」
「……!!」
わたしは頬が緩むのが止められなかった。とても嬉しくて。
小学生のときはあまり自分を表に出してこなかった。
その結果友達は一人もできなかった。
でも……今は。
「おーっす、ユウナ。どーだ友達はできたか~」
廊下側の窓から、早速制服を着崩したマナミちゃんが片手を上げてわたしに挨拶を投げかけてくる。
「あっ、邪魔しちゃったね……じゃあまた」
「あっ……そんなぁ……!」
わたしに声をかけてくれた女子二人組が、そそくさとわたしから離れていく。
「キャッハッハ、失敗してやんの。マジだっさ」
「ちょっとー、マナミちゃーん。わたしの中学校の友達第一号になるかもしれなかったのにい」
わたしは頬を膨らませて、ジトッとマナミちゃんを睨み付ける。
「まあ、あんたに声かけるようなヤツだからな、きっとオタクなんだろ」
「オタクバカにしないでよ! マナミちゃんと同じ“ブラックドクター”ファンの子だったんだよ」
「え……マジ?」
あの卒業遠足以来、マナミちゃんはしょっちゅうわたしの家に遊びに来るようになった。わたしのマンガ蔵書や、ハードディスクドライブ内の録画アニメを見に来るためだ。
そこでマナミちゃんはわたしの今季一推しのヒーローアニメをとても気に入ってくれたのだ。ちなみに作中で最も不人気とされているブラックドクターというヒーローが一番のお気に入りらしい。ミーハーっぽいと思っていたのに、意外だった。
「……ってのは置いといてさ、実は話があるんだよ」
わたしの前の席に座って、マナミちゃんは鞄の中からかわいらしい羊のぬいぐるみを机の上に置いたときだった。
「ユウナいるー?」
さっきまでマナミちゃんがいた場所に、今度はタイチくんが現れた。
そして教室の中に入ってくると、マナミちゃんと同じように手提げ袋の中からなぜか水槽をとりだした。
中には女の子用のお弁当サイズのカメがいた。
「余をあまり見せびらかすものではないぞ、タイチよ」
「……喋った」
中のカメはむすっとした顔で首を伸ばした。明らかに普通じゃない。
「ね? おかしいでしょ、たしかユウナも喋る人形持ってたよね」
「……リーヴ」
わたしは鞄の中に忍ばせていたリーヴに、こそっと声をかける。
リーヴは途端に宙を回転して机に飛び乗った。
大袈裟に星空のマントをバサリと靡かせて、ポーズを取りながら人差し指をカメに向ける。
「君は……アクエリアスかい?」
「いかにも」
「うわっ、やっぱりユウナのこの人形喋ったんだな!」
マナミちゃんはたしかにわたしの家に通うようになってから、やたらとリーヴのことを嗅ぎ回るような言動が多かった。最初にリーヴに出会ったとき、立ち会っていたせいもあるのかもしれない。
「実はあたしのもなんだよねー、これこれ」
マナミちゃんはかわいい羊のぬいぐるみをツンと突いた。
「や、やめてください~、ご主人様ぁ。そこはお尻ですぅ」
「君はアリエスか!」
「久しぶりですぅ! サジタリウス!」
リーヴは旧知の中に再会したらしく、頬を緩ませて彼らと肩を組み合った。
――しかし、次の瞬間。
学校の校庭に途轍もない衝撃派。この教室までが大きく揺れる。
教室中が悲鳴と驚きの声で溢れかえる。担任が騒ぎを収めようとするが、無駄だった。
昨日のリーヴの星占いでは、『厄災』の場所は、確かに今日の学校だったけど、まさか校庭に落ちるなんて。
「……ユウナ、どうやら、ボクらの出番のようだ」
「うん、そうみたい。……マナミちゃん、タイチくん。ちょっと付いてきてくれる」
「は? おいおいユウナ、一体どこへ行く。これから授業でしょ」
「……ヒーロー活動だよ。だから手伝って二人とも。その子たちも」
わたしはアクエリアスさんとアリエスさんにも声をかけて、そっと教室を抜け出した。
「ヒーロー活動!? 何がどーなってる! ちゃんと説明しろよな、ユウナ!」
マナミちゃんが後ろから息を切らしながら、わたしに訊ねる。
「するする! 後でちゃんとするから今は付いてきて! わたしとリーヴの戦いを見てて!」」
「なんかさ……ユウナって、少し前から大分変わったよね」
タイチくんがくすりと笑って言う。
「……ぇ、ヘン?」
「ううん、そっちのほうがユウナっぽいって、今ならわかるかな」
微笑むタイチくんにわたしも笑みを返した。
「……じゃあリーヴ……! また一緒にがんばろっか! 三人になったし、心強い味方が増えたね!」
「塵も積もれば、塵じりに。ハッハッハ、ルーキー諸君は頑張ってくれたまえ!」
「何コイツ笑ってやがんだ! 超失礼な人形だな! 腕もぐぞ!」
「あはは」
――どうやら、わたしたちはまだまだ地球を守っていかないといけないようです。




